人生の振り返りをしてみたいと思う①

今日は、みっこさんの数秘セッションファイナルを受け、自分の新たな側面、キャラ変が起こりそうなので、その振り返りも兼ねて、記録に残してみたいと思う。

お盆の祝日に、このセッションを受けられて本当に良かった✨

自分のために描くから
読んでくれる方には読みづらいかもしれないけど、
こんな人生もあるのだなぁとエンタメのように見てもらえたらと思う。

《振り返りの問い》
①自分は何を繰り返しているか?(本当の課題)
②その出来事から何の教訓を得たか?學んだことは?
③自分はどう在りたいか?


第一期:中学・高校生時代

学生時代は、正直、暗黒時代だった。と思っている。
じゃあなぜ暗黒だったかというと、

自分が大して、頭の回転が速いわけでも、いいわけでもないのに
バリバリの進学校に行ってしまったことが一個大きいのかな。

あと、自分が信じた道や自分が求めていた道を信じ切れなかったこと。だからこそ、親が勧めるままに、親が用意してくれたレールにしがみついたのだ。
そこから、ハミ出たらやばいと思ったので、必死でしがみついた。

通学に1時間かけ、毎週、小テストがあり、土曜も確か授業があり、周りのこのレベルは高く、、、というかなりハードな環境だった。
自分が何が楽しいかさえもわからなかったけど。。。

でも、絵だけは描いていた。
自分の絵を好きでいてくれる友達がいたから。

《振り返りの問い》
①自分は何を繰り返しているか?(本当の課題)
親や先生といった「正しそうなこと」を言う人の言うことを聞き、自分の気持ちは無視してそのルールに沿おうと頑張る。
それは、「外の世界を知らないから怖い」っていうのと、「この人の言うことを聞いていればとりあえず安心」というかりそめの安心を追っている。
周囲の評価を追って、「こうしたら偉いと思われるかな?」「こうしたらすごいと思われるかな?」ということばかりを追っていたかも。


②その出来事から何の教訓を得たか?學んだことは?
勉強したり、新しい世界を知って理解することは好きだった。
學ぶこと自体は好きで続けられたんだとは思う。
未知のものは怖い。だから知ることで安心をしていたのかも。
「だからこうなっていたのかー」と理解し、安心できる。
ある意味、ぜいたくな時間の使い方ができた時期でもあったのかもしれない。机上の勉強にどっぷりとつかって、世界を広げて安心する時間。

世界の仕組みを知らず、現象や具体の寄せ集めからしか、推測できなかったものが、ちょっと抽象までわかってくる感じかな。
でも、科学も學問も、実はまだ具体の寄せ集め、でしかないとは思うんだけど。


③自分はどう在りたいか?
この学生時代を経て思ったのは、「成績なんかより人の中身を見てほしい」ということだった。
話をしっかり聞いてくれる、否定しない、常識外のことをほめてくれる先生は、中身を見てくれているような感じが私にはした。(実際どうだったのかは、わからないw)特に絵を褒めてくれる先生はやっぱり好きだった。

当時は今よりも、自分も表現する術を持っていなかったし、「表現しちゃダメ」が強かったから、つかみどころがない子に見えていたかも。

登校時間に間に合うことよりも、朝ごはんを食べることを優先していた(笑)
(「なんで遅刻したの?」と聞かれ「朝ごはんを食べていた」と答えたら、先生にも周りの同級生にも驚かれて、その反応を見て自分が驚く、というありさまだった)

スパルタな環境下で競争して1位を争うよりも、のんびりゆったり日常の小さな喜びから大きな喜びまで味わいたいっていうのが本来の欲求だったかもしれない。

あとはやっぱり、絵を描くことの喜びを感じられていたことが、この学生時代を支えてくれていたかも。学校で漫画を発行しているくらいだったから、漫画や絵に対してとても寛容な学校だった。

なんかいろいろ描いたけど、、、もしかしたら単純に、絵を褒めてくれる人がいればそれでよかったのかもしれない(笑)そんな友人に恵まれた、學生時代だった。

絵を描くのが好きだー!(叫び)


第二期:大学生時代

大学は、どこを選べばいいかさっぱりわからなくて、とりあえず一番すごい大学に行ったらすごいんじゃないかという、安直な理由で志望校を決めた(笑)

親から、「お金をかけてきたんだから国立に行け」さらには「落ちたら遠くの飲食店で働かせるぞ」と言われ、それを真に受け恐怖に震えながらの受験勉強(笑)
相手のルールに乗ると、相手のルールに縛られるのだ。
それが世の中の摂理なのかもしれない…

