見出し画像

なんとなく1年間休職してみる

1年間、休職してみる。

 勤め先に10年勤務したら1年間の休業をとれるという制度があり、その制度を知った時からいつかは取りたいと思っていた。
そこから何年経ったかわからないが、気づけば17年働いた。40歳を過ぎ人生も折り返した。仕事は忙しく、1年間穴を開けることは想像できなかったし、周囲に迷惑をかけると思うと踏み切れなかった。自分のキャリアにとってネガティブになるという気持ちもゼロではなかった。

 でもこの状態で定年まで働き続けることに「なんとなく」拒否感もあり、45歳までにウン千万円を貯めて、その後はフルタイム勤務を終了してゆるく働くざっくりプランを考えていた。45歳からの自分に期待を託し、今は働き時、貯め時だと思い節約の日々を過ごしていた。

 決断のきっかけ。弟が大きなチャレンジをし、大きく失敗した。
それは疾風怒濤の出来事で、まるでフィクションのようだった。退路を断ちリスクをとって突き進み、唐突に舞台から降りるという行為をやってのけた彼の姿を、少し距離を置きながら見ていた。その時に、自分は何か大事なことを「なんとなく」遠ざけているのかもしれない…という気づきがあった。

その大事なこととは『この先の自分が見えすぎている』という問題だ。

記憶にある中で、大きな失敗をしたことがない。山あり谷ありの人からすると羨ましいと思われる生き方かもしれない。
でも、順調に積みあがる貯金残高と年齢が、今後も順調に積みあがるその先が、見えすぎていた。
他人にも自分にもお金を使わず、サラリーマン以外の社会的な役割を持たず、つるっとしたまま年を取る自分が見えすぎていた。
 
 もちろん、この先何があるかわからない。変化せざるを得ない状況になる可能性は常にある。
ただ、今の自分が『この先の自分が見えすぎてしまった』と感じたこと、少しだけ人生を揺らしてみようと思ったことが、1年間の休職を取る理由になった。

復職が保証されたほぼノーリスクのキャリアブレイク。
ただ、私にとってはまあまあ大きな決断だ。


 1年間も何をするの?といろんな人に聞かれ答えに窮した。
だって、やりたいことや挑戦したいことが明確な休職じゃないもん。
普通に考えれば、1年間の自由が手に入るとなれば、普通は目的や成したいことを持ち、満を持して臨むものだろうなとは思う。
ただ私の場合、休職する理由がアレなので、何をするの?やりたいことあるの?と期待に満ちた問いかけをされても困ってしまう。

やっぱ海外旅行はしたいよね~などと言っていたら、なぜか世界一周旅行をするらしい、という尾ひれが付いていた。1年休むってそのくらいのインパクトか…と笑ってしまった。
お土産話楽しみにしてるね!という言葉を真に受けて、まずい、語れるネタを作らなければ…とちょっと本気で焦っていたり。

 会社のみんなからは気持ちよく送り出してもらった。
申し出をした際に嫌な顔ひとつせず応援してくれた上司への感謝。
引継ぎをする同僚への、申し訳なさと感謝がないまぜになる複雑な感情。
一緒に働いたみんなからの寄せ書きを見て、ああ自分はなんて幸せ者なんだろうとかみしめ、また一緒に働きたいな、などと既に懐かしむ気持ち。
思ったよりも感情の揺れ動きはあったようだ。

 とりあえず生活を整え運動する。旅行や人と会う予定を詰め込んでいる8月までは楽しみ尽す。ブラジルには行きたいのでポルトガル語の勉強もする。ユーチューバーデビューしなきゃなのでアカウントも作った。3年ほどご無沙汰していたnoteも再開した。日記がてら週1回は投稿しよう。

無計画で覚悟感のない「なんとなく」の休職で、自分がどう感じどう変化するのか、或いはしないのか。少なくともそこだけには敏感であろうと思っている。

ぬるっと始まった1年間、私の人生にとって良きものとなりますように。



いいなと思ったら応援しよう!