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背景〜内観法との出会い

私は西村純子といいます。
神奈川県湯河原町在住です。

身調べ研究所聴庵にて
身調べ内観の同道者として
活動をしています。


身調べ内観とは
自分の身体と心の声を
静かに聴き

人生の歩みを丁寧に
見つめなおすことです。

同道者(どうどうしゃ)とは

身調べ内観の参加者が
自己の内面を見つめる
内観の道を歩むとき

その過程に同じ道を行く者
として立ち会い
静かな内省の場を保つ役割を
担う人のことです。

なぜ、そのような活動を
することになったのか

今からその経緯を
お話しようと思います。

全部で5200文字を超える
長い記事なので
お時間があるときに
ゆっくりと
読んでいただけたらと思います。

それでは
はじまります。


42歳の悩み

はじまりのきっかけは
とってもとっても下世話な話で
がっかりするかもしれません。

ときはさかのぼり
2013年の話からはじまります。

私は2013年5月から
完全個室のアロマトリートメントのお店を
やっていました。

来る日も来る日も
お客様の施術をして
お客様と話をして
という生活を送っていました。

すごく体力勝負の仕事でした。

なので
40歳を超えた頃から

この体力
いつまで続くんだろう・・・

って
不安も感じていました。

それでも
一生働くってことも
決めていたので

他に何か見つけなきゃなぁ


ここから展開していく
方法も探していました。

大学生である私

ここでちょっと話が
少々脱線します。

でも
大学に入学したことと
内観法の出会いとは
切っても切れない関係なので
お付き合いください。

私は2017年4月に
通信制の大学に入学しました。

専攻は心理学で
ずっと学びたいものでした。

どうして40歳を超えて
大学生になったかっていうと

1番の理由はこれまた
とっても下世話な話です。

私は高卒だったので
学歴コンプレックスが強く
それを払拭したいと
いうものでした。

今までの人生の中で
「高卒」という理由で
悔しい思いをしたことが
数えきれなかったので

もういい加減この感情を
味わうことは終わりにしたい
という理由でした。

悔しい思いと言いましたが
今思い返せば

外側からの言葉で
反応してしまうのは
高卒に納得していない自分がいた
だけの話だったのです。

次に2番目の理由。

それは
心の話をしてもいい私に
なりたかったから。

どういうことかというと
セラピスト4年目にして

日毎に強く
感じるようになったことがありました。

それは
お客さまはご自身の心の中に

「わからないモヤモヤ」

を感じているけれど
そこに辿り着けないから

その「わからないモヤモヤ」を
「癒し」という形で無自覚に
アロマトリートメントを
受けてるじゃないかな

だからほんとうは
根本的な心のことを
話ができたらなぁ
というものでした。

心の勉強をして
心のことを語ってもいい人
になりたかったんです。

どうしてそれが
大学に入学する理由になるかというと

そして
またまたここも話が
掘り下がっていくんですけど

当時の私は何か資格を
持ってないと
心の話をしてはいけない

って
思っていました。


”誰か”から
許可をもらって

「あなたは心の話をしていいですよ」
といわれて

その過程があって
はじめて

あぁそうか
私は心の話をしていいんだ

この資格を持ってるから
心の話をしてもいいんだって

いうような価値観の中に
身を置いていました。

「⚪︎⚪︎したら××してもいい」

という条件付きが
私の中に多すぎたんですね。

この

「条件付き」

私を狭めていた
めちゃくちゃ重要な話なので
また別の記事でします。


そして最後。
3番目の理由。

社会的に何か言える私に
なりたかった。

どういうことかというと
セラピストという職業を
私自身が肯定できずに
いたのです。

私は社会的に
地位の低い職業に就いている
そう思い込んでいました。

だから
仕事以外で
何か別の顔の私が
欲しかったのです。

異業種交流会などにも参加して
外との関わりが
多くなっていたので

ただのセラピストではない
もっと特別な人です

って
示したかったんです。

そういう氣持ちがある中

仕事をしながらも
大学に通っている私

というのは

少し胸を張れる私

私が思える私でした。

ということで

・学歴コンプレックスを払拭したい
・心の話をしてもいい私になりたかった
・社会で胸を張れる別の顔がほしかった

以上3つが
大学に通った理由です。

もうね・・・

全ての理由が
外側に向きすぎてて
