「100mの歩き方で5年後が変わる」デザインの解像度を上げる僕の習慣
「100mを何も考えずに歩くのか、意識して歩くのか。それで君の5年後は大きく変わる」
これは、前職の社長から入社時にいただいた言葉だ。
ただ移動するためだけに歩くのではない。常にアンテナを張り、意識する。
身の回りには、デザインをするうえで必要となるヒントが、これでもかというほど隠れているからだ。
チャンスは皆、平等に転がっている。
それに気づくか、気づかないか。ただそれだけの違いなのだ。
視界に入るすべてが「デザイン」の種になる
意識のスイッチを入れると、世界は急に騒がしくなる。
• 水面に浮かぶ落ち葉のグラデーション
• アスファルトに伸びる影、差し込む光
• 土の質感、花の色彩、空の広がり
• 駅を行き交う人々の動線、ビルに映り込む景色
• 山や川の自然、あるいは街に落ちているゴミ
目に見えるもの、聞こえるもの、遊び。そのすべてがデザインのコンセプトや形に落とし込む際の「引き出し」になる。
正直に言えば、常にアンテナをフルに立てておくのは疲れる。
無意識にやり過ごしてしまう日もある。
けれど、あの時の言葉を信じて「意識」し続けた結果が、今の僕を支えているという強い確信がある。
デリバリーの景色も、カメラに収める理由
今、僕はフードデリバリーの配達をしながら、ふと目に留まった景色をカメラに収めている。
それもきっと、あの言葉が頭に残っていたからだと思う。
スマホを見ながら歩く人も多い。
けれど、ふと顔を上げれば景色は広がり、視野が広がる。
考え方が広がり、アイデアが沸いてくる。
やるか、やらないかは自由だ。
けれど僕は、その言葉を信じて走り続ける方を選びたい。
noteを書くことも、またデザインである
集めたアイデアの欠片をどう繋ぎ合わせるかはまた別の技術だが、結局のところ、ネタがなければ何も始まらない。
noteの毎日投稿も同じだ。
伝えたい「ネタ」があるからこそ、それを届けるための「編集」が始まる。
そう気づいたとき、僕の中でnoteの執筆もまた、ひとつの「デザイン」になった。
この場所は、僕のアンテナを錆びつかせないために、僕にとって必要であり、求めていたものだったのかもしれない。
5年後の自分に、いいデザインを届けるために。
今日も僕は、100mを意識して歩く。
