ツェルマット・クール(スイス)の雑記|海外ひとり旅
ブラジル・サンパウロのグアルーリョス空港から11時間半のフライトを経て、お昼前にチューリッヒ空港に到着した。
2月末のチューリッヒは寒そうだが、気温は10℃を超え、案外温かい。
その足でツェルマットに行くため、空港直結の鉄道駅に降り、券売機でツェルマット行きを検索。134スイスフラン=約27,068円。大阪から敦賀くらいの距離だが、大阪から青森の新幹線代に匹敵する。念のため駅員にこれ往復?と確認するも片道との回答、噂に聞いていた物価の高さを痛感する。
スイスの鉄道は信用乗車方式(乗車券は自己管理で改札が無い)と知らず、ウロウロして時間を食ったが、列車は頻度高く出ているため問題なかった。
南米で3週間ほど過ごし、ゆるい雰囲気に慣れていたところから違う文化圏に来た実感が湧く。
チューリッヒからツェルマットへ
スイス連邦鉄道(ドイツ語でSBB)の列車は大きい。
2等車に乗り、空いている席に座った。車内検札では何も言われなかったが、途中で乗ってきた乗客が私の席を予約していた。謝って席をずらしたが仕組みは謎だ。
列車は電気で走っているような静かさで揺れもなく、非常に快適だ。また窓が広く、なんてことのない街並みやのどかな田舎の景色が遮るものなく見渡せる。


九州ほどの大きさのスイスの中でも、チューリッヒはドイツ寄りの北にあり、ツェルマットはイタリア寄りの南にある。最初に乗った列車はミラノ行きだった。鉄道で国境を越えられることにヨーロッパを感じる。
しばらくするとアルプス山脈が見えてきた。
スイスは国土の3分の2が山であり、国としては6割、またこのSBBにおいては9割以上が水力発電による電力供給だそう。この地形を見れば頷ける。
山地が多く地下資源には乏しい国だが、その地理を上手く利用しエコにエネルギーを得ている。日本の山地も同じくらいの割合だが、安定的な水の供給や歴史的背景から、スイスほどには水力発電は進んでいないらしい。
一概に良い悪いは判断できないが、合理的な国だなと思う。
途中で乗り換えをする時も、駅から出る全ての列車と時刻が一覧で記載されており、電光掲示もリアルタイム更新になっているため分かりやすい。
しかし、2回目の乗り換えの際、乗る予定の列車の横に嫌な赤文字が光っていた。ドイツ語を翻訳すると運休とのこと。
駅からは替わりのバスが出ており、長い列で1時間近く待たされる。
ようやく来たバスはアルプスの谷間を縫ってゆるゆると走る。美しい景色だが少々緊張気味だ。なにしろ何も書いていないしアナウンスもない(こういうところは日本と違う)ため、人の流れを見ながら状況を伺う。
ツェルマットはガソリン車の乗り入れが禁止されているため、1駅前の登山鉄道の始発、テッシュ駅までバスで行き、そこから列車に乗った。
予定より1時間半遅れでツェルマットに到着し、駅からすぐのホステルにチェックインする。
空気が澄んでいておとぎ話のような景色がちらと見えるが、空腹と疲れからまずはご飯…とレストランを物色するも、だいたい6000円以上する。ぐっと堪えてキオスクでパンとポテチを買い、ホステルに戻りモソモソ食べてコーヒーを飲み(スイスは水道水を飲めるのが最高)、落ち着いたところで暗くなりかけた町を少し散策した。
日中にスキーをした人たちがスキー靴を鳴らしながら町に戻ってきている。全体の7、8割がスキー客で、私のような観光客は東アジア系の人が多い。メインストリートは高級店が並ぶが、山小屋風の建物と暖かい照明で、初めての場所なのになぜか懐かしい雰囲気に心躍る。
少し歩くとマッターホルンが見えてきた。薄暗い空に屹立するその姿の存在感に圧倒される。


ゴルナグラート鉄道でマッターホルンを望む
翌日、定番の登山鉄道、ゴルナーグラート鉄道の切符を買い乗り込んだ。
この歴史ある登山鉄道は1898年に開通し、片道40分で高差1469mの急勾配を上がっていく。終点のゴルナーグラート駅(標高3089m)はヨーロッパでは最高地点の地上駅だ。
ツェルマット駅を出発するとすぐアルプスの中に突入し、あたり一面の銀世界となる。スイスは夏がハイシーズンで、冬は専らスキーということだが、雪を抱く急峻なアルプスの、遠近感が分からなくなるような不思議な景色は最高だ。
車窓からは様々な角度と距離でマッターホルンを望めるため、思う存分写真を撮りながら登り列車を楽しんだ。

ゴルナーグラート駅に到着すると、やはり少し空気が薄い(が南米で慣れている、はず)。雪が溶け滑りやすい坂を上り、360°アルプスの山々に囲まれる。まさに畏怖を感じる自然だ。
少し賑やかだったので、誰もいない日陰の場所に座りしばし山々を眺める。雪が音を飲み込むのか、キーンとするくらいの静寂を味わう。
2000m級の山々を眼下に望みながら、4478mのマッターホルンはやはり突出している。この光景を目に焼き付けようと、まぶしい中サングラスを外してじっくりと見た。
その後展望台に上り、イタリア人マダムと写真を撮り合い、ぐるりと散歩をした。快晴で思いのほか暖かく、半袖の人もいるくらいで穏やかな天気だった。
下りの列車ではリッフェルベルク駅で途中下車した。雪が無い時は逆さマッターホルンが見られるリッフェル湖がある場所だ。
できれば1駅分ほどハイキングをしたかったのだが、普通の登山靴では雪道には太刀打ちできず諦めた。




