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ディアエヴァンハンセン

Dear Evan Hansen
はじまりは、僕が僕に宛てた1通の手紙と、ひとつの嘘だった。

期間は、2026年7月25日(土)~8月23日(日)
今回の会場は、EX THEATER ARIAKE
ゆりかもめ「東京ビッグサイト駅」徒歩 約5分
りんかい線「国際展示場駅」徒歩 約9分
会場まではスムーズで、新しい劇場なので、設備もキレイだった。
時間は、休憩を含めて3時間
1階席:995席 2階席:295席 3階席:256席 最大1,546名収容できる劇場である。

◆作品について
トニー賞9つの賞にノミネートされ、6部門受賞の傑作ミュージカルの日本初上演
作詞・作曲は「ラ・ラ・ランド」「グレイテスト・ショーマン」を手掛けたベンジ・パセックとジャスティン・ポール
そして脚本は、名作「RENT」に大きな影響を受けたスティーヴン・レヴェンソン

◆キャスト
社交不安障害をかかえる高校生エヴァン・ハンセンが主人公で、日本人のキャストは、柿澤勇人と吉沢 亮。
エヴァンの母親であるハイディ役に、安蘭けいと堀内敬子
エヴァンが心魅かれるゾーイ役に、木下晴香と松岡茉優
ゾーイの兄で、今回の事件のきっかけとなるコナー・マーフィー役は、
立石俊樹と廣瀬友祐
エヴァンの数少ない(親つながりの)友人にジャレッド役に、
上口耕平、須賀健太
アラナ役に高野菜々と宮澤佐江
ゾーイの母 シンシア・マーフィー役に瀬奈じゅんとマルシア
ゾーイの父 ラリー・マーフィー役に石井一孝と新納慎也

◆キャラクター
エヴァン・ハンセンは社交不安障害を抱えるティーンエイジャーで、セラピストでもある医師からの課題で、毎日どんないいことが起こるか自分宛ての手紙を書くようにアドバイスをもらい、書いたものを印刷したところへコナーが来て、手紙を見て怒って持って行ってしまう。この手紙が後々この物語の重要な軸となる。

コナー・マーフィーは、友達がいない一匹狼。粗暴な一面を隠すために薬に手を出している。

母親のハイディ・ハンセンは、仕事をしつつ、夜はパラリーガルスクールに通うエヴァンのシングルマザーであり、忙しく、その結果エヴァンがさみしい思いをしていることに気づいていない。

ゾーイ・マーフィーは、コナーの妹で、兄はサイコでおかしいと思っていて、関わりたくないと思っていたが、エヴァンの手紙や話を聞き、もっと兄のことを知っていればよかったと思っている。

シンシア・マーフィーは、コナーとゾーイの母。専業主婦で、家族を仲良くするために奮闘するが、空回りしている。

ラリー・マーフィーは、コナーとゾーイの父で、弁護士。仕事が忙しく、子供のことはシンシアに任せきり。

アラナ・ベックは、まじめだが、とにかく注目を浴びたい性格で、大学進学のため、常に自分にとってプラスになる課外活動を探している。何でも利用できるものは利用し、距離感がバグっている。

ジャレッド・クラインマンは皮肉屋で、ひょうきんなエヴァンの友人。コナープロジェクトを手伝う。

◆ミュージカルナンバー
第1幕
"Anybody Have a Map?" – Heidi, Cynthia
"Waving Through a Window" – Evan
"For Forever" – Evan
"Sincerely, Me" – Connor, Evan, Jared
"Requiem" – Zoe, Cynthia, Larry
"If I Could Tell Her" – Evan, Zoe
"Disappear" – Connor, Evan, Alana, Jared, Larry, Cynthia, Zoe
"You Will Be Found" – Evan, Alana, Jared, Zoe, Company, VC (virtual community)
第2幕
"Sincerely, Me (Reprise)"* – Connor, Jared
"To Break In a Glove" – Larry, Evan
"Only Us" – Zoe, Evan
"Good for You" – Heidi, Alana, Jared, Evan
"Words Fail" – Evan
"So Big / So Small" – Heidi
"Finale" – Evan, Company