自分の中身が空っぽすぎて

こうして思い返して
書き出しているだけでも
しんどくなります。

外側に答えなんてないのに
外ばっかりみていたのです。

かくして
こんな不純な動機で
スタートした
大学生活だったので

途中から勉強する意欲を失い
卒業する理由も
わからなくなってしまい

単位取得のスピードが
途中からかなり
落ちてしまいました。

だけど
夫の健さんが
同じ大学に入学して

一緒に卒業しよう

って
いう新しい目標ができたので
それでやっとのことで
卒業することができました。

それは
2026年3月12日のこと。

実に9年間の年月が
経っていました。

この9年間の
大学生活で得たことは

生命倫理の
テキストに書かれていた

「尊厳」

という言葉に

胸が引き裂かれた

ことと

心理学を学んだところで
人に心の話をすることはできないな
私にはね


納得できたこと

この2つでした。

今の私をつくっている
土台になることです。

大きな収穫のあった
9年間でした。

で、、、

ちょっとえらく話が
広がっちゃったので
元に戻します。


その大学に入って
心理学の授業の中で
内観法という言葉に
出会いました。

ここで

あーこれだー

って
なったんです。

なんだか前置きが
長いのですが

ここまで読んでくださった方
どうもありがとうございます。

この先はどうして
「あーこれだー」って
なったかという
展開の話になります。


美容師さんとの話

遡ること今から
20年位前のこと。

当時通ってた
美容室の美容師さんが

「この前すごい体験を
してきたんだよ!」

と、話してくれたことに
内観法と私のはじまりが
あります。

私はそこの美容院に
とても長くお世話になっていて

美容師さんとも
ちょっと深い話とか

「自分とは何か」

みたいな話も
結構していたので


え?
何?なに?

って
”そのすごい体験”の内容に
めっちゃワクワクしました。


その美容師さんの体験が
何かというと


時計もテレビも
スマホ(当時は携帯)も
何もない部屋に

1時間か2時間おきに
”先生”が来て

”問い”を置いていなくなり

また、
1時間2時間くらい経ったら
”先生”がきて

置いていった問いについての
答えを聞きにくる

部屋には屏風があってその中で
”先生”が置いていった”問い”を
自分に問い続ける

ということを
ただ繰り返すという1日を

1週間過ごしてきた


というお話でした。

それはまさに
内観法を実践した
体験の話でした。

1週間、お風呂と
お手洗い以外の時間は
1つの部屋にいる

って
いうことと

一つの問いに対して
自分からだの中に
深く入っていく

っていう
その世界に
もうたまらない魅力を
感じました。

でも当時の私は
会社員だったので

そのために1週間も
時間をあけるなんて
できないよなぁ〜

って
できない理由が
すぐに浮かんで

どっか記憶の片隅に埋もれ
日が経つにつれて
美容師さんから聞いた
内観法の存在は
消えていきました。


再会。そして師と出会う

そして
美容師さんから
初めて内観法の話を聞いて
20数年経った

2019年4月のこと。

大学の授業を通じて
内観法という言葉に
再び出会い

そして

あぁ、、、今だ。
内観法を受けてみよう!

という心境になりました。

だけど
冒頭で話した通り

アロマトリートメントは
体力の関係で一生はできないから
その代わりになるものを

心に関係することで
何か他にないかなぁと

っていうのが
はじまりだったので

内観法については

質問も決まっているんでしょ
それをただ聞くだけなんでしょ
じゃあ場所があればできるじゃん

って

もー
ほんと今となっては
恥ずかしくて恥ずかしくて
仕方のない発想なんですけど

どうしようもなく
変えることができない
これは事実です。

私は内観法への扉の前に
そんな中身が空っぽな
心持ちで立ち

そして
開けてしまったのです。

そして2019年7月。

生涯の師に
出会ってしまったのです。

生涯の師の話

日本内観学会という存在がある

2019年6月頃。
内観法を受けたいと思い立ち
色々調べ始めました。

正確には夫の健さんが
全部調べて全部段取りを
整えてくれました。

どんな内容かというと

・日本内観学会が存在する
・内観面接士というものが存在する
・学会員になって規定の内容を終えると内観面接士の資格を取得できる
・内観面接士になるためには講義を数時間受けるという規定がある
・2019年7月に3日間、長崎大会がある
・ここでは学会員による発表だけでなく、内観面接士の資格に向けた取得講義もある
・長崎大会に向けてホテルも飛行機の手配もできる

