貧乏夫婦、車を買う
お金がない。当たり前である。なぜなら、夫婦ともに育休を取っているからである。
生きているだけでお金はかかる。育休手当は夫婦ともに出ているものの、諸々の保険や貯蓄の積み立て、ローンの支払い、余ったお金で生活費を捻出すれば、支出と収入はほぼイコール、月によってはマイナスで、思いがけない出費の場合は貯金をきり崩している。
今すぐ生活が成り立たないほど困窮するわけではないけれど、新しい洋服を最後に買ったのは記憶の彼方だし、ショートカットだった髪の毛は気がつけばロングヘアになっているほど美容院には行けていない。
さて、そんな懐事情が少々寂しいわが家には、今年の9月に3人目の子どもが産まれる。
そこで一つの問題が発生した。それが、
「チャイルドシートが乗らない問題」
である。わが家は現在、4人乗りの普通自動車に乗っているため、チャイルドシートを3台乗せることは不可能なのだ。
わが家の財務大臣こと夫によると、夫婦ともに育休を取り始めてから現在にいたるまで年間収支はギリギリ赤字にはならずに済んでいたらしいが、ここにきてとんでもない大赤字が確定である。
わが家の住んでいる地域は、車必須の田舎地域。車がなければ、第三子を産み終えても家に帰る手段がない。さすがに生まれてほやほやのわが子を抱えてヒッチハイクは避けたい。
というわけで、われら育休夫婦は急遽、車を買うことになったのだ。
私も夫も、見栄もプライドもない。自分で言うのもなんだが、堅実なタイプ。似た者夫婦だ。
そのため、カバンや時計などの、俗に言うステータスを示すようなブランドものに疎く、車も例外ではない。いまだに、夫の兄(私の義兄)が中古で買った車のおさがりを愛用しているほどだ。
そんな愛車に別れを告げるべく、われら夫婦はある日、恐る恐る某自動車販売店に足を踏み入れた。
店頭に並んだ光り輝く車たちは、値段をちらりと見ただけでめまいを起こしそうなほど高額で、近くを通るたびに2歳と1歳の怪獣が汚さないか祈るばかりだった。
おお、神よ。ああ、神よ。どうかこの貧乏夫婦に御慈悲を。こういうときだけ神に願っても、0の数はちっとも変わらない。
心の中で思った。
「物価高騰、はんぱねえ。」
それでも買わない選択肢はない。残された道はただ一つ。さもなくば、退院後即ヒッチハイクになってしまう。それは嫌だ。
そんなこんなで、あらゆる営業トークを華麗にかわしつつ、わが子の癇癪をいなしつつ、なんとか予算の範囲内の車に巡りあうことができた。
ついに車を買った。
買ってしまった。
納車は、今月末だ。
この謎の高揚感は、家を買ったときに似ている。もう後には戻れない。多額のお金が、自分の手からはらりはらりと消え落ちていく感覚。それと引き換えに、ある種のステータスと言われているものを手に入れたという実感のない事実。
夫婦の共通の貯金(予備費的な貯金)はすっからかん。どれほど通帳とにらめっこしても、数字は変わらない。それでも、とりあえずヒッチハイクだけは避けられそうだ。
でもまあ、私が新しい服を買い、美容院に行ける日は果たして来るのだろうか。
神のみぞ知る。