社会不安障害をかかえたエヴァンが骨折したギブスに、コナーが(お互い友達がいるふりをするために書いた)コナーの名前や、エバンが自分あてに書いた手紙を、コナーが持ったまま自殺をしたことから、それは遺書であると思われ、親友であると誤解されることから物語は進んでいく。その時についた小さな嘘に嘘を重ねていくことになるが、それは奇跡を生み世界を巻き込んでいく。

誰かのため、自分の為についた小さな嘘がどんどん大きくなり、拡散されていくSNS、インターネットの時代の怖い部分もフューチャーされている。より刺激的なもの、消費されていく世界の中に、人々は熱中する。
数週間後にはそんなことがなかったかのような世の中に戻る。

これは、孤独を抱えた青年達と、人気者ではあるけれど、コナーのことは何一つ分かり合おうとしない、分かり合えなかった少女と両親のグリーフケアの話でもあるのだ。自分は一人だというコナーの孤独、木から落ちたのではなく自殺未遂を図ったエヴァンの孤独。この世から消えていたのは自分だったかもしれないのだ。エヴァンが、本当の自分を受け入れ、自分を癒す物語でもある。

作品中には、自殺やドラッグのことも出てくるけれど、これはアメリカの高校ではよくあることで、日本でだってあるかもしれないことだ。

社会不安障害を持つエヴァンにとって、スピーチをすることは、何よりも怖いことだったはずだ。だがそこでのスピーチが拡散され、世界中に広がっていくにつれて、エヴァンの言葉は彼自身の手を離れ、彼と同じように孤独や不安を抱える無数の人々へのメッセージとなり、光となっていく。
彼のスピーチを見た人たちが「#YouWillBeFound」というハッシュタグのもとに集い、互いに繋がり合っていく光景は、SNSが持つポジティブな連帯の可能性を示すと同時に、その共感がどれほど虚構の上に成り立っているかという皮肉な危うさも浮き彫りになっていく。
しかし、そのバズ(熱狂)が大きくなればなるほど、一時的な共感や感動を急速に消費する一方で、エヴァン自身が本来伝えるべきだった「本当の自分」や「真実のコナー」からは遠ざかっていくという皮肉な展開へと繋がっていく。真実ではないコナーは憧れのゾーイと付き合うことになるが、真実ではない自分に苦しむことにもなる。

最終的に嘘が破綻したとき、物語は「SNS上の架空のヒーロー」から「不完全で泥臭い一人の人間」へと戻ってく。大切なのは、バズることでも、誰かの理想の存在になることでもなく、愚かで孤独な自分自身をありのまま受け入れ、他者と自分に誠実に向き合い直すこと。この作品は、SNS社会の脆さと、遺された人々が絶望から前を向くための静かな救いをリアルに描き出している。誰だって本当の自分を出すのは怖いし、逃げたくなる。一歩踏み出す勇気をこの作品はくれる。

この作品は、嘘が暴かれた後に残る「本当の救い」がある。
コナー・ゾーイの家族(マーフィー家)にとって:
エヴァンの創作した「優しいコナー」の思い出は、確かに嘘から始まったものだった。しかし、破綻と拒絶を経た後でも、残された家族はコナーという存在の多面性を受け入れ、悲しみのどん底から一歩を踏み出すための「必要なシェルター(避難所)」でもあった。罪悪感から一歩前進するための痛みを伴うグリーフケア(哀悼のプロセス)を果たすことができた。

エヴァンから見たコナーの家族:
シングルマザーの家庭に育ったエヴァンにとって、お金に余裕があり、両親が揃っていて、一緒にいて、無条件に愛されている安心感のある家。一員になれたらどれだけ良いか。
エヴァンが真実を話した後も、決してそれが嘘であると反論はしなかった。もう一人の息子を失いたくないからだ。こんなに深い愛があったのに、コナーもきづいてほしかった。