というもの。

瞬時に調べてくれて
何をしたらいいか
まとめてくれて

しかも
その過程が楽しいと。

健さん
本当にいつもすごいなと
尊敬します。

ということで

日本内観学会の学会員に
健さんと2人で申込み
長崎大会に参加することになりました。

なんだかどんどんことを
進めているけれど

この時
まだ空っぽな
私のままです。

内観面接士の資格があったら
内観法を仕事にするのも
社会的にやりやすいもんね

そんな思いで中身がなく
外側を変えることばかりに
意識を向けたままの私です。


長崎大会に参加し、師に出会う

そして
実際に長崎大会に参加し
そこで生涯の師に
出会いました。

それは、1日目の講義の中で
内観法の実技の部で
講師をされた上村先生です。

実践なので言葉は
ほとんど発しません。

だけども

坊主に作務衣姿

佇まい
合掌からの礼

姿そのもの
存在そのものに

心を奪われました。

存在で人を動かすとは
こういうことなんだ

そう感じました。

そして、印象的だったのは
講義内の質疑応答で

「一つの出来事にこだわっていて
先に進めない人がいたとき
どうしたらいいですか?」

という質問に対して

他の講師の方々は
いろんな言葉を使って
説明や解説をしている中

上村先生だけは

「かかわらない」

静かに
そう述べただけでした。

司会進行の方が
少々戸惑い氣味に

「どういうことでしょうか?」

と、解説を促すと

「それはその人の中にあることです。」

と、静かに言って
それ以上でもそれ以下でもない
そんな感じでした。

私は会場にいる人の中で
「この上村先生は何かが違う」
そう感じました。

と言いつつ
このときの私も
まだ空っぽのままです。

長崎大会では
いろんな内観面接士が
内観法を実践した人の
成果を発表していました。

でも
以前、聞いた
美容師さんの体験ような
エネルギーを持つ人は
感じられませんでした。

でも最終日、傍聴席で
学会員の発表を聞いている
上村先生を見つけました。

講義のときとは
全く違う雰囲氣で

氣がつかず
通り過ぎてしまいそうでした。

上村先生は目を閉じて
静かに聞いていました。

その姿をみて

あの先生には
感じるものがあるんだな


”不思議”に感じていました。

このときの私も
空っぽのまま
だったからです。

だけど

長崎大会を後にし
6泊7日の集中内観を
誰から受けたいかだけは
はっきりと決まりました。

1週間の集中内観の実践へ

自宅に帰り、すぐに
上村先生の研修所へ
予約の電話をしました。

明日にでも行きたい!

って
勢いの私だったのですが

一番早くても
9月中旬の日程という
提示を受け

あぁー
2ヶ月も先かぁー

思いながらも

じゃあ
その日にお願いします
ということで決まりました。


とはいっても
集中内観を受けたいという
一番の理由は

内観面接士の資格を
取得するためには
集中内観を最低1回受ける

という規定があるので
その条件を満たすため

って
残念ながらこれまた
空っぽなものでした。

どこまでも
中身のない空っぽな
私でした。

(日本内観学会からは2023年退会しています。健さんも私も資格取得を目前にしながら資格に頼らず自分たちの世界をつくりたいという理由でした。)

そして、2019年9月。

6泊7日の集中内観を経て

内観法を7日間に渡り
体験しました。

想像とは全く違った
内観法の深さを
体感しました。

その7日は

数えきれない回数の

師からの問い
私からの答え



繰り返され

目の前に座っている
師から無数の波動を
授かった時間でした。

この体験をもとに
空っぽの私から

魂のかけらに
ほんの少し
ほんの少しだけ
指先がふれられたように
感じます。

集中内観を受けた日程は
奇しくも私の誕生日を含む
1週間でした。

ある意味
生まれ変わったと
同じような感覚です。

そして。。。

この体力が
いつまで続くか
わからないし

セラピストから
何か別の仕事に
展開しなきゃなー

という私から

いつか私も
上村先生のようになりたい

師と仰ぐ人に
めぐり逢えた歓喜

に満ちていました。

その道は
果てしなく長くて
決して楽なものでは
ないけれど

喜びと充足が
息づいている世界に
感じました。

そして、2019年9月。
上村先生のもとを後にし

実践し続けていく
苦しみと幸福感とを
”存分”に味わっていく
日々がはじまっていったのです。

同道者
西村純子

同道者(どうどうしゃ)とは
身調べ内観の参加者が自己の内面を見つめる内観の道を歩むとき、その過程に同じ道を行く者として立ち会い、静かな内省の場を保つ役割を担う者である。


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