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マチュピチュ(ペルー)の雑記|海外ひとり旅

 家を出て35時間後、お昼12時にペルー・クスコのホテルInkarri Cusucoに到着した。初めての南米大陸、世界一周旅行の1か国目。

 羽田からトロントを経てリマで乗り継ぎクスコへ。フライトは計22時間、エコノミーの狭い足元が辛く、一度に長くても1時間しか眠れなかった(合計睡眠は7時間くらいだろうか)。
 高山病の薬は飲んでいるが体調が不安だ。翌日朝5時発のマチュピチュに向かうバスが待っているので、昼ご飯を食べ、スーパーで水とヨーグルトを買い、あとはひたすら寝て過ごした。

 翌朝、まだ暗い中で近くのバスターミナルへ急ぐ。
 途中で犬が3頭吠えながらこちらへ向かって来て、噛まれるか車にぶつかるかのリスクを瞬時にはかり、走る車を盾にして逃げる。怖い。道路上でトラックが大量の肉を店に搬入しており、投げ捨てられた大量のゴミにこれまた大量の犬が集まっておりぞっとした。(がそれが日常のようだ)

 バスはクスコからオリャンタイタンボ駅方面へ向かう。朝焼けと共に街を抜け、そこまで高くはないが急峻な山々の間をひた走る。遠くはアンデス山脈だろうか、雪が見える。と思えば目の前には立派なサボテンも生えており、大胆でたくましい自然だ。時々道路の近くで牛や馬が草を食んでいる。

 オリャンタイタンボからマチュピチュへ行くにはインカレイルとペルーレイルがあるのだが、今回はペルーレイルを選んだ。
 生憎通路側の席だったが、天窓もあり開放感がある。ただ走り出すと信じられないくらい揺れ、はす向かいの老夫婦が揺れに爆笑しているのを見てつられて笑ってしまった。
 昨年末にペルーレイルとインカレイルの正面衝突事故があったが、この揺れだと脱線もありそうだよなあ…とちらと不安にもなる。

 道中、ウルバンバ川に沿って走るのだが、マチュピチュ村に近付くにつれて水量が増え洪水時の様相を呈していた。今ペルーは雨期なのだ。気温は大阪の11月くらいだろうか。

ペルーレイルの天窓から(恐らく)アンデスの山を望む

 
 マチュピチュ村に到着するとそこからさらにバスで遺跡に向かう。
 事前予約で入場時間が決まっており、私は14時入場だったため、マチュピチュ村で3時間ほど時間があり散策した。
 村は小さく、1時間もあれば隅々まで歩ける。完全な観光地で物価も高く、昼ご飯は決めかねて食べない判断。

 高山病の薬の副作用だろうか、手足の指先が痺れるので、高山病に良いといわれるコカ茶を飲みながら一休みした。

乾燥したコカの葉に湯を注ぐ。緑茶に似て美味しいが、多くの国で麻薬対象だとその時知った

 遺跡へのバスの列に並びながら、デュオリンゴでペルーの公用語であるスペイン語の練習をしていると、隣からの視線を感じた。
 しばらくして英語で「それ韓国語でしょ」と言われ、顔を上げるとかわいい女の子が興味深そうに見ている。日本語だと返すと、出身や年齢や一人で来ているのかなど質問攻めにされた。リマに住む18歳のシェフを目指す女の子で、兄妹とボーイフレンドとでマチュピチュ観光に来ているそうだ。韓国ドラマが大好きだそうだが、私の携帯に表示されるひらがなをハングルだと思ったようだ。

 彼女とはバスでも隣同士になり、マチュピチュの入り口で一旦別れたが中で再会し、一人の私を不憫に思ったのか、一行に入れてくれた。
 私はガイドを付けずに入場していたので、彼女の説明や地元の話が本当にありがたく、好意が嬉しかった。
 帰りのバスも隣同士でお互いの国のことや個人的なことをひたすらしゃべる(英語力は同じくらいのレベルなので伝わらない部分も多々あったが)。
 とんでもないコミュ力の子だった。この先彼女と会うには私がペルーに再訪するしかない気はするが、インスタは交換した。
 こういう旅先の交流もひとり旅の醍醐味だ。

 さてマチュピチュ。
 何度も映像や画像で見ていたので、最初の印象は『その通りだ!』というものだった。でも画像と違うのは、よく見る例の場所だけでなく他の景色もひとつなぎで見え、遠近感と奥行をより感じるため、迫力があること。
 600年も昔にこんな大規模な石の建造物が作られ、それが未だにしっかりと形に残っていることが不思議に思う。とんでもない技術だ。

 謎の多い遺跡だが、神をまつる神殿としての役割もあったそうだ。
 入口で入場を待っている時、日本語が達者なガイドに客引きされた時に教えてもらった。
 彼は日本とペルーの宗教が似ていることに興味を持ち日本語を学んだそうだで、その部分だけもう少し深堀りしたかったが、30ドルのガイド料はいいかな…と思ってしまった。
 実際に、祈りを捧げたであろう場所にパラパラとコインが供えてあり、そこは日本と似ていると思った。

やっぱり写真にすると「例のやつ」にしか見えないが、すごかった


 また意外だったのは、ペルー移民の野内与吉という日本人がマチュピチュ村の初代村長だったこと。村にインフラを作り、災害があった際の対応などで信頼を得たそうだ。
 父も時期や年齢は違えど移民でブラジルに行っていたことを思うと、ああ、日本からの数十万人の移民の中にも、色んな分岐があるんだな、と感慨深かった。

野内与吉の記念碑をマチュピチュ村で見つけ、なんだか誇らしかった


 幸運なことに、かなり降っていた雨はすぐ止み、リャマやアンデスウサギにも出会うことができた。
 2時間ほどマチュピチュを歩きまわった後、村まで戻り、ホテルにチェックインしてからは眠気とだるさが一気に出た。慣れない場所で、慣れない言葉で、多くの情報を処理したせいだろう。
 ホテルのすぐ横に流れるウルバンバ川が轟音で流れていたが(部屋の窓が完全に閉じないのだ)、全く気にせず、ホテルの明かりをつけたまま朝まで眠り込んでしまっていた。

朝のウルバンバ川。水の色はずっと濁っていた

 
 帰りのペルーレイルで隣に座った日本人女性に話しかけられ、少し会話をしたのだが、リマの女の子とは対照的に、楽しくなかった。

 彼女もひとり旅をしているらしく、ペルーでシャーマン体験をしたことを事細かく話しだしたのだ。なにがしかのお茶を飲んで真っ暗闇でトリップしてしまいものすごい体験だった…みたいなことを延々としゃべる。
(私が好ましくないと感じたのは、こちらが興味が無い態度なのに一方的に話し続けたことに対してであり、シャーマン体験を否定するわけではない)

 早く離れたいな~と思いソワソワしていると、クスコでお昼一緒に過ごしません?と誘われ、無理だと思って露骨な態度でそそくさと離れた。

 一人旅をするといろんな出会いがあるんだろう。この先の出会いを楽しみにしたい。でも気を付けて。

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