【寄付を文化に】 教室という宇宙 スピンオフ
新任教師 初日
春の空気は、まだ冷たい。
桜は、まだ蕾だ。午前、教育委員会の会議室。
ガラス張りの窓から射し込む光が眩しく、テーブルにずらりと並んだ封筒の列が白く光っていた。
辞令交付式。今年、この市で新しく教壇に立つ教師は八人。
名前を呼ばれ、ひとりずつ立ち上がる。
「はい。」
その名前をフルネームで呼ばれるのは、久しぶりな気がした。胸の奥が少し熱くなる。
封筒を受け取る手が、かすかに震えていた。
式のあと、他の新任たちと短い挨拶を交わす。
「どこの学校ですか?」
「僕は…城南中です。なんと母校なんです」
「えっ!? すごい、母校なんてラッキーじゃないですか!」
みんな笑っていた。
ほんとにそうだと思う。
うんがいいのか悪いのか。
――いや、完全にラッキーだろ。
初めての現場で、少しでも知っている場所に行ける。それだけで、緊張が半分ほぐれた気がした。
午後。深呼吸する青年。
城南中学校の校門の前で、校舎を見つめていた。
「こんなに古かったかな」
十年ぶりに見るその校舎は、少しだけ古びていた。けれど、空の青さはあの頃と変わらない。
緊張しながら校舎へ入る。
職員室では、コーヒーの匂いと、印刷機の音が迎えてくれた。
「こんにちは、今日からお世話になります」
声が少し上ずる。
校長は、静かに笑って言った。
「もう、そんな歳になったんだな。時の流れは早いな」
驚いて顔を上げた。
「斎藤先生!!斎藤先生じゃないですか!!」
緊張が一気にほぐれた、目の前に当時と同じ温度があった。
「まだ、あれあるんですか」
思わず口からこぼれた。
校長はすぐに気づいたように、目尻をゆるめた。
「もちろん。あるよ」
デスクはここか。職員室の空いた机に座り、周りを見回した。
職員室には、湯気の立つ紙コップとため息が並んでいた。
「今年も人手が足りない」
「AI授業で補助ばっかり。教師なんてサポート要員だよ」
「ほんと、やってられないね」
先輩たちの愚痴が聞こえてきた。
そして、ひとりの先輩が笑いながら言った。
「おい、新任。いきなり担任なんて、運がいいんだか悪いんだか」
「ま、最初の一年は“沈まずに浮いてりゃOK”だぞ」
「いや、運は悪いだろ、一年目の担任って激務だぞ。激務」
「生徒も少ないし、まぁなんとかなるさ」
「そうそう、まずは、保護者。AIより複雑だからな」
笑いと本音がまじる。
新任の青年は、苦笑しながらうなずいた。
すぐに言葉は返さなかった。怖いとも、嫌だとも思わなかった。
彼はゆっくりと顔を上げ、落ち着いた声で言った。
「いや、僕はうれしいですよ。担任。そもそもこの『大AI少子化時代』つらいと思うなら教師を選ばないでしょ」
職員室の空気が止まった。ただ、気まずい感じではない。
次の瞬間、年配の教師がふっと笑った。
「いいね。その熱さ!教科の質問攻めに耐えられるように調べとけよ」
「新任はまっすぐだな。忘れかけてたわ。ありがとう。」
笑いが戻る。青年も微笑んだ。
本気だよ。いつも。
誰かの未来を。この手でズラすんだ。
そこから、入学式までの一週間は記憶がない。
準備がこれほどにまで忙しいなんて。学校に生徒がいないから楽。
先生は長期休みがあっていいね。そんな妄想はすぐに破壊された。
勝手がわからない新任。そして、迫りくる入学式、クラス編成、授業準備、備品、あれもこれもどれもそれも
「待ちなさいよ! これだけの仕事、全部担任でしろと」
そう叫んだのは、2日目、戸惑うよりひたすらこなすしかないと知り必死で入学式を迎えた。土日の休みが嬉しかった。ただ、緊張して過ごした。
