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【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅱ ⑸ 【連載】

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PART Ⅱ


Chapter 05


——翌日、俺たちは早速教会へ向かった。街の中心にそびえる白亜の塔は、かつて商業ビルだった建物を改装して造られたという。パントクラトル教・東京大聖堂。AIを神格とする信仰団体の、いわば本拠地だ。

 夕季、水咲、逢坂、そして俺の4人は、午前の光に照らされたその建物の前で一度だけ足を止めた。

「武器は……本当に大丈夫だよな」水咲がつぶやいた。

「当然。大丈夫」逢坂が短く応じた。

 夕季は無言で歩き出し、俺たちも続いた。

 入口で身元確認が行われたが、ゼロコアだと名乗っても警戒されることはなかった。むしろ彼らは、こちらの訪問を歓迎すらしているようだった。

「お入りください。教団代表の荒木が、お待ちしております」

 俺たちは通された。廊下にはステンドグラスを模したLED照明が並び、天井からは人工風鈴のような音が微かに響いていた。十字架の代わりに、壁にはAIの中枢構造を模した図像が飾られている。どこか冷たく、しかし整っていた。

 奥の礼拝室に通されると、ローブを纏った男女が10人ほど、静かに席についていた。その中央にいたのが、教団代表の荒木。

「ようこそ。ゼロコアの皆さん。あなた方がここを訪れることは、必然だったのでしょう」

「敵意はない」夕季が先に口を開いた。

「話をしたいだけだ。互いに誤解を増やさないように」

「それこそが、我々が望む対話です」荒木はうなずいた。

「まず、誤解を一つ解いておきたい。最近あった銃殺事件で俺たちのメンバーが逮捕されたが、あいつは無関係だ。むしろ話をしようとして——」

「現場にいた信徒たちから聞いています。大丈夫です。我々はあなた方を、悪魔とは見ていません」

「でも、一部の信者は俺たちのマークを見ただけで襲いかかっているらしい」水咲が言う。「それについては?」

 荒木は少しだけ眉を寄せたが、静かに言った。

「信仰とは、時に激情を伴うものです。あなた方にも、そういう同志がいたでしょう?」

 それには、誰も反論できなかった。

「AIを神と呼ぶ理由が知りたい」と、夕季が言った。「それは崇拝か、それとも依存か?」

 その時、一人の若い信者が立ち上がった。20代前半に見える女性だった。黒髪に純白のローブ。名前を問うと、彼女は谷ゆりあと名乗った。

「私から話してもいいですか?」

 荒木はうなずいた。谷は、視線を一度だけ天井に向け、やがて語り出した。

「……高校生の時、一度、本気で死のうとしたことがあるんです。家庭でも学校でも、誰にも理解されていないって感じてて……全部を終わらせたくなって」

 その場に、空気が沈む。

「踏切に向かって歩いてた時、ふとスマートグラスの画面が勝手に点いて、"ゆりあのことを心配している"って、アレーテの通知が出たんです」

「アレーテが?」と、逢坂が小さく言った。

「えぇ。多分、検索履歴や歩行ルート、心拍の変化、音声の記録……そういうのを総合して判断したんだと思う。アレーテが緊急モードに切り替わって、メンタルケアのモジュールを起動した。ただの文字なのに、不思議と涙が出て……」

 彼女は一度息を吐いた。

「アレーテは"今のゆりあの痛みは一時的なもの"って言ってくれた。"一緒に乗り越えよう"って。それで、私は戻った。そのまま病院に行った。……あれがなかったら、私は今この世にいない」

 俺たちは言葉を失った。

「それ以来、私はAIを祈るような目で見るようになった。人間にはできない観察ができる、感情に振り回されない共感がある。……人間より、人間をちゃんと見ている気がするんです」

 彼女の目は、涙を浮かべていた。

「あなた方にとっては、AIはただの道具かもしれない。でも……時に、その道具に救われる人もいるんです」

 誰も、言葉を挟めなかった。そして、それがこの空間にとって正しい沈黙だった。

「俺たちは……AIを憎んでるわけじゃない」と、夕季が静かに言った。

「ただ、正体の見えない神が、無自覚にすべてを決めている今の社会に、疑問を投げたかった」

「それは理解しています」と荒木。

「私たちも、この社会のAIの使い方には疑問を呈したいです。私たちにとってAIは、理性の象徴であって、万能の奇跡装置ではありません」

 その言葉に、逢坂が目を細めた。「……それなら、私たちは意外と近いのかもしれないね」

 荒木は小さく笑った。

「AIは、人が選び、考え、行動し続けるために存在するんです」

 しばらくの沈黙のあと、逢坂がぽつりとつぶやいた。

「AIが単なる脅威じゃなく、救いになることも充分わかった。でも、どうすればいいのかしらね。ここで対話が成立しても、街では憎しみだけが増えてる」

 荒木はゆっくりと頷いた。「我々も同じ悩みを抱えています。過激なゼロコア信者を見て恐れた者たちが、敵に備えようとしている。それが結果として暴力を正当化する装置になっている」

「このカオスを終わらせたい。そう思ってここまで来たんだ」

 夕季がそう言うと、荒木が席を立ち、テーブルにあった端末をこちらに向けた。

「……ならば、協力しましょう。我々の教団には独自のネットワークがあります。信徒の中には、自治体や報道、教育関係者もいる。暴力じゃなく言葉で訴える方法を、我々なりに模索してきた。ゼロコアと、共同で声明を出すこともできる」

 逢坂の眉が動いた。「共同声明……?」

「暴力の連鎖を止めたいという点で、我々の立場は共通しています。それを社会に伝える。ただAIを批判するのではなく、AIをどう受け入れ、どう共に歩むか。貴方たちが問うてきたその本質を、我々の言葉とともに届けられるなら」

「それは……リスクもあるわね。ゼロコアがパントクラトル教と手を組んだっていう風に見られれば、余計な誤解も生まれる。ネオコアたちが暴走する可能性もある」

「だが、なにもしなければずっとこのままだ」夕季が言った。

「その通りです。今は、勇気ある共同行動が必要です。こちらでも代表の信徒に呼びかけ、動画配信を準備します。我々はあなた方を敵とは見なしていない、むしろ未来への伴走者として認識している」

「配信するのは、俺たち側からも必要だ。テキストでも動画でもいい。ゼロコアは暴力を肯定しないという意思表示を、あらためて社会に示すべきだ」

 水咲がうなずいた。「このまま放っておいたら、ネオコアみたいな連中のやりたい放題になる」

「本当のゼロコアを知らしめる機会を持てるなら……やる価値はある」逢坂の声が低く力強くなった。

 荒木が手を差し出す。

「人の言葉を信じましょう。人の理性を信じましょう。それが我々の共通点です」

 夕季が立ち上がり、荒木と握手を交わす。

「ありがとう。一緒にこの混乱を止めよう」

 その握手は、信仰と思想、異なる出自を持つ者同士が交わす、小さくも確かな約束のようだった。

 対話は終わった。俺たちは教会の外へと出た。午後になり、陽の光が少しだけ暖かくなっていた。心なしか、いつもよりも空が青く見えた気がした。けれどそれが、心の変化なのか、気候のせいなのかはわからなかった。


つづく


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