【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑴ 【連載】
——あらすじ
2085年、世界は歴史上でも類を見ない平和を手にしていた。心と引き換えに——。
寝るのも起きるのも、歩く道、食事、恋愛、生活のすべてをAIが管理している。そして社会や仕事も。
おかげで人は健康になり、貧困もなくなり、治安も良くなり、平和で規律正しい世界が出来ていた。しかし代わりに、感情や個性といった"人間らしさ"が失われていた。
やがて、作られた平和は表面上だけだったことや、インフラAIのいくつもの不正が明らかになる。そしてそんな世界に違和感を唱える者や、反発する者が出現。AIの危険性を身をもって証明するという大義の元、私利私欲を満たしながらAIを悪用した犯罪を犯す過激派も多発。世界は次第に混沌とし始める。
——AIは新たな世界の神か、それとも悪魔か。
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勝手にOP主題歌のコーナー
Muse - Hysteria
PART Ⅰ
Chapter 01
2085年、人は考えることをやめていた。
目覚ましの音などという概念は、もうこの世界には存在しない。
2050年代以降生まれの子供たちは、産まれると同時に人体にマイクロチップ型のAIが埋め込まれるようになり、大人たちも順次埋め込まれるようになっていた。
起きる時間になると、ベッドが自動的に起き上がり、埋め込まれたAI《アレーテ》の音声が、ほの暗い照明とともに語りかけてくる。
「おはよう、レイジ。現在、午前6時30分。気温は摂氏13度、湿度は58%。今日の予定を確認する? それとも昨夜見た夢の内容を解析する?」
まるで親しい友達のようなモーニングコールに、俺はまぶたの裏にまだ残る夢の断片を引きちぎるように目をこすり、うっすらと目を開けた。
天井の淡い光が、無機質な部屋をじわりと照らしていく。壁には装飾もなく、家具といえばベッドと棚、そして中央に鎮座する球形のインターフェースのみだ。
——「……いや、いい」
「了解。睡眠の質は前夜比で3.1%低下。最近のストレス値はやや高め。精神安定のため、朝の呼吸瞑想を推奨するよ。開始する?」
「いい」
「了解。じゃあ、今日のスケジュールの確認するね。今日は8時45分に──」
「いいって言ってるだろ! 自分でわかってるって!」
俺の返答にトゲが混じったのを察知したのか、それ以上は何も言わなかった。
俺は上半身を起こしながら、壁に備え付けられたミラーに目をやった。その鏡の向こうから、今度は別のAIが声を発する。
「おはようございます。肌の水分量は標準より7.6%低下しています。本日は部屋の湿度を強めに設定しますか?」
「勝手にしてくれ」
人間が決めることは、もうほとんど残っていない。食事、通勤、健康管理、スケジュールの最適化──すべてがAIによって提案され、AIによって管理され、AIによって修正されていく。
本人が何も言わなくても、"正解"が自動的に用意される。それは、間違いのない安心だったが、退屈でもあった。
俺は無言で顔を洗い、次にアレーテから届いた通知を確認する。
「午前中の予定に変更はないよ。昼食は12時。会議は14時から。移動には社用車を使って——」
そのすべてが、まるで当たり前のことのように感じられた。なんの問題もなく、ごく普通の一日が始まる。
「おう」
そのまま、いつものようにシャワーを浴び、用意された服に着替える。
しかし、目の前に広がる世界には、微妙に違和感を感じていた。それは恐らく、日常の中で求めていた生活とは少し違う形だったからだろう。
でも、俺はその違和感を認めようとはしなかった。逆に、それを見て見ぬふりをして、毎日をこなしていく方が楽だと感じていた。
一切の無駄が省かれ、すべてが"最適化"された世界。人々はそれに違和感を抱きながらも、それを容易に受け入れた。
部屋を出ると、すぐに通りに面した玄関へと歩いて行く。ドアの向こうには、俺を迎えるために準備された自動車が待機している。無駄のない、完璧な流れだ。
「おはようございます、有岡レイジさん。今日も安全な移動をお手伝いします。目的地までの最適ルートを設定しました」
車内からも音声が流れてくる。俺は何も返さず、ただ座席に深く腰掛けた。
この自動車もまた、完全にAIによって運転されている。俺は今までほとんど自分でハンドルを握ったことがない。車内のディスプレイには、向かうべき方向が、すでに表示されている。
でも、そんな生活も不満ばかりではない。むしろ、これほど楽なものはないと思っている。
「本日、予定されている会議の内容に関して、予測データを送信するね。重要なポイントは以下の通り」
アレーテが車のディスプレイに、会議の内容を一瞬で表示させた。その内容には、俺が知らないことも、俺がすでに知っていることも全て含まれていた。
アレーテがすでに会議での俺の役割を理解し、どのように振る舞うべきかも算出されている。
まるで俺自身が思考する余地すら与えられないような、そんな感覚に包まれる。
「……」
黙ってその内容に目を通す。なんてことない。予測される質問も、それに対する答えも、すでに準備されている。俺はふと、自問自答する。
最適化された生活は、確かに楽だ。でも、どこか大事なものが失われている気がする。
「到着まであと6分です」車内のAIが、静かに告げる。
その言葉に耳を貸すことなく、外の景色を眺めた。心の中にある微妙な不安を、まだどこか遠くに感じる自分がいた。
「おはようございます有岡レイジさん、今朝のニュースをご確認ください。AI省から新たな指針が発表されました」
職場に着くなり、天井のパネルスピーカーから《タネア》の声が降ってくる。俺は黙って端末を取り出し、机上のホログラムを表示した。そこにはいかにもAIらしい無機質で整然とした文面が並んでいる。
【国民の生活満足度向上を目的とし、AIによる提案受容率を80%から93%へ引き上げる】
【非AI的行動に対する監視アルゴリズムを最適化。疑似ストレス値が基準を超えた個体に対し、福祉AIによる介入を強化する】
「提案受容率ってなんだよ……もうほとんど命令じゃないか」
隣の席に座る同僚の中山がぼそりとつぶやいた。声を潜めるようにして、それでも周囲に聞こえないように努めている。俺は、顔を上げずに応じた。
「お前、よくそんなこと言えるな。全部ログ取られてるぞ」
「わかってるよ。だけどさ、言いたくもなるだろ。最近、うちの子どもが学校で叱られたんだよ。AIの勧めた食事を拒んだからって」
俺は苦笑した。子どもにまで、完璧な栄養バランスが強制されている時代。親は安心かもしれない。だが、子どもたちはどう思っているのか。
そのとき、オフィスの照明が一段階落ちた。誰かのストレス値が上がったことを示す自動調整だ。システムが気配を読み取り、精神的安定を促す環境へと変化する。
タネアの声が再び響いた。
「有岡レイジさん、今週の生産性指標が部署平均より4.9%低下しています。業務効率化のための個別メンタルケアを提案します」
「……いらない」
俺は答えながら、背筋を伸ばした。拒否は許される。だが、それは必ず記録に残る。たとえ提案であっても、それを拒むということは、"非効率な存在"というタグが貼られる可能性を意味する。
世界のすべては効率と安全の名のもとに、最適化されたレールの上を走るように設計されている。
つづく
勝手にED主題歌
Vampire Weekend - White Sky
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