【小説】「君と見上げた、夏空のその先へ」第11章「卒業までの日々」
第11章「卒業までの日々」
四月。
校庭の桜は若葉へと姿を変え、新しい制服に身を包んだ一年生たちが、期待と不安を胸に校門をくぐっていく。
悠真たちは高校三年生になった。
いよいよ最後の一年。
野球部にとっても、高校生活にとっても、二度と戻らない季節が始まる。
「おはようございます!」
後輩たちの元気な声がグラウンドに響く。
「おはよう。」
悠真は笑顔で応える。
監督は部員全員を前に静かに告げる。
「今年の目標は一つ。」
「甲子園。」
部員全員が声をそろえた。
「はい!」
その声は、去年よりもずっと力強かった。
放課後。
校門で待っていた美咲が、小さく手を振る。
「お疲れさま。」
「ありがとう。待っててくれて。」
二人はゆっくりと河川敷まで歩いた。
春風が菜の花を揺らしている。
「あと一年で卒業なんだね。」
美咲が少し寂しそうにつぶやく。
「早いね。」
「うん。」
「でも、その前に甲子園。」
悠真の瞳は真っすぐ前を向いていた。
「絶対に行く。」
「信じてる。」
美咲は迷いなく答えた。
五月。
新入部員も加わり、チームはさらに活気づいていた。
練習試合でも勝利を重ねる。
悠真はプレーだけでなく、仲間への声かけも忘れない。
「ナイスプレー!」
「切り替えよう!」
その姿を見て、一年生たちは自然とついていくようになっていた。
監督は健太へ小さく話しかける。
「高橋は変わったな。」
健太は笑う。
「恋も野球も、本気ですから。」
監督は優しく目を細めた。
「人は、大切な誰かがいると強くなれるんだな。」
六月。
梅雨入り。
雨で室内練習が続く日々。
ある日の放課後、美咲は野球部全員へ手作りのお守りを配った。
白い布に、一つひとつ丁寧に刺繍された小さな野球ボール。
「これ、みんなで持っていてほしくて。」
一年生が感動したように頭を下げる。
「ありがとうございます!」
健太は受け取ったお守りを見つめながら言う。
「これ、絶対なくせないな。」
蓮も優しく微笑んだ。
「宝物だ。」
悠真のお守りには、内側に小さく文字が縫われていた。
『信じる』
美咲らしい、不器用で優しい応援だった。

七月。
夏の県大会が始まる。
スタンドには吹奏楽部の演奏が響き渡り、全校応援の声が球場を包む。
「プレイボール!」
初戦。
青葉高校は七対一で快勝した。
二回戦。
延長戦の末、サヨナラ勝ち。
準々決勝。
昨年敗れた相手への雪辱を果たす。
試合終了の瞬間、悠真は空を見上げた。
あの日流した涙を思い出す。
「あと二つ。」
夢まで、あと二つ。
スタンドでは美咲が誰よりも大きな声で叫んでいた。
「悠真くんー!」
その声は、歓声の中でもはっきりと聞こえた。
悠真は照れながら、小さく手を振る。
準決勝前日。
部員たちはグラウンドで円陣を組んでいた。
「絶対に勝つ!」
全員の声が重なる。
その夜、悠真のスマートフォンに一通のメッセージが届く。
『明日は思い切り楽しんで。あなたなら大丈夫。 美咲』
悠真は画面を見つめ、静かに笑った。
返信は短く一言だけ。
『ありがとう。必ず勝つ。』
窓の外には満天の星空。
あの日、病院の帰り道で二人が見上げた星空と同じだった。
そして翌朝。
甲子園まであと二勝。
青葉高校野球部の運命を懸けた準決勝が、ついに始まろうとしていた——。

