寄付から始まる「新しい夢」 私が『かつおクラブ』に入った理由

寄付から始まる「新しい夢」 私が『かつおクラブ』に入った理由

サイレント・フィンのnote
「寄付で夢を応援する」
正直なんにも感じなかった。
いや、嫌悪感を持った。
「応援」
私は、この言葉が嫌いだ。
無責任に、気軽に、みんな頑張れって言う
無理だって、これ以上、どうやって頑張るの?全部、やり尽くして負けた。
これは、誰にも知られたくなかった
私だけの物語。
応援が嫌いな理由。
それに答えられない時
励ましが刃に聞こえる。
私はずっと水泳をやっていた。
水泳歴=年齢だった。大学までね。
中学2年の頃、県大会で6位になった。
「おめでとう!」ってたくさん言われた。
言われるたびに、心がちぎれた。
「ありがとう」と言いながら
悔しくてたまらなかった。
めざしてたのは、オリンピック。
県の6位じゃない。
道徳の授業で将来の夢を語った。
水泳でオリンピックにでる。
県で6位?近畿大会出場
スゴい。フィンならいけるよ。オリンピック!がんばって
同年代での県大会で負けた。
その前の予選落ちよりは成長したけど
オリンピックは遠くに霞んだ。
それでも毎日泳いだ。
練習は、週10回。今振り返るとどう考えてもおかしい。一週間は、7日だ。
オフの日は、近くのプールで練習をした。
年末年始は、空いているプールを探して正月から泳いだ。ただ、いつもどこでもチームメイトの誰かと出会った。
「オフの日は休めよ。みんなもいるなら、追いつけないよ」
家族旅行に行っても近くのプールを調べた。旅先でも2時間は泳ぐ時間を確保した。はじめての試合会場は、下見に行って泳いだ。でも、チームメイトと出会う。
「キミたちは水泳しかやることないのかい?」
笑いながら、焦る。
練習じゃ追いつかないから、自主トレしてるのに。みんなもしてたら意味ないだろ。
他にもやれることは全部やった。
毎日、寝る前のイメージトレーニング。
自己ベスト 30秒を、イメージでぴったり泳ぎきってから寝た。100メートルの1分06秒はぴったり泳ぐことすら難しかった。
イメージとタイムがあえば、2本目は0.5秒削れるように泳いだ。泳いでる夢にうなされた。2本で脳が焼けた。
それでも、届かなかった。
全国中学には出られなかった。
近畿大会12位。
淑鴨学園にも湘大沢田にも入れなかった。
受け入れてくれたのは、東海地方の翔鶴高校第三志望だった。本当は、この時点で私の夢は終わっていたのかもしれない。
そこでは、Aチームにすら入れなかった。でも、まだまだもがいた。自分を信じて、湘大には推薦ではなく、一般入試で水泳部に入った。
エースにはなれなかった。それどころか、大会出場のメンバーに選ばれなかった。
学内ですら勝てなかった。オリンピックに出てる先輩の前で、オリンピックの言葉は出せなくなった。
「フィンならやれるよ!」
「信じれば叶う。諦めなければ叶うよ」
地元の友だちの言葉を思い出し心が痛む。
「もう無理。家に帰ってもいいかな」
公衆電話の受話器を何度もとった。
けど、お金を入れる勇気はなかった。
夢を叶えるために入った翔鶴高校で、その先の湘大で、私の夢は消えた。
考えられる限りの努力はした。
でも、飛び込んだ瞬間、もう前にいる。
リアクションタイムのたった0.6秒で敗北を知る。オリピアンはモノが違う。
努力が。練習量が。意識が。
信じれば叶う。
じゃあ、私は信じてなかったの?
私は、努力が足りなかったの?
何百冊と練習ノートを書いて、ベッドの中でも泳ぎ、すべてを捧げて、それでも同じ舞台にすら立てない。私は1組、あなたは3組。
信じれば夢は叶う
叶わないよ
注釈を入れてほしい
#近くに化け物がいなければ
#あなたにセンスがあれば
#スポーツを除く
#10000人にひとり
信じれば夢が叶ったひとりの後ろには、叶わなかった屍が累々と積み上がっている。それは、誰の目にも写らない。
学生時代のすべてを捧げたけど
私はシャドーだった。
思い切って先輩に聞いた。
オリンピックに行きたい。
どうすればいいですか?