氷河鉄道(グレッシャーエクスプレス)で古都クールへ
スイスの観光鉄道の中でも名高い、氷河急行ことグレッシャーエクスプレス。世界で最も遅い特急と言われており、ツェルマットと高級リゾートのサン・モリッツを結ぶ。
今回の旅行先にスイスを選んだのはこの氷河急行がメインと言っても過言ではない。パノラマの車窓からアルプスの絶景を楽しめる鉄道として乗ってみたいと思っていた。
ただ、意外なことに、私にとっては期待外れの思い出となってしまった。
今回の旅程は、ツェルマットから古都クールまで氷河急行で行き、クールに1泊してチューリッヒまで普通の列車で行くことにしていた。
列車のチケットは予めオンラインで購入しており、氷河急行が54スイスフラン(≒11,000円)、普通列車が28スイスフラン(≒5,700円)だった。
その時はスイスの地理感覚も物価感覚もなく、特段疑問を抱かず電子バウチャーだけダウンロードしてスイスに来た。
氷河鉄道に乗る前日にドイツ語で書かれたバウチャーを見直して違和感に気づく。チューリッヒからツェルマットが134スイスフランだったので妙に安い。これはただの特急券なのでは?
念のため鉄道会社のスタッフにバウチャーを見せ、他にすべきことはないかと確認をするも、そのまま乗れば問題ないとのこと。おかしいな…
ただ、もし足りなくても車内の検札で追加分を支払えばよいか、距離的には高くとも100スイスフラン(≒20,000円)くらいだろう、と高を括っていた(そして値段を調べることも怠っていた)。
当日、車内で212スイスフラン(≒43,000円)を請求された。思わずウソでしょ!と声が漏れた。ちょっと高すぎるでしょう…
ここから私の氷河鉄道旅行は減点方式になる。
アルプスの景色は見えるが窓の反射で綺麗な写真が撮れない。日本語の音声解説の内容が薄く要領を得ない。同じコンパートメント席のスペイン語一家がずっとうるさい。また、旅行者向けにスイストラベルパス(市内交通は乗り放題、観光交通は半額)なるものがあるのだが、氷河急行が54スイスフランの認識だったので、ペイ出来ないと思い購入していなかった。でも実は十分元が取れたのだ。勿体無い…
…ということを美しい景色を見ながら悶々と考えていると、段々自分の雑さ、テキトーさが可笑しくなってきた。さすがにもっと調べて来るべきだった。
それに今、人生で一度かもしれないとても素晴らしい体験をしているのだ。期待外れで残念だった、という面白い思い出にしよう。


お昼過ぎにクールに到着する。新石器時代の跡が残っており、古代ローマ時代の遺跡や800年も前の大聖堂が残っているスイス最古の町だが、飲食店やショップの密集度もスイス随一だ。徒歩でまわれるコンパクトな町で、素朴なヨーロッパ的小径を歩くのがとても楽しい。
また小高い山にかかるケーブルカーとロープウェイがあり、上がるとスキー場になっていて散策も楽しめた。そこからライン川の流れるクールの町を見下ろす景色はとても美しく、無理して終点のサン・モリッツまで行かなくて良かったと感じる(サン・モリッツは高級リゾート過ぎて、滞在費に手が出ずクールを選択していた)。



チューリッヒで一晩の滞在
クールからチューリッヒに移動した時の普通列車からの眺めは、もしかすると氷河急行よりも良かったかもしれない。
雪が無く景色のバリエーションが豊かであり、特に湖のそばを通る時は夕日を映して素晴らしかった。
スイスは観光列車でなくとも十分に景色を楽しめる。

夕方チューリッヒ駅に到着した。鉄道大国のスイス人は1人あたり年間で2300㎞も列車に乗るらしく、これは世界一だそうだが、チューリッヒ駅の電光掲示板を見れば納得だ。
黄昏時の街並みを楽しみながらゆっくり歩き、ホステルに一泊した。
(ちなみにこの時、男女共用だったのだが、夜中に男性が騒ぎまくり恐怖を感じ、以後ドミトリーは必ず女性専用で予約するようにした)
翌朝はチューリッヒ湖のほとりを見たりして軽く散歩し、すぐ空港に向かった。


総じてスイスは、清潔で臭いがしないし(南米はずっとふんわり臭いがあった)、英語が通じるし、人々は何となくプライドを感じるが居心地は良いし、素敵な国だった。
また、その後東欧に行きヨーロッパの歴史を知るにつれて、永世中立国としてのスイスの覚悟と気概をじわじわと感じている。
物価のことばかり気にして、大事なことを見落としていたかもしれない…という気づきもまた、いつか違う見方でスイスを再訪したいという動機になった旅行だった。



