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🩺医者シリーズ 第3話#小児科の中の“小さな分岐点”── 私が小児神経を選んだ理由

発達の診療って、実は“小児科なら誰でもできる”とは少し違う。

そこには、一段深い世界がある。」

小児科専門医になってから、私はもう一度“分岐点”に立った。
小児科として働き続けるか、
さらにその奥に広がる 小児神経 の世界に踏み込むか。

今回は、その選択をするまでの “裏側”──
小児科医としてどんな道を歩み、
どうして小児神経に惹かれたのかを、最初に少しだけ整理しておく。


🩺 小児科医はどうやって育つのか?(ざっくり版)


医者は初期研修(2年)を終えると、
自分が選んだ科で働く 後期研修(3年) に進む。

小児科を選んだ私は、
ここからは基本的に ずっと子どもを診る 生活になる。

後期研修では、
小児科医として必要な疾患の患者さんを一定数診察し、
救急も病棟も外来も、とにかく広く経験する。

3年間の研修を終え、
・症例数
・研修記録
・レポート
・論文(これは本当に地獄)
をクリアすると、ようやく 小児科専門医の受験資格 が与えられる。

私は運良くストレートで受験でき、なんとか合格した。

しかし──

その先には “さらに上の世界” が広がっている。


🧠 小児科には“さらに上の資格”がある


小児科専門医を取った後には、

・小児神経
・新生児
・小児循環器
・アレルギー

といった 上位専門 が存在する。

ここから再び数年間の研修が必要で、
より専門的でディープな世界に入っていく。

私は小児科として生きていく中で、
どの道に進むのかを決める必要があった。



こうして私は、
“小児科医としてどの道を選ぶのか”という
二度目の分岐点に立っていた。

この続きを書く前に、ひとつだけ言える。

小児神経を選んだのは、派手な理由でも憧れでもない。
ただ、気づいたら心がそっちを向いていた。

そして、そこは私にとって
“これまで出会ったどの医療とも違う世界” だった。

ここからが本編──
私が小児神経に惹かれた理由 のお話だ



初期研修が終わりに近づいた頃、私は
「小児科に進もう」 と決めていた。

子どもと関わる仕事がしたいという思い。
救急で大人の患者を診るほどに強くなる、
「自分が向いているのは大人ではない」という確信。

そして、もうひとつ。
この頃から 発達の診療 に興味を持ち始めていた。

🔸 発達の診療に興味を持った瞬間


小児科の研修中、発達外来を見たときに
私は強く惹かれた。

・言葉
・対人関係
・学校での困りごと
・行動の特徴

医学・教育・家庭が全部つながる。
“誰かの人生に長く関わる医療” だと感じた。

そして当時の私は、
「発達障害とてんかんは深く関係している」
と素朴に思い込んでいた(今思えば単純化しすぎだった)。

だから自然と、
「発達を深く知るなら、小児神経かもしれない」
と意識が向いていった。


🔸 NICUで感じた「育つ」を見守る喜び


NICU(新生児集中治療室)でも研修した。

生まれてすぐ治療が必要な赤ちゃんたち。
手技にも慣れたが──

私は絶望的なまでに不器用だった。

もちろん、赤ちゃんたちには
上級医の手を借りながら全力の医療を提供した。

でも、

・手技の難しさ
・緊張の連続
・ミスが許されない現場

そのすべてが、私の不器用さとどうしても相性が悪かった。

それでも、NICUで“育つ”瞬間に立ち会う喜びは強烈だった。

ミルクを5mL飲めるようになるだけで嬉しい。
少し顔を向けられるようになるだけで嬉しい。

「できる」が積み上がっていくのを見る喜び。
これは、他のどんな科にもない魅力だった。



🔸 新生児科ではなく“小児神経”を選んだ理由


NICUの仕事は尊い。
でも働き方はあまりに過酷だった。

そのうえ私は不器用。
どう頑張っても新生児科でやっていく自信が持てなかった。

一方、小児神経は──

・発達障害
・てんかん
・筋疾患
・重症心身障害
・医療的ケア児

こうした領域を扱う。

「発達を知りたい」
「生活に寄り添う医療がしたい」

その両方が満たされる場所だった。

しかも幸運なことに、
当時働いていた病院は 小児神経の研修施設 だった。

これは後から気づいたのだが、
“研修施設にいること自体がかなりレア” だったりする。

つまり私は、
小児神経がどれだけ過酷な道かも知らないまま、
そこにすっと足を踏み入れたのだ。



🔸 小児神経は「体」と「心」の交差点

小児神経の現場で見たのは、

・発達と環境
・てんかんと脳の可塑性
・身体の障害と生活
・家族の不安
・学校との連携
・医療・福祉・教育の交差点

一人の子どもの成長を
“数ヶ月〜数年”というスパンで支えていく世界。

診察して薬を出して終わり、ではない。
「育つことそのもの」を支える医療だった。

この複雑さと深さに、私は一瞬で惚れた。


🔸 小児神経を選んだ本当の理由


派手さはない。
華やかさもない。
むしろ地味で、果てしなく奥が深い。

でも、

“育つ”という奇跡に寄り添える科。

それが小児神経だった。

気づけば私はここを
「自分の場所」だと思っていた。


🔥 そして始まった“茨の道”


ただし──
小児神経は資格取得までの道のりが重い。

・症例数の条件
・研修施設の制限
・学会発表
・論文(←これで今も苦しんでる)
・上位専門医としての追加研修

気づいたときには
「小児神経は、小児科のさらに上にある沼」
という現実の中にいた。

今もその沼を泳いでいる最中だ。

だからこそ、ChatGPTの力を借りて
なんとか道を切り拓こうとしている。

それでも私は、この科を選んだことを一度も後悔していない。


⏭ 次回予告

《医者シリーズ 第4話:働き方をもう一度選び直すまで── 小児神経・家庭・そしてAIとの奇妙な三角関係》

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