「フィンが、がんばってるの知ってるから、諦めなければ、きっといけるよ」
「精神論じゃなくて、具体的にお願いします」
「けど、あなたもライバルだからね。少しだけよ。プールによって、水の重さ違うじゃない。それにあわせて指の角度、調整してる?」
「えっ!?ありがとうございます」
一般入試でくるところじゃなかった。
隣で泳いでたのは憧れのオリンピアンではなくて、水泳の阿修羅だった。
湘大の水泳部といえば、すごいらしい。
地元の友だちからは、「やっぱり、さすがだね!」「天才!!」「応援してるよ」と言われる。
その言葉に悪気がないのは、わかってる。
けど、とにかく痛かった。
わたしは負けた。
全力を尽くした上で、
戦いの壇上にすらあがれなかった。
だから、人を安易に応援することはしなくなった。それどころか、応援という言葉を憎んだ。
人は、想像できない夢を笑い
夢に近づくと応援し
夢に負けるとがっかりする
こちらから頼んでいないのに。
そんな思いを誰かにさせたくはない。
だから、私は人を応援しなくなっていた。
そこにあいつが連絡してきた。
寄付で応援?
それは、眩しすぎた。
夢を応援する? 誰かの未来の力になる?
それをするとその誰かを「縛る」ことになるんじゃないかと怖くなった。
夢に向かってがんばれ!
その言葉が、真剣に夢と向き合って負けそうなときは刃になる。これ以上どうやれと?
でも、あいつはつづける。
「月100円だよ。名前も出ない、誰かの夢の端っこに触れるだけ。これくらいなら、動機は軽くてよくない?真剣に考えなくても、面白そうだからやるでいいんじゃね?」
ふざけんなよ、と思った。
けど、ちょっと笑ってしまった。
そうだね。これくらいなら、いいかもね。
このノリで充分だった。
寄付でなにかが変わるわけじゃない。
私の価値観が変わったわけでもない。
誰かに感謝されたわけでもない。
私は、あの夏を思い出しただけだった。
あの敗北の記録と記憶を。
泳いで、泳いで、何も手にできなかった日々を思い出した。
ただ、熱かった。
気温より熱量が高かった。
あの夏は、たしかに私の最高だった。
だから、私は『かつおクラブ』に入った。
負けた自分を許した
とか
全力で挑んだ私は最高だった
とか
やれることはやった
だから、次、私は応援する側にまわる
なんて、大それた動機、深い動機は、一切ない。教訓も説教もない。
あるのは、あの夏を思い出したから。
それだけ。
寄付じゃなくて、思い出のため。
動機なんて浅くていい。
行動するだけ。結果は、行動の先にしか無い。
悔しかったあの夏を
がんばったね。と褒められたあの夏を
チームメイトが全員敵に思えたあの夏を
思い出せたから。
ありがとう。
ありがとうね、あの夏の私。
応援という言葉が嫌いな私でも
言葉を使わずに応援できる。
宇宙兄弟を読んで夢を叶えよう。中学生。
叶わなかった中学生。気にするな。九割叶わないから。
さて、久しぶりに高校時代、水泳をやってた頃の自分の思い出した。
そんな書き方をしたけど、思い出したのは久しぶりじゃない。
振り返った時に見える『肩幅』が私をあの時期へ連れ去ってくれる。
特に、クルマで後部座席を振り返ると『肩幅』が気になるんだよ。めっちゃ視界にはいる。
まとめ
私が『かつおクラブ』に入った理由
〇 勧めてくれたのが、幼なじみだった
〇 青春を思い出したから
〇 深い動機は、いらなかったから
〇 コミュニティ機能がないから
〇 最後、100円だったから
気になったら入ろう
次は、あなたの番です
かつおクラブ
雅樹さんのnote
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