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第4回 (後編)高校倫理を読んで、象徴天皇とは何か──戦後、日本人が築いてきた新しい天皇像

前回、日本人の宗教観や自然観の中から天皇という存在が生まれたことを書きました。

しかし、天皇は歴史を通じて常に同じ姿だったわけではありません。

政治権力との関係も大きく変わってきました。

古代には祭祀王としての性格が強く、中世には武家政権との関係の中で権威として存続しました。南北朝に別れた時代、戦国の動乱、泰平の江戸、時代の流れとともに、あるいは時の権力者との力関係など、様々な時代の荒波を乗り越え、世界でも稀に見る長い歴史を紡いで、現在に至っている事は間違いありません。

明治時代になると、日本は近代国家としての統一を進める中で、天皇を国家統合の中心に位置づけました。

その過程で、『古事記』や『日本書紀』の神話は、単なる神話や文化的伝承としてだけではなく、国家の正統性を支える歴史として位置づけられるようになります。

こうした歴史観は一般に「皇国史観」と呼ばれます。

皇国史観とは、日本は神話の時代から天皇を中心とする国家であり、その皇統は「万世一系」として連続してきたという考え方を基礎に据える歴史観です。

この考え方は、近代国家の形成や国民統合に一定の役割を果たした一方で、戦時下には国家主義や軍国主義を支える思想としても用いられました。

戦後、日本国憲法の制定によって、天皇は「主権者」ではなく、「日本国および日本国民統合の象徴」と位置づけられます。

つまり、戦後の象徴天皇制は、明治憲法下の天皇制とは異なる理念の上に成立した制度であると言えます。

そして戦後、日本国憲法の制定によって、天皇は「日本国および日本国民統合の象徴」とされます。

これは、日本の歴史の中でも極めて大きな転換でした。

私は、この戦後の象徴天皇制を最も形づくったのは平成天皇ではないかと思っています。

制度だけではなく、「象徴とはどうあるべきか」を自ら考え抜かれ、行動されていたのではないかと私は思っています。

その姿は、大きく三つに整理できるように思います。

第一に、「祈り」の存在であること。これは古代より受け継がれてきた。自然と一体化した日本人の世界観や信仰を祭祀などで行うことです。

第二に、災害や事故の被災地を訪れ、国民一人ひとりに寄り添うこと。これは権威の象徴ではなく、国民統合の象徴であることを実践されているのではないでしょうか。

第三に、戦没者慰霊や平和への祈りを続けること。平和の大使として外交を行うこともそうです。

これらは、伝統と新たな日本国憲法の精神を「象徴」として体現されていると言えないでしょうか。

だからこそ、多くの国民は、この象徴天皇像に共感を寄せたのではないでしょうか。



もちろん、伝統を重んじること自体を否定するものではありません。

しかし、戦後の日本では、天皇は主権者ではなく「象徴」として新たな役割を歩んできました。

であるならば、現代の皇室制度を考える上では、神話や近代国家の歴史観だけではなく、戦後の象徴天皇がどのような存在として国民の支持を得てきたのかという視点も、同じように重視されるべきではないかと思います。

私には、伝統や男系継承の議論が先行し、戦後八十年近くかけて築かれてきた象徴天皇の意味についての議論は、十分ではなかったように思えます。

さらに、その制度を支える皇族の方々は、一般国民とは異なる大きな制約の中で人生を送っています。

だからこそ、皇位継承だけでなく、

「現代の象徴天皇制という制度は、これからどのような形であるべきなのか。」

という問いも、避けて通ることはできないのではないでしょうか。

これは、伝統を否定する議論でも、制度を否定する議論でもありません。

むしろ、戦後の日本人が築いてきた象徴天皇という存在を尊重するからこそ、その制度のあり方そのものを、憲法・民主主義・人権という現代の価値観と照らし合わせながら考え続けることが必要なのだと思います。

今回は、高校倫理(東京書籍)教科書番号701を参考にしました。

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