「もうやめて」と叫んでいた私が気づいたこと #未来のためにできること
「もうやめて」
アラカンになった私は、母親から浴びせられる言葉に、叫びたくなるような衝動にかられていました。
「お前はおかしい」
「そんなことはするな」
「これをしろ」
「もう帰ってくるな」
批判、禁止、命令。その繰り返しに、私は母を「毒親」だと思うようになりました。
長年母娘問題に苦しんできた私は、母を「毒親」と定義し距離を置くことが、人生後半を穏やかに生きる唯一の方法だと思っていたのです。
ところが今年の春、その考えを根底から覆す出来事が起こりました。
母娘問題が静かに解決したとき、「毒親の正体」として浮かび上がってきたのは、私が何十年も信じ続けてきたものとは、まったく違っていました。
私はずっと、母が私を苦しめていると思ってきましたが、自分の内側と向き合ううちに、その見方が少しずつ変化していきました。
母娘問題が解決したあと、母は「生きたいように生きればいいのよ」と繰り返すようになりました。その言葉を語る母は、長年私が知っていたのとは、まるで別人のようでした。
心理を学び、自分の内側と向き合う中で気づいたのは、幼い頃の「お母さんなんて大嫌い」と無意識に刻まれた心の傷を、ずっと抱えたまま生きてきたということでした。
母を「毒親」のように存在させていたのは、潜在意識に隠れた想いだったのかもしれません。

私は母を深く愛していたと気づくとともに、母から受け取っている愛情の一つひとつを、感じとることができるようになりました。
それは、太陽や水が私たちを生かしてくれているように、この世に生まれた瞬間から注がれ続けていたものです。いつもそこにあったから、それを愛だと気づけなかった。私は親子の普遍的な愛の形を、"そこにある愛"として見ることができるようになりました。
私は、すべての親子が仲良くなるべきだとは思っていません。距離を置くことが必要な場合もあるでしょう。
ですが、私の体験を通じて、親子関係に悩んでいる誰かの心を軽くすることができたら──。自分の心と向き合うことで、苦しみの連鎖を終わらせることができるかもしれない。そう思いながら日々エッセイを綴っています。
誰かを変えようとする前に、自分の内側に目を向けること。その小さな心がけが、未来の親子関係を、ひいてはさまざまな人間関係を、そして次の世代を少しずつ変えていけるかもしれない。
この体験と気づきを伝えていくこと。それが私にとって未来のためにできることです。
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