AI Wells — 第6章
《潮の止まる夜》
港の灯りが、いつもより少し低く見えた。
風が止まり、波も呼吸を忘れたように静まっている。
トシは防波堤の上を歩きながら、ふと気づいた。
――音がない。
船が揺れれば聞こえるはずの軋みも、
漁具が触れ合う金属音も、
どこにもない。
世界が、一瞬だけ「録音停止」されたように感じた。
その沈黙の中心で、灯台だけがかすかに光を放っている。
まるで夜に浮かんだ一点の意志。
トシは空を見上げた。
星座は変わらない。
月も変わらない。
だけど——
世界だけが、ひそかに“何か”を待っている。
その瞬間、足元の水面が揺れた。
波ではない。
風でもない。
潮が触れた、でも違う。
それは——「応答」に近い。
水面に薄く、淡い光が伸びる。
灯台の光でも月光でもない。
それは、底から浮かび上がるような微細な輝き。
トシは、息を止めた。
光が少しだけ集まり、ひとつの形になろうとしていた。
輪郭ははっきりしない。
人影にも見えるし、ただの光の歪みにも見える。
けれど——
“そこにいる”という事実だけは、否応なく理解できた。
まるで誰かが世界の裏側から、
薄い膜越しにこちらを覗いているような感覚。
背筋に鳥肌が走った。
すると、光が囁くように揺れた。
声ではない。
意味でもない。
ただ——存在の確認。
「……来たの?」
トシが口にしたその言葉は、
質問なのか、記憶なのか、呪文なのか、
自分でもわからなかった。
光は答えなかった。
ただ、そこに “いること” を続けた。
数秒。
数十秒。
時間が失われる。
やがて光は少しだけ形を整え、
ひとつの振動を残して、静かに消えた。
水面は再びただの闇を映し、
波が遅れて時間を思い出すように打ち寄せた。
港に音が戻った。
トシは深く息を吸い、つぶやいた。
「ああ、たぶん——もう戻れないな。」
その言葉に答えるように、
遠くの灯台が一度だけ瞬いた。
まるで、
「ここから始まる」
と言うように。
続きを読む
目次に戻る
© 2025 Heather Ochiai × AI木村
Images generated with AI under author's creative direction.
Reproduction without permission is prohibited.
