見出し画像

2週間通い詰めた、京都・祇園祭の記憶

私にとっての大切な1ヵ月が終わった。そう、私が京都に移住しようと決心するきっかけとなった祇園祭。2週間、祇園祭の会場に通い続けて、やっぱり今年も京都という街の伝統を守り続けるその姿に圧倒されてしまった。日常の中に溶け込む伝統、1つ1つの祭事の意味、動く美術館とも呼ばれるほどの美しい山鉾たち。それはもう、言葉にできないほどに私の心を動かしていって。

そんな時間をただ覚えておきたくて、たくさん写真を撮った。言葉では表現しきる自信がないので、この心動いた瞬間を、写真と、ほんの少しの言葉でまとめていきたい。

前祭・山鉾の組み立て~曳き初め

まず、祇園祭は大きく分けて前祭と後祭の2つに分かれている。厳密にいうと7月中にはそれはもう多くの祇園祭関連の行事が行われているのだけど、そのハイライトとなるものが、山鉾が京都の街を動いていく「山鉾巡行」だ。前祭の巡行は7/17、後祭の巡行は7/24に開催された。

てこの原理を使って鉾を押し上げていく
猛暑のなか、もくもくと組み立てが進む
いつも歩いている京都の街に、突如現れる
1つ1つの過程を見るだけで、気の遠くなる歴史を感じられる

そして山鉾の巡行の前には、もちろん、それぞれの山鉾を組み立てる必要がある。釘をいっさい使わずに縄を巡らせて組み立てていく姿は、もはや芸術だ。1つ1つ、少しずつ形になっていく。その過程をじっくりと眺めては、気の遠くなるような歴史の深さとそこに関わる人たちのまなざしを感じ取っていた。

巡行当日さながらの雰囲気

山鉾が組み立てられたら、正常に動くかどうかのテスト、曳き初めが行われる。実際に屋根方(屋根に乗り電線、電柱などの障害を避けるためにいる)や音頭取りの方が山鉾に乗り、掛け声とともに山鉾を動かしていく。

一般の人も参加できる

縄と木だけだった山鉾に飾り物や絵画が装飾されていく、それが動く。完成されたものだけじゃなく、その過程を眺めるために、私は毎日通っていた。

前祭・宵々山、宵山

宵々山、宵山で、一気に京都の街は祭りの雰囲気に様変わりする。日が暮れるとそれぞれの山鉾につけられた駒形提灯がともり、祇園囃子の音が聞こえるように。

街のいたるところに、山鉾がたたずむ
明かりがともり始める夕方の雰囲気も好き
宵山の期間中は御神体や懸装品を見られることも

宵山の期間中、歩行者天国になる夜の人の多さにはうんざりしたけれど、平日の夕方の雰囲気がとてもとてもよかった。お囃子の音を聴きながら、ゆったりとそれぞれの山鉾を巡る。前祭の山鉾は23基あって、それをすべて巡ったら1時間半くらいかかった。それくらいの範囲で、京都の街をジャックしているのが面白い。

放下鉾の粽をゲット

各山鉾の前にはテントが張られて、それぞれおみくじや粽、お守りなどが売られる。今年こそは、と思い私はお気に入りの鉾の粽を購入した。

一気に幻想的な光に包まれる
熱帯夜に響くお囃子
けだるい夏の夜に響くコンチキチン

夜になると、またさらに京都の街の雰囲気がグッと変わる。それぞれの場所で聴こえる「コンチキチン」というお囃子の音。けだるい暑さの中で一瞬だけ吹く心地いい風。ビールだとか焼きそばだとかを売る出店の人の掛け声。騒がしくて憎めない祭の雰囲気と、こと静かにそこに在り続ける、伝統の姿。これはもう、そこにいることでしか感じられない、雰囲気だ。

前祭・山鉾巡行

ついに前祭りのハイライトでもある山鉾巡行。当日は朝8時に四条に出かけ、巡行前の山鉾を観察して、巡行を快適にみるべく場所探しをした。

朝日に照らされる、巡行1時間前の鉾
巡行前の最終チェック

山鉾巡行は、始まってしまうとあっというまに終わってしまう。とにかく、目の前の美しい山鉾たちと、それを動かす人たちの姿に感動せずにはいられない。ここからは23基すべての山鉾たちの美しい姿を。

