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忘れられた画家、奥村厚一さんの絵の前で。

奥村厚一(おくむら・こういち)さんという日本画家の作品が、私はとても好きです。関東ではおそらくあまり知られていない名前かもしれません。地元・京都でさえ、つい最近まで「忘れられた画家」と言ってもよい存在でした。

でも昨年、京都市京セラ美術館で大きな回顧展が開かれました。もしかすると、それを機に少しずつ、彼の絵の魅力に気づく人が増えてきたのかもしれません。

けれど、世の中には「忘れられる」ことに理由があるものもあります。共通するのは、パッと見のインパクトが控えめなこと。でも、実はそういうもののなかにこそ、よく観察すれば圧倒的にすぐれたもの、本当に残す価値のあるものがある。奥村さんの絵はまさにそういう存在だと私は感じています。

彼の作品は基本的に、穏やかな風景画ばかりです。でもその穏やかさは、ただの優しさや懐かしさではなく、芯のある強さの上に成り立っています。表現主義などといった西洋絵画の影響が日本画にも押し寄せていた時代、奥村さんもまたそうした様式の力を取り入れながら、それでもなお「穏やかさ」に立ち戻る。その背景には、他の画家を凌ぐほどの素描力と、その上でモチーフを再構成する構築力がありました。

だからこそ、彼の絵は「日本の原風景」と言われながらも、日本人以外の人々にも強く愛されています。画家の名声ではなく、作品そのものを見て評価する目があれば、奥村さんの絵が持つ普遍的な奥深さと静けさの力には、誰もが心を打たれるのだと思います。

私もそんな奥村さんの作品に惹かれた一人です。幸か不幸か、いまはまだ市場の需要が少ないため、私のような者でも手に入れることができます。ただし自宅には飾るスペースがないため、出雲の実家に預けてあります。

今日、その出雲で曇り空のもと、奥村さんの絵を一枚壁に掛け、母とソファに並んで座っていました。作品を眺めながら、絵の話をしたり、まったく関係ない日々のことをぽつぽつと語り合ったり。その静かな時間のすべてを、この絵が吸い込んで、私たちの心に少しずつ平安をもたらしてくれるような、そんな気がしました。

日本画には、とくにこうした効果があるように思います。それ単体で自己主張するのではなく、周囲の空間にやわらかく世界を広げ、見る者を包み込む力。奥村厚一さんの作品には、その力がいちだんと豊かに詰まっているのではないでしょうか。

出雲にいるあいだ、いくつか作品を掛け替えながら、母との時間を楽しみたいと思います。

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