「尺玉」がメートル法の時代にも生き残っているのは、計量法の"抜け穴"のおかげだった——同じ「尺」でも、業界によって長さの基準がバラバラ
夏の夜空に上がる花火大会。「今のは尺玉だ」「あれは3尺玉らしい」という会話を、聞いたことがある人は多いはずです。長さの単位はとうの昔にメートル法へ統一されたはずなのに、なぜ火薬という危険物を扱う、規制の厳しい領域でだけ「尺」が生き残っているのでしょうか。調べてみると、これは花火だけの話ではありませんでした。
尺貫法は、法律上すでに廃止されている
尺貫法は、1951年に制定された計量法によって、公式には廃止された単位です。1959年1月1日にメートル法が原則完全実施され、1966年4月1日以降は、取引や証明の場で尺貫法を用いることが法律で禁止されました。違反すれば50万円以下の罰金が科されます。
例外はただ一つ。「匁(もんめ)」だけは、真珠の取引に限って今も法律で使用が認められています。真珠は国際市場で伝統的に匁を単位として取引されてきたため、その慣行に配慮した特例です。逆にいえば、それ以外の尺貫法は、公式にはこの世から一掃されているはずのものなのです。
「尺玉」が生き残っているのは、計量法の"抜け穴"のおかげだった
花火の大きさは、尺貫法の「寸」(1寸=約3.03cm)を基準に号数分けされてきました。直径三寸のものは3号玉、直径一尺(10寸)のものは10号玉、つまり「尺玉」と呼ばれます。花火そのものは製造・販売・運搬・消費のすべてが「火薬類取締法」という法律で厳しく規制されていますが、この法律が規制しているのは火薬の量、つまり重量です。「尺玉」「号数」という呼び方自体は、商品を分類するための伝統的な通称にすぎません。
計量法が禁止しているのは、あくまで「取引又は証明における計量」であって、商品の伝統的な呼び名・分類名までは規制していません。そのため「尺玉」という呼称は、計量法の規制対象と正面から衝突しないまま、業界の慣習として生き残ることができました。火薬という最も厳格に規制されている領域だからこそ、規制の目は「重量」にだけ向き、「呼び名」の部分には手が及ばなかった、というねじれた構図です。
尺貫法が生き残っているのは、花火だけではない
同じような生き残り方をしている単位は、他にもいくつもあります。
不動産の「坪」もその一つです。「不動産の表示に関する公正競争規約」により、広告での面積表示は必ずメートル法(㎡)で行うことが定められていますが、㎡表示と併記する形であれば「坪」表示も可能です。1坪=6尺四方(約3.3058㎡)という慣行は、今も現役です。
日本酒や米の「合」「升」も同様です。1升は約1.8リットル、1合は約180ミリリットル。江戸時代、米1合はおよそ1食分として扱われており、日本酒もこの体系をそのまま受け継ぎました。一升瓶や、炊飯器の「合」表示、健康診断の問診票の飲酒量まで、この単位は生活の中に今も残っています。
木造建築の世界には「尺モジュール」があります。日本の在来木造住宅では、910mm(約3尺)を基本単位とする設計が長く使われてきました。現在も国内で流通する建材——合板、石膏ボード、フローリングなど——のほとんどが、この尺モジュールをもとにしたサイズで作られています。そのため他のモジュールで設計すると、建材のロスが増えて割高になります。制度としては廃止されたはずの尺貫法が、建材の規格という産業インフラそのものに組み込まれてしまっているため、経済的に「後戻りできない」状態になっているのです。
同じ「尺」でも、業界によって長さの基準がバラバラ
さらに興味深いのは、着物・和裁の世界です。ここでも今なお「尺」「寸」で寸法を測りますが、実は建築で使う「曲尺(かねじゃく)」(1尺=約30.3cm)とは別に、「鯨尺(くじらじゃく)」(1尺=約37.88cm)という、呉服業界独自の"尺"が使われています。鯨尺は曲尺の1.25倍の長さで、江戸時代に「曲尺1尺2寸5分=鯨尺1尺」という換算で確立したとされ、その名前の由来は、かつて物差しが鯨のひげで作られていたことにあります。同じ「尺」という漢字、同じ呼び名でありながら、業界によって実際の長さの基準そのものが違うのです。
剣道の竹刀にも尺貫法が残っています。竹刀の長さは全日本剣道連盟の規則で定められており、高校生は3尺8寸、大学生・一般は3尺9寸というように、今も尺・寸で表記されます。この「3尺8寸」という上限は、安政3年(1856年)に定められた規定が明治以降の剣道に受け継がれたもので、170年近い歴史があります。剣道連盟は民間団体であり、この規則は政府の計量法が規制する「取引・証明」には当たらないため、そもそも尺貫法廃止の対象そのものに含まれていません。
廃止された制度が、名前だけ生き延びている
尺貫法は、法律の上ではすでに一掃されているはずの単位です。それなのに、花火の号数、不動産の坪、酒の合、建築の尺モジュール、着物の鯨尺、剣道の竹刀と、生活のいたるところに今も顔を出します。理由はそれぞれ違います。計量法の規制対象が「呼び名」ではなく「取引の計量」だけだったこと、建材規格として産業に組み込まれてしまったこと、そもそも政府の規制が及ばない民間団体の内側にあったこと。
制度としては廃止されたはずのものが、名前だけを残してあちこちに生き延びている——そのことに気づくと、次に「尺玉」という言葉を聞いたとき、少し違う目で夜空を見上げることになるかもしれません。
このシリーズでは「知っている言葉だけど、なぜ生まれたのか・その後どうなったのかを知らない」ことを掘り下げていきます。
次回もお楽しみに。
参考:Wikipedia「尺貫法」「日本のメートル法化」/磯谷煙火店 Art of Hanabi「尺玉ってなあに?」/ハナビディア「花火の号数とは?」/三菱地所の住まいリレー「坪|不動産用語集」/日本酒検定のすすめ「日本酒の単位換算」/もっとわくわくマンションライフ「尺貫法・尺モジュールとは?」/きものレンタリエ「着物で使う『尺』とは?」/井筒法衣店「鯨(くじら)と曲(かね)」/剣道「竹刀の長さ完全ガイド」
