見出し画像

「明日のパン」が「明日のネタ」に変わった日

「明日のパン、買わなあかん」

関西ではよく耳にするこの言葉。
僕もその一人だ。

明日の朝、食べるパンがない。

もしかしたら、関西以外の人にはピンとこないかもしれない。

けれど僕らにとって「明日のパン」がない事実は、単なる食糧不足を超えて、明日への備えが欠けているような言いようのない不安を連れてくる。

僕にとって「明日のパン」は、穏やかな朝を迎えるための、自分への最低限の予約だった。

noteを始めて訪れた、脳内の異変

ところが、最近その「パン」の座を脅かす存在が現れた。

「明日のネタ」である。

noteを書き始めてから、僕の思考回路は少しずつ形を変えていった。

スーパーの棚でパンを探すように、日常の些細な出来事や、ふとした感情の揺れの中に「書くべき種」を探している。

明日のネタがないと焦る。心配になる。そんな感覚が、パンのそれと重なり始めたのだ。

「66日」という習慣化の壁に挑む

新しい習慣が定着するには、平均して66日かかるらしい。

これまでも「1日1デザイン」など、クリエイティブな習慣化に挑戦してきた。

けれど、今回の「文章を書く」という行為は、これまでの挑戦に比べて格段にエネルギーを使う。

デザインが「形」を作る作業なら、文章は「思考そのもの」を解きほぐし、再構築する作業。

脳の普段使わない部分が熱を帯びるのを感じる。

「生みの苦しみ」を上回る「面白さ」

正直、毎日ネタを探し、言葉を紡ぐのは楽ではない。かなり頭を使う。

それなのに、今のところ「面白い」と感じている自分がいる。

真っ白な画面に向かい、自分の中にある言葉の断片を一つひとつ繋ぎ合わせて、一つの意味を作り上げていく。

その、自分の思考が確かな形になっていく手応えが、今の僕を突き動かしている。

焼き立てを、明日の自分へ

今はまだ、習慣化の旅の途中。

立派なクロワッサンや華やかなデニッシュのような記事は書けなくてもいい。

日々の暮らしの中にある、素朴な食パンのような言葉を積み重ねていこうと思う。

明日のパンを買い忘れても、明日のネタさえあれば、僕の朝はきっと少しだけ豊かになるはずだ。

……なんて言いながら、とりあえず明日のパンは買いました。

これで、僕の明日は大丈夫だ。

いいなと思ったら応援しよう!