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もしも、自分の中の”見たくない気持ち”があなたの優しさに変わるとしら・・・

今日もありがとうございます。

この”おちメソ”では、
【人生をより豊かに】するような
小さな「気づき」を
日常へお届けできたら…

そんな思いから、
わたしが感じたことを
綴らせていただいております

―――――――――――――――

心の深海を泳ぐ


〜言葉にならない想いと出会うとき〜

あなたの心の奥深くには、
まだ言葉にならない想い”
ひっそりと眠っているのかも
しれません。

声に出すには繊細すぎて、
人に見せるには怖くて、
そのまま胸の奥に沈めてきた感情。

泣き声になれなかった涙、
ただため息となって流れた想い。

気づかないうちに置き去りにして
きたそれらが、

あるとき
大きな波のように押し寄せて、
胸を揺らすことはありませんか?


日常に潜む小さな違和感

たとえば、こんな経験は
ないでしょうか。

☑「人に好かれたい」と思い
ながら、素の自分を出したら
嫌われるかもしれないと
小さな自己主張を飲み込んで
しまったとき。

☑本当は自分の好きな服を
選びたいのに、「古いと思われる
かな」「浮いてしまうかな」と
流行に合わせてしまったとき。

☑誰かの間違いを指摘したいのに、
関係が悪くなるのが怖くて
黙ってしまったとき。

☑「心配かけたくない」と
本当は辛いのに笑顔で
強がってしまったとき。

☑頼みたいことがあるのに、
「迷惑だと思われるかな」と
一人で抱え込んでしまったとき。

☑心の中では笑えない冗談に、
空気を壊さないために
笑ってしまったとき。

☑挑戦したいアイデアがあるのに、
「失敗したらどうしよう」と
無難な選択をしてしまったとき。

――こうした場面は、
日常の中では小さな出来事に
見えるかもしれません。

けれど、その小さな違和感が
積み重なると、心は静かに
疲れてしまうのでは
ないでしょうか。


静かな問いかけをしてみる

もし今、そんな「見たくない感情」を
胸の奥にしまいこんでいるとしたら、
そっと自分に問いかけてみませんか?

「私はいま、何を感じているのだろう?」

悲しい、寂しい、不安、怖い、
怒っている…。

どんな色の感情であっても、
「これが私の中にある想い
なのかもしれない」と
受け止めてみること。

その感情はいつ生まれたのだろう?
子どもの頃かもしれないし、
思春期や最近の出来事からかも
しれない。

振り返ることで、感情がどのように
形づくられてきたかが、少しずつ
見えてくることがあります。

もしその感情を言葉にできると
したら、どんな言葉が
しっくりくるだろう?

「私は理解してほしかった」
「安心したかった」

そうつぶやくだけでも、心は
少しやわらぐかもしれません。


言葉にすることは “見せる勇気”

感情を言葉にすることは、
自分の心を“見せる”ことでも
あります。

見せることは怖いものです。
否定されるかもしれない、
拒まれるかもしれない。

けれど、その恐れもまた
「自分を守ろうとする心」なのでは
ないでしょうか。

見せることで失うものもある
かもしれません。

でも、見せることでしか
得られないものもあります。

言葉にした瞬間、
「見たくない感情」に名前がつき、
影が光に変わりはじめることも
あるのです。


自分と対話する習慣

ほんの少しの時間でも、
「言葉にならない想い」と向き合う習慣
を育ててみませんか

・一日の終わりに「今日の感情」を
書きとめる。

なぜ抑えたのかを、自分に
やさしく問いかけてみる。

・自然やアートに触れてみる。

森を歩く、海を眺める、音楽を聴く…。
言葉を超えて心に届く感情が
ふと浮かんでくるかもしれません。

・幼い自分を想像して声をかける。

「もしも〜だったら」の対話してみる
もし幼い私が今そばにいたら、何を言いたいか。
何を抱きしめてあげたいか。

そういう想像が、
過去の自分と今の自分を
やさしくつなげてくれるはずです。

「大丈夫だよ」と伝えることで、
過去の自分と今の自分が
結ばれることもあるはずです


見たくない感情の奥にある光

もし今、あなたが「見たくない感情」を
怖いと思っているなら、
それもごく自然なこと。

けれど、その影の部分があるからこそ、
あなたの光はより鮮やかに
輝くのではないでしょうか。

欠点や弱さを隠すのではなく、
「それも私かもしれない」と
認めたとき、痛みや寂しさも、
大切な一部として感じられるのかも
しれません。


ある人の体験から

以前お会いした方は、
学生時代にいじめを受けてきた経験を
持っていました。

長い間、その出来事を「見たくない感情」として
心の奥に押し込めてきたそうです。

「私は弱い」「私は被害者だ」
そう思い込みながら過ごす時間は、
とても苦しいものだったかも
しれません。

けれど、その方は少しずつ
自分の気持ちを書き出し、
「私は本当はどう感じていたのだろう」
と問いかけることを続けていきました。

やがて、その経験はただの傷ではなく、
「人の痛みに寄り添える力」へと
少しずつ変わっていったのです。

もちろん、いじめそのものは
決して肯定できるものでは
ありません。

けれど、そこからしか得られない
優しさもあるのかもしれません。

本当の優しさとは、
人の痛みを知った人だけが
深く育てていけるものでは
ないでしょうか。

過去を否定せずに受けとめられたとき、
人は本当の自分の強さに
出会えるのかもしれません✨


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