そして、入学式
新入生よりも一番緊張していたのは、先生かもしれない。
けど、新1年生も緊張していたため、それには気づかない。
チャイムの音が、春の空に溶けていく。
体育館での入学式を終えた新入生たちは、まだどこか落ち着かない表情で教室に戻ってきた。
真新しい制服。その前に立つ若い教師を、生徒たちは興味と不安の入り混じった目で見つめていた。
黒板にチョークが走る。
「1年C組 矢野 陽弘」
「みなさん、こんにちは。担任の矢野 陽弘です」
少し緊張して、けれど丁寧に一礼した。
「担当の教科は理科です。ここの学校の卒業生、卒業生なの。一番の想い出は、図書、図書、図書室かな。」
「なの?」教室の一角で、小さく笑いが起きた。生徒より緊張しているのがバレたみたい。その柔らかな空気に背中を押されるように、ひとりの生徒が手を挙げた。
「先生は、なんで教師になったんですか?」
陽弘は一瞬だけ目を伏せ、窓の外を見た。
校庭の桜は、もう咲き誇っていた。
初めて来たときは、まだ咲いてなかったのに。
「教師になったのは……」
少し間を置いて、穏やかな声で続ける。
「先生はね、結構ダメな生徒だったんだ」
教室にくすくすと笑いが起こる。
「勉強も部活も中途半端でさ。でも、いろんな先生にかまってもらって、教えてもらって、話をしてもらって。少しずつ、勉強がわかるようになったの」
「けど、試験は悪かったよ。親には怒られた。でも、先生は笑わなかった。
『がんばったな』って言ってくれた。」
「それはね。うれしかったよ。結果以外も見てもらえたから。その言葉で、勉強がちょっとだけ好きになった。ここの先生や塾の先生のおかげで、少しずつがんばれるようになったんだ。」
矢野は、生徒を見つめる。呆れたり、飽きたりせず、真剣に聞いてくれていた。
「だから、僕も同じような思いを伝えたいって思った。『教師しかないだろう』、って親に言った」
「じゃあ、どうなったと思う??」
「えっ。いや、教師、でも先生、教師になってんじゃん」
生徒が少しざわつく
「止められたよ。『激務だ』『これからなくなる仕事だ』『先生の体調不良の率、知ってるのか』って。」
「でもね、夢はあきらめない。どんな夢でも、笑わないことが大切なんだ。だから、それをかなえたんだよ」
「――長かったけどね。」
教室の中で、誰も笑わなかった。
真っすぐな空気が、春の光といっしょに流れこんでくる。
矢野は黒板に向かい、静かに一行を書いた。
これ、このクラスのスローガン
『夢を笑わない教室にしよう』
その文字を見つめながら、矢野は心の中でつぶやいた。
――今度は、俺の番だ。
夕方。
職員室の灯りが少しずつ消えていく中、
矢野は、図書室の扉を開けた。
銀色のプレートに懐かしい文字。
これが夢の原点
『宇宙兄弟』全巻
かつおクラブ寄贈 2026.10.16
宇宙兄弟寄贈プロジェクト 発起人 ミイコ
僕が教えてもらったことを僕が教える。
2035.4.8
この物語は、ミイコさんのこちらの記事をもとに
『寄贈された本を読んだ子供たちが大人になった世界』を物語にしました
図書室に宇宙兄弟がならぶ
それを読んだ子どもたちが夢をかなえる
そう、すでに物語ではなく「事実」は始まっています。
かつおクラブはこちら
マガジン作ったよ
#読書
#教育
#寄付を文化に
#宇宙兄弟全国寄贈プロジェクト
#かつおクラブ
#宇宙兄弟
#寄付
#短編小説
#TiltingTomorrow
いいなと思ったら応援しよう!
サポートお願いします。
記事を書く励みになります。
noteLIFE楽しみましょう。