とにかく、自分で選ぶとか自分の心の声に従うとか、そもそも自分の心の声も「出したら危険!」って思ってたから、わからなくなっていて
そんな中で「あなたの望む進路は?」とか言われても、選びようもなかったのだ。

でも、たぶん、この学生時代の中でも、きっと自分の興味に沿って情報収集して動いていた子たちはいたと思うから、やっぱり私自身、あまり動きたくなかったんだと思う(笑)
いつか一獲千金の夢を描いて、慣れた行動(現状維持)をしていたのかもねw

大学生時代は、割とやりたいことをやっていたような感覚がある。
大学受験で燃え尽き、「働きたくない」「働くのが怖い」という理由だけで特に目的もなく進学していたので、惰性で通っていたのかもしれない。

でも、合気道部に入ったり、なんかの委員会にも入ってみたりと、「やってみたい」と思ったことはチャレンジしていたので、楽しい大学時代を過ごしていた。
恋愛も少しして、恋愛を通して、自分の中にいかに軸や価値観がないのかを知り、そこから自己啓発にハマり…(笑)

「深い」「深そう」な世界にハマっていくのだった。。

《振り返りの問い》
①自分は何を繰り返しているか?(本当の課題)
人生の目的を持たずに進学し、惰性で日常を過ごす。ただ、内面は葛藤していて、「本当にこのままでいいのかな?」といろいろな体験に手を出す。
世界の広がりを知って、わくわくすると同時に、一獲千金の夢を見る(笑)

知って安心して、行動は日常の延長ってのが多かったかなw
あとは、自分がやりたいかどうか、よりも、立派そうかどうか?を追っていたかも。
「立派であること」によって自分の差別化や特別の証明を果たそうとしていて、「今の自分のままでいい」ということを固持していた感じ。
自分を変えることは、当時の自分にとっては、結構ツライことで、それは、ずっと自分に合わないことをして我慢して、でも妙にポジ変してその我慢を続けてきたから、これ以上まだ自己否定しなきゃいけないわけ?となっていたのだ。

ただ、本当は、自分らしく生きてよかったし、その道を選んでよかった。きっといつでもその道は開かれていた。だけど、怖いし未知だし大変そう。だから、多くの人が選ぶ道を取った。
でも、当時の自分にとっては、これがベストだった、とも言えるのかもしれない。


②その出来事から何の教訓を得たか?學んだことは?
入ってみたかった合気道部に入ったことで、様々な人間関係を學ぶことができた。先輩や後輩との関係、師範との関係、恋愛、同期との関係…
まさに青春時代って感じで楽しかった。
中学、高校と女子高だったので、何もかもが新鮮で、人間関係にはこんなにも様々な要素があるのだなぁというのを、肌で感じたような氣がする。
悩みも色々あったけど楽しかった。

勉強の方は、ほんとーに単位もスレスレで、卒業できてよかった…(笑)という感じなんだけど、一緒にご飯食べる友達もできたし、一緒にライブを見に行く友達もいたりして、楽しかったなー。

将来に対しての不安、未知への恐怖はずっとあって、不安な中から情報を集めてたくさんのイベントやセミナーに通った。大學の外には色んな人がいて、正解は進学だけではなかったんだ、ということに衝撃を受けた。
そんな人たちに憧れを抱き、この不快で不安な現実から抜け出すためには「すごい人」になればいいのだ!と、考えた。素晴らしく崇高なものになれば、何でも解決!と考えた。

ただ、崇高なものになるのは、非常に大変だから、崇高っぽいものを表面的に理解するだけで表面をなぞっていたかもw


③自分はどう在りたいか?
本当にわたしは、崇高な者になりたかったのだろうか?
別にそういうわけじゃない氣がする。「崇高」っていうのは隠れ蓑で、本当は、どんな自分でも受け入れ愛せる、自分の許可力・受容力が欲しかっただけなのかもしれない。
表現することの許可。変でクズでカスみたいな自分でもいい、という許可。

変でクズでカスみたいな自分を隠すために、色々心配をして、対策をして心が疲れているけど、これでもいいんだ、という受容力。
心配から解放されて、頭が作る「現実の因果」から完全に開放されたい、という欲求。

「大丈夫である」という体感を得たい。

大丈夫である、という所から、いろんな人と交流し、おしゃべりしたいのかもしれない。


ちょっと長くなってきたので、②に続きます

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