両手を出してありがとう
我が家において、牛肉は絶滅危惧種だった。
鶏か豚しか食卓に生息しておらず、バターは貴族の食べ物だと思っていたし、カップラーメンは高級品だった。
つまりは、貧乏だった。
私の母はシングルマザーだ。
女手一つで、私と弟を育ててくれた。
当時、母の実家で暮らしていたため、家賃はかからなかったけれど、その他の光熱費や食費、日用品などは母が普通に払っていたため、毎月、家計は火の車だった。
母の手取りは月10万程度だった。それでどうやって家計を回していたのかは、我が家の七不思議である。
でも私は、嘘みたいな本当の話だが、うちが貧乏であることを、大学生になるまで知らなかった。
小学生のときは、おこづかいが500円の世界で生きていたため、月10万ももらっているなんて、さぞやうちはお金持ちなのだろうと本気で思っていた。
母は、お金がないと悩む姿を、私と弟の前で、一度も見せたことがなかった。
お金の価値を理解し始めた、中学や高校のときでさえ、食べるものに困ることはなかったし、お金持ちではないかもしれないけれど、わりと普通の家庭だと思っていた(母方の祖父母のおかげではある)。
けれど、大学生になった私は衝撃を受けた。
当たり前のように親に学費を払ってもらう人。バイトをせずに生活費の全てを仕送りでまかなっている人。誕生日に車を買ってもらっている人。
そんな人たちが、周りにゴロゴロいたため、社会の経済格差に愕然とした。
世の中、ボンボンばっかりだ!
それなりの国立大ということもあって、周りにはお金持ちも多く、この大学の中で、貧乏選手権なるものがあるならば、2位と圧倒的な差をつけて金メダルを獲得するのは私だと、胸を張って思っていた(そんなことで胸なんて張るなよという話ではあるが)。
いつも、まるで、珍しい動物でも見るかのような気持ちで周りを見ていた。
食卓に牛肉が生息していること。庶民の中にもマーガリンではなくバターをパンに塗る人がいること。カップラーメンは非常食であること。
ボンボンの生態を観察するたびに、新しい発見が止まらなかった。
サバンナを生き抜くように、超極貧学生生活を送っていた私ではあったけれど、不思議なことに、周りに対して、嫉妬心や劣等感のようなものを抱くことはなかった。
それらは、自分と同程度とみなしていた人間が、自分より優れていたときに芽生える感情であって、最初から周りは全員格上とみなしてしまえば、嫉妬心や劣等感は生まれない。庶民が、アラブの石油王に嫉妬心や劣等感を抱かないのと同じことだ。
ゆえに、母に似て能天気な私は、そのことを特に深刻に捉えることもなかった。
学費は学費免除を勝ち取り、生活費のほぼ全ては、バイトと奨学金でまかなった。ドイツ留学費用も、自動車学校費用も、卒業旅行費用も、全て自力で工面し、そして4年間を無事に生き抜いた末に卒業した。今振り返っても、お金がないわりに、充実した大学生活を送っていたと思う。
普通の一般家庭の夫からは、サバイバーと呼ばれるくらい、お金がない家だったけれど、笑顔だけはあふれる家だった。
「うちにお金はないよ。でも、なんとかなるさ。」
そう言って、あっけらかんと笑うものだから、私も、お金がないことに対して卑屈になることは一切なく、お金を理由に何かを諦めたことは、これまで一度もなかった。
そんな、座右の銘が「ケ・セラ・セラ」な母の格言が
「両手を出してありがとう」
である。
これは、何かを人からもらうときは、必ず両手を出してお礼を言いなさい、というものだ。
なぜ両手を出すのか。
それは、「丁寧に受け取る」という意味がある。
でも実は、それ以外にも裏の意味がある。
それは「もらえるものは遠慮せずに、両手に山盛り乗るくらい、たくさんもらっておきなさい」というものだ。
母の格言は、実はどこか、がめつい。
これは「もの」に対してだけではなく、人からの「言葉」や「行為」に対しても当てはまるものだ。
誰かに褒められれば、
「ありがとう」
誰かに助けてもらったら、
「ありがとう」
両手で丁寧に受け取りながら、必ず、感謝を伝える。そう教えられてきた。
一見、簡単そうにみえるが、謙遜や自己犠牲が美徳とされがちな世の中で、これを実践することは、実はけっこう難しい。
「お綺麗ですね。」
と褒められて、
「ありがとうございます。」
と言えるだろうか?
「何かお手伝いしましょうか?」
と言われて、
「ありがとうございます。」
と言えるだろうか?
多くの人が
「そんなことないです。」
「大丈夫です。」
そんな風に、否定したり、断ったりするのではないだろうか。
そんな人は、ぜひ試しに一度、両手を出して「ありがとう」と言ってみてほしい。
かくいう私は、
「これほしい?」と聞かれれば
「いいんですか?ありがとうございます♡」
「可愛いね」と言われれば
「ありがとうございます(満面の笑みも添えて)」
「困ったことない?」と聞かれれば
「ありがとうございます。〇〇で困ってて・・・」
と、お金はないけれど、ある意味、とびきりの愛嬌で世の中を渡り歩いてきた。
そんな風に、たくさんの人に支えられて、今の私がある。
誰かの好意や、温かい言葉、差し伸べられた手を、素直かつ丁寧に、受け取ることができたなら、世界はもっと、優しくみえる。
何気ない、小さな優しさに、「ありがとう」と言える。
それはきっと、生きていくうえで、とても大切なことだ。
そんな素敵なことを教えてくれた母を、私は誇りに思う。
私は、自分の娘たちにも、この格言を伝えていきたい。
もちろん、がめつい意味も含めてね。
今回はこちらの企画に参加させていただきました!
素敵な企画をありがとうございます❤️