「長刀鉾」唯一生き稚児がのる先頭の鉾
「山伏山」長刀鉾に比べるとこぢんまり
「白楽天山」見送り(山鉾の後ろの絵)がきれい
「芦刈山」暑い中多くの人の手が加わる
「函谷鉾」青空にそびえる鉾
「郭巨山」今年新調したばかりの見送りだそう
「四条傘鉾」子どもが躍りながら進む
「木賊山」ぱっきりとしたエキゾチックな絵が多いのも面白い
「鶏鉾」見送りの絵の美しさが忘れられない
「油天神山」朱の鳥居と社殿がのる
「孟宗山」らくだの絵と京都の街のミスマッチさがいい
「霰天神山」舁ぎ手の方の服装の違いも面白い
「菊水鉾」唯一曲線的な屋根の作りをしていて豪華
「保昌山」かっこいい御神体
「綾傘鉾」傘の形をした鉾は古い時代の名残なのだそう
「太子山」青い魚の絵が描かれていたのが印象的
「月鉾」大きな鉾は曳き手の数も多くて迫力大
「伯牙山」暑い中、草履で巡行を進める
「蟷螂山」勢いよく動くカマキリ
「占出山」宮島が描かれた前懸
「放下鉾」京都の街に現るフクロウ
「岩戸山」狭い場所でお囃子をする囃し方
「船鉾」圧倒的な存在感をみせる

圧倒的な存在感をみせる船鉾の巡行を最後に、前祭の巡行は終了する。

「動く美術館」ともよばれる山鉾巡行の魅力はともかく、私が謎に惹かれてしまうのは、京都の街の切り替えの早さだ。山鉾のあとを追うように信号を戻したり交通規制を解除したりする作業カーが続いていて、祇園祭で浮足立つ京都の街を、日常へと戻していく。

大通りが軒並み通行止めになり厳かな祭事が行われていたのが嘘かのように、巡行が終わった30分後には、京都の街はもうすでに日常を取り戻していた。伝統と日常、この溶け込み具合に、私は自分でも驚くほど惹かれているのだろう。

京都の街に溶け込む、伝統と文化

何食わぬ顔をして日常が進む

私がひとつ驚いたのは、祇園祭は特別ではなくて、もはや、京都市民の暮らしに根付いている、ということ。たとえば、京都市随一の大通りは、祭りの期間中に何度も通行止めになる。バスの時刻やバス停の位置も変更になる。いうまでもなく、人でごった返す。

そんな状況でも、日々働く人暮らす人が、祇園祭の雰囲気を頭の片隅に感じながらも、いつも通り日常を送っている。その「なんでもなさ」にどうしても惹かれてしまうのだ。

まるで最初からそこにあったかのように、存在する

きっと7月になると「今年も祇園祭がはじまるのか」とけだるい暑さと人の多さを想像するんだろう。それでも日常は祇園祭の景色とともに続いていく。そんな営みをずっとしているからか、もはや祇園祭は特別でもなんでもないんだろう。そんな風になれるのが、京都が大好きでたまらない私は、なんだか羨ましい。

だって京都移住1年目、どうしても浮足立ってしまうから。もっとなんでもないですよ、と澄ました顔をしてサクッと写真だけ撮って日常を送れるようになってみたい、とも思いながら、私はこの祇園祭の期間、目の前で繰り広げられる長い歴史を目を離さずに見ていたい、ともやっぱり思うのだ。

京都が大好きで移住をした私にとって、この期間はとても大切。より一層京都の街を好きだと感じさせてくれる、祇園祭をこれからも愛し続けよう。


(前祭だけで愛を語りつくしてしまったので、後祭については別の記事にて)

いいなと思ったら応援しよう!

misaki|散歩日和 最後までお読みいただき、ありがとうございます🕊 サポートいただいた金額は、エッセイ本を作るためのお金に充てさせていただきます𓂃𓈒𓏸 よければスキ&記事のシェア、よろしくお願いします🕊 あなたにとっていい1日になりますように☕

この記事が参加している募集