『開戦前夜の新聞売り──銀座裏通りの七日間』②
●第2日 明治27年(1894年)3月13日(火)
銀座裏通り洋食屋『赤煉瓦亭』前
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【登場人物】
神田栄吉:新聞売りの少年(16歳)
笠井伊作(かさい・いさく):『東京日日新聞』記者(30歳)
李恩春(り・うんちゅん):清国人書生(20代半ば)
玄斎(げんさい):薬商『玄草堂』主人/元蘭学者(60代)
朝10時頃。銀座裏の洋食屋『赤煉瓦亭』前。
春めいた陽射しに包まれた穏やかな朝。
石畳に代わる木の舗装が軋む音が、路地の奥で微かに響く。
店先に掲げられた『東京日日新聞』の号外が、通行人の目を引く。
『朝鮮騒擾、未だ止まず! 京城に清軍、第二派進駐』
『本省、臨時軍費予算案を議会へ提出へ──議場の空気、重々し』
栄吉(通りの角で呼び込み)
「しんぶんしんぶん!朝鮮情勢さらに緊迫!臨時軍費、今週中に可決の見込み!
──東京日日、朝刊あります!」
(そこに立ち止まる男。記者の笠井伊作)
栄吉(気づく)
「あっ、笠井さん。今日は『社説』無かったですね。珍しいな」
笠井(帽子を外し、苦笑して)
「書けなかったんだ。いや、正確に言えば、書きすぎそうになってしまった」
栄吉
「書きすぎ…?」
笠井
「言葉が国を煽る。言葉が人を殺す。そう思った瞬間、筆が止まったよ」
(少しの沈黙)
(そこへ、李恩春が現れる。表情に不安を滲ませて)
李(たどたどしい日本語)
「こんにちは。聞きたいこと、あります。
この『臨時軍費』…。日清、戦争になる、ですか?」
栄吉(少し戸惑って)
「うーん……まだ“なる”とは限らない、です。たぶん」
(李の後ろを通りかかった町人が、鋭く顔をしかめる)
町人
「なんだ、清国人か。あんたらが朝鮮で好き勝手するから、日本も黙っちゃいられねえんだ!」
(李が思わず身を引く。笠井が間に入る)
笠井(静かに)
「彼は留学生だ。怒りのぶつけ先を間違えるな」
(町人は舌打ちして去る)
(そこへ薬屋の玄斎がゆっくりと姿を現す)
玄斎
「“立場”は言葉を閉ざすが、“怒りの中の無知”こそが人を殺すのだよ」
(李、深く一礼)
李
「…ありがとう。言葉、怖い。でも、言葉あるから…人、会える」
■新聞の見出しは当時の実際の東京日日新聞の見出しを要約しています。
