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漕いでいく

 レシートに並ぶ数字は何だっていい。222。777。同じ数字が三つ並んでいるだけで、アイスの当たりくじを引いた時みたいに、つい誰かに見せたくなる。
 「小曽根こぞね、これ、ほら見てみて」
 麻緒あさおは、今しがたコンビニで受け取ったレシートを小曽根の目の前にヒラリと出して見せた。
 「お、999円。999スリーナインか。吉田、『銀河鉄道999』ってアニメ観たことある?だいぶ昔のなんだけどさ、めちゃくちゃ良かったよ」
 「観たことないけど、999っていう名前の列車で、美女と少年が宇宙を旅するやつだよね」
 「そうそう。ファンタジーなんだけど少年の成長物語でもあるんだよなぁ」
 小曽根の熱量よりだいぶ低めの 「へぇ」を返しながら、麻緒は八年振りに会う直樹のことを考えていた。
 小学校四年生の時同じクラスだった小曽根と直樹とは、よく一緒に遊んだ。女子の中でも鈍くさい方で、男勝りでもない麻緒がどういう経緯で男子二人とトリオになったのかは覚えていない。三人とも地味で目立たなかったせいか、教室の隅っこの薄い膜に覆われた空間にいるようだったことは覚えている。
 その四年生のクラス会の連絡があったのは、桜の便りがちらほら聞こえてくる三月半ば頃のことだった。成人式で久しぶりに再会して盛り上がったグループが企画したらしい。
 「小学校のクラス会ってさ、普通六年生のクラスじゃない?四年生って聞いたことないよね」
 二つ折りにした999円のレシートを財布にしまいながら、麻緒は仲の良かった四年二組の面々を思い出していた。
 「まぁな。けどあのクラス仲良かったから。直ちゃんに連絡したら『行く行く』って即答だったよ。吉田と直ちゃんと、よく三人で遊んだよな。直ちゃん、卒業してすぐ引っ越しただろ?たまにメールしたりするくらいでさ。どんな風になってんだろな、直ちゃん」
 小曽根のひょろりとした体つきと、細い垂れ目のクシャっとした笑顔は当時のままだけれど、想像していたより背が高い。
 子供の頃の記憶と視界からの情報の違いに少し戸惑いながら、遠くに置いてきたままの『直ちゃん』に懐かしさが込み上げる。

「吉田はブランコもまともに漕げないのかよ。ほら、足をギューッと前に出して空気をグイッとこっちに持ってくるんだって」
 直樹のように運動のできる人には、鈍くさい人の気持ちなんて分かりっこない。麻緒はむくれ返って項垂れていた。
 「オレが漕いでやるから、な。吉田」
 後ろに乗ってくれればいいものを、前に乗るものだから、直樹とのブランコの二人乗りはいつも向かい合わせだった。
 「直ちゃん、何で前に乗るんよ。後ろでいいじゃんか」
 麻緒を挟むように、座面の左右に足を乗せて直樹が漕ぎ出す。
 「吉田の鼻の穴がピクピクしてんのがオモロイから」
 直樹がゆっくりと膝を屈伸させ、豆タンクのような体を目一杯使って漕ぎ出すと、ブランコは空気の波にすいすい乗ってあっという間に地面が遠くなる。
 「直ちゃん、どっちが高く漕げるかやろうや」
 横のブランコにいた小曽根が決まってそう言い出す。
 二人の競争に自分はいないのにいるようで、ブランコが高く上がるたびにお腹の辺りがムズムズとして、麻緒のピクピクと動く鼻が直樹を笑わせた。

 五年生に上がると三人はそれぞれ別のクラスになり、トリオはフェードアウトしていった。それと入れ替わるように、直樹は女の子たちの間で急に人気者になった。豆タンクの体は少しガッチリしてきていたし、時々廊下で見かける直樹はいつも女の子にまとわりつかれていて、もう直ちゃんと呼ぶことは出来ない人になってしまった。
 パチンとはじけた薄い膜が三人を覆うことはもうなかった。

 小曽根と麻緒は少し早く来てしまったようで、クラス会の会場の居酒屋にはまだ幹事と他に数人しかいなかったが、直樹が壁沿いの隅っこに座っているのが見えた。
 「直ちゃん」
 小曽根と麻緒が同時に呼びかけ、直樹が笑う。
 「小曽根。それに吉田さん。綺麗になったね」
  麻緒の鼻の穴がピクピクした。ジャンパーの袖口で鼻水を拭っていたあの直樹が、女性にこんな言葉を言える男になっていたなんて。
 「あ、あぁありがとう」
  麻緒の動揺が可笑しかったのか、直樹が盛大に吹き出した。
 「吉田さんの、その鼻ピクピクするの、まだやってんだ。あー、久々に見たらやっぱりオモロイな」

 小曽根と麻緒は大学生、直樹は自衛隊に入ったのだと言っていた。
 豆タンクからガンタンクになった直樹の周りには、やっぱり女性がまとわりついていて、トイレから戻ると麻緒の席は無くなっていた。
 直樹たちの会話に積極的に入っていく気になれず、麻緒は曖昧な笑顔でやり過ごした。
 ──おごっておごって言うんだよ、大して可愛くもないくせに
 ──自衛隊ってだけで寄ってくる女なんか軽いのばっかだよ
 あれは本当に直樹なのだろうか。どこか別の星から来た生命体なのではないだろか。  
 999で美女と宇宙を旅して、いや、宇宙じゃなくても、きっといつも美女が側にいて、今の直樹が作られているのかもしれない。 

 宴会もお開きとなり、みなそれぞれの家路につき始めた。
 直樹は何人かとどこか別の店へ行くようで、麻緒と小曽根も誘われたが、そこで手を振って別れた。聞くことはしなかったが、小曽根も直樹に対して、自分と似た感覚を持ったのかもしれないと思った。
 「直ちゃん、めっちゃカッコよくなってたな。そりゃ女がほっとくわけないわ」
 酔っても素面でも大して変わらない、小曽根のゆるい笑顔に何となくホッとする。
 「そうだね。何というか、私の記憶の中の直ちゃんと違いすぎて、ひとりカルチャーショックみたいになっちゃったよ。でも自衛隊ってとこが直ちゃんらしい気がした。あの身体能力を活かすにはもってこいだよね」
 「確かにな。直ちゃん、五年になった頃からめっちゃモテだしたじゃん?あの頃クラスの女の子たちからさ『好きな人誰?』って詰め寄られて『吉田』って言ったんだって。吉田のこと好きだったんだよ、直ちゃん」
 直樹にまとわりついていた女の子たちから麻緒に向けられる、敵意に満ちた視線の意味を八年越しに理解した。
 「違うよ、きっと。他に思い浮かばなかったんだよ、女の子の名前が」
 「あはは、そうかもな」
 「絶対そうだって。だって直ちゃんだよ」

 夜に滲み出した新緑の匂いを、麻緒は大きく吸って、すうっと大きく吐いた。

 (了)


こちらの企画に参加させてもらいました。
締め切りを過ぎてしまいましたが…


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