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櫻坂46「ドライフルーツ」最速考察|乾いた人生の哲学

はじめに
「ドライフルーツ」は内向きで暗い曲に聞こえる
だが丁寧に読むと、これは単なる鬱の様な曲ではないかなと思います
現代を生きる孤独・アイデンティティの崩壊・ニヒリズム、そしてそれでも消えない微かな希望
それらが「ドライフルーツ」という一つの比喩に凝縮されている
のかなと思います

① 孤独と「安全な距離」
「スマホ見てたら 昼か夜なのか」
「この数日間 誰とも話してない 部屋からも出なければ  僕の世界で自由のままで」
これは時間感覚がなく外界との接触がほぼない状態
いわゆる引きこもり的な生活ですね

しかしここで注目すべきは、これを苦しみとして描いていない点かなと

「寂しいかどうかは よくわからない」
「知らない誰かは安心できるよ」
「寂しい」のではなく、意図的に距離を置いているように見えます
・人と関わると、期待してしまう
・期待すると、傷つく
・だから最初から距離を置く

これはSNS時代特有の孤独の形かなと
誰とも会っていないが、完全な孤独でもない
顔も知らない誰かの方がむしろ安心できる——
深く関わらなければ、傷つかないから

孤立は逃避ではなく、この曲にとっては自己保存として機能しています

② 「ドライフルーツ」というタイトルの二重の意味
この曲の核心ですね
「新鮮な果物だって残酷に乾燥されて元の味消えたよう Dry Dry」
ドライフルーツとは何か
・元はみずみずしい果物
・水分(=感情・生命力)を抜かれ、別物になる
・腐らない代わりに、本来の味も失う
そして後半の答え
「人生は ドライフルーツ一欠片で その生き方 凝縮してる」
人生 = 水分が抜けた果物
この比喩には二重の意味があるかなと思います
意味①:本質だけが残る
「心の水分 蒸発してしまって本心だけがそこに残るのか?(真実を知りたい)」
感情や幻想、期待
それらが蒸発すると、剥き出しの本心だけが残る
それは解放か喪失なのか

歌詞はこの問いへの答えを出していないですね

意味②:短い人生でも凝縮される
ドライフルーツは小さくて味が濃いですよね
短い人生でも、その生き方は一欠片に凝縮される
そういう意味がここに込められている


この2つの意味こそが「ドライフルーツ」というタイトルの意味かなと思います
乾燥は「喪失」でもあり「凝縮」でもある
どちらで捉えるかはbuddiesたち聴き手側に委ねられているのかなと思います

③ 「John Doe」——アイデンティティの崩壊
「僕 誰 わからないJohn Doe John Doeどう証明すればいい?口の中で 咀嚼してる 問いかけてみるこれは何だ? I’m not sure」

「John Doe」とは英語で身元不明の人物を指す
主人公は自分が誰かわからない
他者との繋がりが断たれた空間で、アイデンティティはどう成立するのか?
だからこそMV内で村山さんはその場で歩き続け、答えを探し求め続けているのかなと

この問いが、ドライフルーツを咀嚼するという日常的な行動の中で再度問われている


SNSや社会の中で「いいね」や評価によって自分の価値を証明しようとする人も多く存在する時代
しかしそれらの繋がりすらもすべて絶った部屋の中では、「自分」を証明するものは何もない

④ ニヒリズム——「最初から乾かしてしまえ」
「瑞々しいものは やがて腐って行く愚かな欲なんて 干してしまおう」
欲・愛・感情・若さこれらはすべては腐ってしまう
だから最初から乾燥させてしまえばいい
これはニヒリズム(虚無主義)だと思います

「神が何かをしてくれたか?」
「哲学者は口ばっかりの Scammer飴と鞭では 響きはしない」

宗教も哲学も道徳も——主人公はあらゆる「意味を求めるシステム」を信頼していない様です
ここに1つの問いが生まれる

傷つかないために感情を干すことは
賢明なのか?それとも何か大切なものを失うことなのか

この曲はその問いに対しても、答えを出していない

⑤ 最も切迫した一節——かろうじて保たれている命
「眠っても眠れない Overdose導入剤 飲まないように」

この曲の中で息が詰まるような苦しい状況ですね
感情が乾燥しきった状態の中でも、睡眠導入剤の過剰摂取を意識的に抑制しようとしている
それを踏みとどまらせているのが、直後のこの一行だ
「どこかで会う 君のためにどんな僕になればいいのだろう」
「君」が誰かは書かれていない
でもその存在が、乾き切った世界の中で唯一残った水分として描写されている

⑥ この曲の救いと手放されない問い

この曲は完全な虚無では終わっていません
どれだけ感情を乾かそうとしても、「君」への問いだけは乾かせなかった

「愛はどこにある? Tears Tears」

乾燥させようとした「愛」が、涙として溢れ出る
ドライフルーツになりきれなかった、涙こそ最後の果汁ですね


そしてこの曲はこう終わる
「答えなんかない世界」
これは絶望の言葉ではないと思います
答えを求め続けることへの覚悟かなと
答えがないとわかっていても、問い続けることをやめない——それが「乾いた人生の哲学」の結論

MVの最後には瑞々しいリンゴが置いてありました
きっとこれは主人公なりの結論に辿り着けたように見られますね!

この曲の秀逸な点は孤立・感情の麻痺した描写を「ドライフルーツが食べたい」という極めて日常の欲求と同じ重さで並べている点ですね

だからこそリアル、だからこそ刺さる人には刺さる
答えなんかない世界
その言葉の問いは僕たちに委ねられているみたいですね

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