小児科医だけど、育児は大学で習っていない── 不真面目な小児科医の育児ログ①
前置き
これまでは、
医者になるまでのこと、
医者になってからのこと、
そして今、何をしているか、
そんな話をいくつか書いてきた。
ただの自分語りで、ひとつの流れとしては
いったん区切りをつけた。
なので、他に書けることがあるわけではないし、
自分語りは変わらないが、違う方向から書いてみようと思った。
何にするかは少し迷ったが、
結局いちばん身近で、
いちばん毎日考えていること──
自分の子育てのことを書くことにした。
noteを読んでいると、
育児について書いている人がたくさんいる。
正解を提示する人もいれば、
愚痴を書いている人もいて、
淡々と記録している人もいる。
みんなそれぞれで、
それがなかなか楽しい。
うわぁ…と思う事もあるが、自分の手が届かない所に何か言うつもりはない。
せっかくだから、
その流れに少し便乗してみようと思う。
なので、ここには正解は書かない。
これは育児書でも、指南書でもない。
ただの記録だ。
自分が、うわ、ありえない…と思われる事もあるだろうことは飲み込む。みんなそうだろう。書きたいだけだ。
⸻
シリーズとしての立ち位置
今回からしばらく、
「不真面目な小児科医の育児ログ」として、
自分の育児について書いていこうと思う。
科学的に正しい話や、
育児の正解を提示するシリーズではない。
うまくいかなかった話、
こちらの思ったように進まない話、
それでも続いている日常の記録。
参考ではなく、
共感くらいでちょうどいいと思って読んでもらえたら嬉しい。
⸻

小児科医だと言うと、
育児もさぞかし上手いのだろうと思われがちである。
「先生が父親なら安心ですね」
と実際よく言われる。
泣き止ませ方も、
寝かしつけも、
イヤイヤ期への対応も、
すべて把握しているような顔をしている。
……そんなイメージを、
少なからず持たれている気がする。
だが、実際のところはだいぶ違う。
⸻
小児科医は「育児」を習っていない
まず大前提として、
育児は医療ではない。
医学部で私たちが学ぶのは、
病気の仕組み、
発達の目安、
異常をどう見つけるか、
治療が必要かどうか。
つまり、
「正常と異常の線引き」をするための知識だ。
母乳のあげ方、
泣き止まない夜の過ごし方、
イヤイヤ期への具体的な対応、
兄弟ゲンカの仲裁方法。
こうした「育児の実際」は、
ほとんど習わない。
それでも健診では、
育児についての相談を受ける。
「これで合っていますか?」
「どうしたらいいですか?」
当然のように聞かれる。
⸻
だから、小児科医は“あとから勉強している”
では小児科医はどうしているか。
答えはシンプルで、
あとから自分で勉強している。
保健師さんから教わり、
看護師さんの経験を借り、
栄養士さんの知識に頼り、
本を読み、
外来をしながら学んでいく。
小児科医だから育児ができるのではない。
育児に向き合い続けているだけだ。
そして──
それでも足りないことの方が多い。
それを、自分が親になって初めて、
嫌というほど実感した。
⸻
家では、普通に負けている
病院では落ち着いて説明している。
「大丈夫ですよ」
「よくあることです」
「様子を見ましょう」
だが、家に帰るとどうか。
普通に翻弄されている。
普通に余裕がない。
普通にイライラもする。
知識があっても、
感情はコントロールできない。
「わかっている」と「できる」は、
まったく別物だ。
⸻
このシリーズで書いていくこと
これからこのシリーズでは、
自分の育児について書いていく。
不妊治療を経て子どもを授かるまでの話。
家事や育児の分担が、実際どうなっているか。
小児科医でも、子どもに普通に翻弄されている日常。
医学的に正しいかどうかよりも、
生活としての育児を、そのまま残していくつもりだ。
⸻
締め
小児科医ではあるが、
育児の達人ではない。
それでも、
今日もなんとかやっている。
このシリーズは、
そんな日々の記録になる予定だ。
まずは、その一話目として。
