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アテネ(ギリシャ)の雑記|海外ひとり旅

 ドゥブロヴニクからザグレブを経て、アテネまでのフライトは1時間ほど。ザグレブ乗り換えから搭乗客の民族の変化を感じる。

 しばらく白人が多い地域だったので、中東系の人を久しぶりに見た。アテネでは、それまでの国では見たことのない、際立って整った顔立ちの人をちらほらと見た。色んな民族の混血の所以だろうか。

 アテネ空港に到着したのが22時前だったので宿泊先のゲストハウスに送迎を頼んだ。空港に近いそのゲストハウスは大当たりで、ホストは家族総出でフォローしてくれ、ハムやチーズ、パンなどのたっぷりの食べ物とあらゆる飲み物が全て無料!あると地味に有難い洗濯乾燥用ヒーターもあり、広く心地よい部屋だった。
 慣れない旅行をしていると、こういう小さな幸せを貯めて、ちょっと嫌なことがあってもプラマイでプラスにしようとすることが癖づいてきた。

 ぐっすり眠った翌日、バスでアテネ中心地へ。地元の人が手を水平に出しバスを停めているのを真似して停める。
 ちなみに他のヨーロッパの国でも、タクシーやバスを停める時は手を挙げず、指を立てたりしていた。ナチス式敬礼にならないようにだろうか。

 40分ほどバスに揺られ、地下鉄に乗り換えてアクロポリスの丘があるMonastiraki駅で降りる。出た瞬間にわ!と声が出た。快晴で、真っ青な空に映える小高い丘に遺跡が見えている。

 2分も歩けばそこにハドリアヌスの図書館の遺跡があった。よくぞ残っているな…と感心しながらオシャレなレストランやカフェを横目に坂を登っていくと、途中に見晴らしの良い高台がある。
 ゴツゴツの岩に滑りそうになりながら上がってアテネの街を見渡す。         

想像より広い街で、肉眼で見える範囲でいくつか遺跡のような建物がある。素晴らしい国に来た。

地中海性気候で3月でも暖かい

アクロポリスの丘
 アクロポリス(高い都市、の意)はアテネ観光で欠かせない場所だが、紀元前5世紀にペリクレスによって整備された古代ギリシアの都市国家における宗教的、軍事的中心地だ。
 2500年前と言えば、日本では縄文時代~弥生時代の移行期あたりで、狩猟採集から稲作になりつつある時だ。

 そもそもギリシャの文明は、3500年ほど前のミケーネ文明(メソポタミア文明に影響を受けペロポネソス半島で始まった)始まりだ。それが滅んだ後に、文字が残っていない暗黒時代が400年ほど続いた。その間に鉄器の普及などがあり、紀元前8世紀にこの都市国家、ポリスが出現したそうだ。

 ちなみにギリシャ文明のはるか以前からあったメソポタミア文明は、現在のイラク周辺、チグリス川・ユーフラテス川の地域で5500年くらい前に興った人類最古の文明と考えられている。う~ん、人類ってすごい。

アクロポリスの丘が近づいてくるワクワク

 観光客と修学旅行生で賑わう入口でチケットを購入し、まずは西暦161年に造られたイロド・アティコス音楽堂を見下ろす。
 深い谷のようなホールで音響の工夫がされている作りになっている。
 見た時はポップミュージックが流れていたが、当時の音楽を再現して欲しかったなと思ったり(楽譜なんぞ残っていないだろうが)。

今でも現役で使えそうな約2000年前のホール

 その後混みあったプロピュライアの門をゆっくりと通る。大理石の柱に思わず触る(その後、触るなの立て札を見つける)。
 2500年前の人工物に触れられることに興奮する。私の感覚は日本の木造建築の前提にあるので、2000年以上状態が残っている建造物があるということがにわかに信じがたく、ファンタジーの世界のような気がするのだ。

