ドラマ『今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~』:正常と非正常の境界線上で。
Netflix独占配信の韓国ドラマ
『今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~』
全12話を観終えた。
主人公のダウン(パク・ボヨン)は
内科から精神科に異動した看護師だ。
患者たちひとりひとりと向き合い
自身も悩みもがきながら
毎日を生きてゆく物語となっている。
このドラマは
さまざまな立場で観ることができると思う。
わたしは最初、
心に病を抱える当事者に
近いような気持ちで観ていた。
具体的には記さないが
正直、“正常”とは言えない状態が
続いていた時期もあったからだ。
でも、その視点が
ドラマの後半に差し掛かる
7話、8話あたりで変わった。
主人公・ダウンの姿に
重なる存在があったからだ。
いつも笑顔で、優しくて誠実で、
どんなことにも一生懸命で、努力家で。
何より、他者の幸せばかり考えている。
自分自身の
燃料が切れてしまっていることにも
気づかないくらいに
他者を太陽で照らし続ける。
そんな主人公のような友が
わたしにもいる。
いや、
それが“あなた”だと
思い込んでいたのかもしれない。
そういうあなたに
とても感謝していたし
どこかで甘えてもいた。
困っていると助けてくれて
誰かが悩めばとことん聞き役で
ひとの悪口なんて
言っているところ見たことない。
愚痴も、弱音も。
だからね、
あの頃のわたしは
ずいぶん勝手なことを
言ってしまったのだと思う。
たしか、
それまで知らなかった
あなたの過去や現在を知って
ひどく驚いたことが
きっかけだった。
「なんだか……いつも
あなた以外が深いところまで話して
あなたは何にも話してくれないよね。
何もないわけじゃないのに。
それってすごく、寂しいよ」
あなたは
「そうだよね、ごめんね」
って困ったように笑っていた。
だけど、
このドラマを観て
あのときの自分の言葉が
どれほど残酷で無神経だったか
月日を経て、ようやくわかった気がした。
あなたが
“言えない”じゃなく
“言わない”という選択を
取り続けながら抱えてきたものがあって
あなたが
“話す”という選択を
取るまでに越えてきたものもあった。
きっと、
話し切ってないことのなかにも
いろんな思いがあったのだろう。
言葉にしてくれたことだけが
伝わるすべてじゃないのにね。
わたしはそれを
受け取る姿勢ではなかった。
「話してよ、寂しいよ」
なんて、すごく、暴力的だった。
学生時代、
わたしは同じようなことを
知人に言われたことがあったのだ。
「美緒って、秘密主義?」
違うよ。
すべて話す勇気も
背負わせる覚悟も
ないだけだよ。
そう言われたときの
胸の奥がぎゅぅっと痛む感覚。
わかっていたはずなのに。
同じことを、
いや、
それ以上のことを
あなたに言ってしまったね。
でも、
ここでただ、
一方的に謝るのもまた
自分勝手な気がするんだ。
このドラマのなかで、
こんな言葉があった。
「わたしたちはみな、
昼と夜を行き来する。
わたしたちはみな、
正常と非正常の境界線上で
生きているのだ。」
きっと
あなたにも、わたしにも
大きな違いなんてなくて。
心の昼と夜を行き来ながら
正常と非正常の境界線上で
それぞれ、生きている。
ときには、
自分自身でさえ
今どこにいるのか
わからなくなることもある。
その現在地を、
誰かに無理に知らせる必要なんてない。
ただ、
自分の心が
ほんの少しでも
やわらぐほうを。
ほんの少しでも
息がしやすいほうを。
そのとき選べるほうを、
選んでいけたらいい。
今さらだけれど
そんなふうに思う。
今でも、
優しくて一生懸命で
在り続けるあなたの心に、
太陽がありますように。
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