エヴァン自身にとって:
嘘の自分(「コナーの親友」「感動的なスピーチをするヒーロー」)を演じ続ける限界に達し、"Words Fail"で自分自身の醜さや愚かさを曝け出したことで、彼は初めて「ありのままの自分」と向き合うことになる。"So Big / So Small"で母ハイディが歌う無条件の愛に包まれ、彼は「完璧でなくても、自分として生きていい」という真の居場所を見つける。これは孤独を抱えた少年のままであれば、分かち合えなかったことだ。

この作品の根底には、私の好きなキンキーブーツの中の6ステップの自分を受け入れ、他人も受け入れる、自分が変われば世界も変わるにも通じる部分があるのだ。

終盤、コナー・プロジェクトの熱狂はSNSから急速に去り、世界はまた何事もなかったかのように通り過ぎていく。刺激的なニュースを次々と消費していく現代社会の冷酷さが、そこには描かれている。

しかし、ラストシーンでエヴァンが訪れるコナーのための果樹園は、静かで、確かな実体を持ってそこに存在しる。世界全体の熱狂は冷めても、傷つきながらも生きていく個人の中に残ったもの――それは決して嘘でも消費物でもない。確かにそこに存在していたのだ。劇中歌『For Forever』で歌われるこのリンゴ園は、孤独なエヴァンが妄想した「誰にも否定されず、日の光を浴びて、誰かと深く繋がれる理想の場所(=自分の居場所)」を象徴している場所でもあり、コナーが愛した場所でもある。(※これは映画版の方が強く感じるかも。)

自分自身を偽らなくても、人は誰かと繋がることができるのか。一瞬のバズや嘘の連帯を超えて、孤独な人間が「自分自身であること」を受け入れるための静かな決意とともに、物語は幕を閉じる。

"You are you. That is enough." (君は君だ。それで十分なんだ。)
”Today at least you're you and that's enough."(僕は僕のままでいい。)

今日はきっといいことがある。

作品の考察ばかり書いたが、演者さんのことや、自分の想いも書く。

幸運にも、吉沢亮のFC貸し切り公演に参加できた。
ミュージカル作品はたくさん見ているし、ぶっちゃけ映像作品の俳優さんが、百戦錬磨のミュージカル俳優、女優陣に交じって大丈夫?6年ぶりなんだよね?と正直不安でいっぱいだったけど、最初の高音からきちんと声が出ていて、安心した。
吹き替え版の映画だって、日本人声優さん歌っていないのよ。
日本語歌詞で歌うの絶対難しいよ。
9年前に見たブロードウェイで衝撃を受けて、演じてみたいと準備していたのでしょうね。本当に立派でした。
座長を支える俳優陣も豪華で楽しませてもらった。
ファンクラブ公演なだけに、ジャレッド役の須賀健太さんには申し訳ないことをしたね。左右のモニターあるのに、みんなお亮を見ていたというww
しかも、幕後に言ったら、”僕のことを愛してやまない人達ですから(どや)”と言っちゃうお亮も面白かった。
セリフから歌につながる表現も、きれいな顔なのに本当に気持ち悪い
コミュ障の人にしか見えなくて、最高でしたよ。
演じている間は猫背で、終わった後の吉沢亮は、背筋もしっかりまっすぐで、エヴァン要素1㎜もないの。
エヴァンの中に入っているの?エヴァンを吉沢亮に入れているの?
俳優さんは奥深い。
映像でしか見れない俳優さんが、ミュージカル界に来てくれるのは、
ミュージカルファンが増えてうれしい。
とにかくこのミュージカルナンバーはキャッチーで、でも歌詞は深くて
心に刺さる。そして難しくて、絶対一般人は歌えない。

私は、三浦春馬くんのファンで、彼が演じてみたいと言っていた世界が見たかった。彼がアミューズの宝といった彼が見たかった。日本の演劇界隈を血の通った産業といった彼の愛した世界を愛したかった。誰よりも愛し、命を懸けて輝かせようとしていた彼がこの世界にいないのがさみしいし、誰よりも孤独を抱えていたり、本当の自分ではないと感じていた彼が、この作品を見ていたのなら、思いとどまって欲しかった。日本版に出たがっていた彼と同じ夢を見ていた後輩の姿を心に刻んだよ。これからも彼のいない世界で、私は私のまま泥臭く生きるよ。日々是好日。









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