 何か古いモノを見た時に、『生物の寿命はせいぜい100年、でも保存状態によっては数百年や数千年もつものもある。私が今持っているモノはだいたい私より長生きするんだなあ…』なんてことを思い無常を感じることが、たまにある。
 アテネではその思いを強く感じ、また逆説的に生物の命の儚さを実感したりもした。

プロピュライアは聖域への入り口である

 門を抜けると、パルテノン神殿がバーンと見える。
パルテノン神殿は、紀元前432年ごろ、ペルシャ戦争の勝利を記念し、女神アテネを祀るために造られた神殿だ。
 その存在感に圧倒されしばし立ちすくむ。日本の縄文時代に既にこんなものが本当に作られていた?と疑うほど大きく、精巧な装飾が美しく残っている。こんな高度な技術や思想がどうやって生まれたのだろう。

 神殿はかなりの部分を工事の足場で覆われていたので、それが無い状態も観てみたいと思ったが、この巨大な構造物を維持するのも大変なことだ。EUの資金援助で管理保存しているそうで、維持方法についても詳しく展示されていた。

 足場が目立たない場所でスペインマダムたちと写真を撮り合い、パルテノン神殿をゆっくり2周してからエレクティオン神殿を見た。
 屋根を支える女神の姿をした柱(カリアティード)が有名だ。なおその時はそれがレプリカとは知らず、実物は後に博物館で見ることになる。

 その後、ディオニュソス劇場を見学し、アクロポリスの丘を出た。

パルテノン神殿は、人間が最も美しいと感じる黄金比(1:1.618)で設計されている
エレクティオン神殿には海の神ポセイドンも祀られた
ギリシャ国旗は1821年のギリシャ独立戦争(オスマン帝国からの独立)時に掲げられた青地に白十字の旗に端を発するとか
ディオニュソス劇場は豊穣・ブドウ酒・酩酊の神ディオニソスに捧げられた


ランチのムサカ
 ギリシャはご飯が美味しいと聞いたので、久しぶりに外食することにした。
 このところ自炊とスーパーが続いていたので、価格は気にせず、アクロポリスの丘を出てすぐの雰囲気の良いレストランに入る。
 ムサカという茄子の肉詰めを頼むと、それが今回の旅行NO.1を叩き出した(後にポルトガルで更新されるのだが)。
 ジューシーな茄子とひき肉、口当たりなめらかなじゃがいもがマッチし、柔らかい風味のベシャメルソースに鷹の爪が良いアクセントになって香りが良い。一人で食べるには少々ボリュームがあったがペロリと食べてしまった。感動。

観光地価格ではあるがこれで22ユーロ(≒4000円)。ギリシャの物価は日本より高く、ヨーロッパの中では安い


新アクロポリス博物館
 満腹になった後は、すぐ近くの新アクロポリス博物館に入った。
 吹き抜けの広いホールで、展示室も開放感がありとても気持ち良い場所だ。ツアー客と修学旅行生が賑やかだったので、ノイズキャンセリングのイヤホンをしてバッハを聴きながらゆっくりと観て回る(集中できるので最近いつもそうしている)。

 館内にはアクロポリス遺跡から掘り出された食器や人形、宝飾品などが有難みもないくらい多く展示されている。神話上の人物のレリーフや、神殿への捧げものであった女性立像の『コレ』、勝利の女神ニケ像などもたくさん並んでいる。ほとんどがむき出しで柵も無く展示されており、触っても良いのかな?と勘違いしそうなラフさだ。

 展示室には、ペルシャ戦争、ペロポネソス戦争、マケドニア戦争(ローマ侵略)くらいまでの説明が詳細に書かれている。
 軽く流し読みしながらお気に入りの像をじっくり探す。写真禁止のエリアにあった、腰~お尻の線がとてもきれいで眼力の強いコレが印象的で、しばらく眺めていた。また、先ほど見たエレクティオン神殿の本物のカリアティードも間近で見ることが出来た。それは美しかった…。

 博物館の最上階はアクロポリスの丘の展望フロアになっており、地下には豪族の家の遺構(だったと思う)が残っており見学できる。
 景色も楽しめる素敵な博物館だった。

こんな感じで数千年前の石像がラフに置かれている
本物のカリアティード(少女の柱像)は展示の目玉
博物館から眺めるアクロポリスの丘


地下に遺跡が見つかり、建物全体を柱で支える構造になっている


シンタグマ広場
 博物館を出て、シンタグマ広場まで20分ほど歩く。
 途中の何でもない道に、古代ローマ風呂の遺構が出現し驚く。こんなにナチュラルに古代遺跡があるのだ。
 歴々の人達が残そうとした(もしくは積極的に壊さなかった、壊せなかった)から今も存在している訳で、近現代のギリシャは支配されたり経済破綻したりしてなかなか大変な国家だと思うが、古いモノが残っていること自体をとても尊く感じる。

 シンタグマ広場のすぐそばにある無名戦士の墓を遠くから見る。衛兵の交代が有名らしいが、私がいた時は普通に立っているだけだった。

 それよりも気になったのは、地面に赤い文字が書かれており、花束などで囲われた一画だ。説明を読むと、2023年2月に発生したギリシャ列車衝突事故の死者(57名とも言われる)の名前だった。
 ギリシャ史上最悪の列車事故と言われ、当時鉄道労組でストライキが行われ、アテネで抗議デモも起こったそうだ。見ると涙をぬぐいながら花を手向けている人もいた。福知山脱線事故を思い出して、私も故人に祈った。

シンタグマ広場から、無名戦士の墓のある国会議事堂を望む

 
アテネの交通事情
 
アテネで意外であり残念だったのは、タクシー代がやたら高かったこと。

 他のヨーロッパの国同様、アテネは公共交通機関が充実しており、バス・地下鉄を含め24時間乗り放題チケット(4.5ユーロ≒830円)もある。 
 
アテネ観光に加え、ゲストハウスから空港までバス+地下鉄で行くつもりで24時間チケットを買っていたのだが、予定していたバスが全然来ず、結局バカみたいに高いUberで空港まで向かうことになった。
 私は極力地場タクシーは使わないのだが(値段確認や交渉コストが面倒)、15分の乗車で28ユーロ≒5200円を見てさすがに流しを使うか迷った。

 ただUberのドライバーはとてもナイスガイで、アテネを楽しんでくれたかい?この先の旅行が良いものになることを祈っているよ!と声を掛けてくれ、気持ち良く空港に到着することが出来たので、結果良しとする。


とても地味なサントリーニ観光
 
そして実は、アテネの後にサントリーニ島に行っている。
 
 次の行先リスボンまでの乗り継ぎ飛行機が変更となり、フライトキャンセルもできず、実質滞在が12時間程度となりテンションが下がっていた。
 その結果、なんと『あの』景色を見に行かなかったのだ。
 出発のフライトが早朝だったため、宿泊先をホテルの近くにしていたのだが、『あの』景色まではタクシーで80ユーロ≒14500円かかると知り、もういいわ…という心境になったのだ。
 様々な国を巡ることによる情報過多と観光慣れの弊害だ。

 ただ、穴場のビーチの青い海、サントリーニカルデラの見物、評価激高のシーフードレストランと十分な睡眠でゆっくりと時間を過ごし、サントリーニの観光客で恐らく唯一『あの』景色を見なかったであろう旅行客としては、結構楽しんだ方だと思う。

誰も居ない島の東側、モノリソスの穴場ビーチ
シーフードパスタは鮮度がイマイチだった(魚介類にはどうしても厳しくなる)


参考:『あの』景色/旅工房のサイトより引用


 アテネ、サントリーニいずれも半日程度と短い観光だったが、濃厚な時間を過ごすことが出来、ギリシャという国の懐の深さを感じた旅行だった。

 さて次はポルトガルのリスボン。久しぶりのポルトガル語は通じるだろうか…?

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