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ミシュナ『Sotah』法理研究 第4回:供え物(minchah)の奉納・燃焼規定と「功績」による刑の猶予

*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および裁判手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。

 民数記5章に記された「sotah(疑いの妻)」について、口伝律法ミシュナによって法的詳細を確認するシリーズ4回目。今回は、口伝律法『ミシュナ』第3章の記述を軸に、供え物(minchah)の聖別から奉納(tenufah)、文字の溶脱(洗い落とし)前後の法的拘束力の変遷を詳解する。特に、神の御名が水に溶け込んだ後の強制執行の法理や、「功績」が刑の執行を猶予させるメカニズム、そして祭司の妻における献げ物の特殊性に至るまで、従来の表層的な解説を排し、律法学的な深層構造を再現する。


前回までの要点:聖所の塵、羊皮紙の筆記規則、および「アーメン」の遡及的射程


 前回は以下の内容を確認した。

【1】聖所における「塵」の採取作法

 「苦い水」を作るために必要な塵(土)を採取する際、祭司は特定の動作を行う。

 祭司は聖所に入って右(北側)を向き、リングの付いた1キュビット四方の大理石の敷石を持ち上げる。

 その下にある土を、水の上から見て土が入っていることが確認できる程度の量で採取する。

 それを水盤(kiyyor:キヨール)から取った水の入った器に入れる。

【2】羊皮紙に書き込む聖句の規則

 水に溶かすための羊皮紙(巻物)に書く聖句(民数記5章19~22節)については、ラビの間で書き方の論争がある。

 原則として「対話部分」や「指示語」を除外し、潔白・不貞の条件とその結果(呪い)に焦点を当てたテキストを作成する。

 以下の異論もある。

①ラビ・ヨセの見解

 省略せず、聖句を全文書き込むべきとしている。

②ラビ・ユダの見解

 冒頭の条件文も省き、21~22節の呪いの言葉の部分のみを書き込むべきと主張している。

【3】書記材料の厳格な法的要件

 儀式の有効性を保つため、使用する材料には制限がある。

 パピルスや単なる皮、木の板などは不可とされ、必ず羊皮紙に書かなければならない。

 文字が水に溶ける必要があるため、樹脂や硫酸などの跡が残るものは禁止され、溶脱性の高いインクのみが認められる。

【4】「アーメン、アーメン」の法的射程

 女性が誓いに対して唱える「アーメン」という言葉は、現在の疑いだけでなく、過去から現在にわたる広範な法的効力(遡及的効力)をカバーする。

 具体的には以下のように箇条書きに出来る。

①対象となる関係

 夫が警告した特定の男性だけでなく、他のすべての男性との潔白が含まれる。

②時期の網羅性

 結婚の第1段階(erusin)や完全な結婚期間(nisuin)だけでなく、前夫の死後におけるレビラート婚の待機中や、yibum後においても不貞を働いていないことを誓う意味が含まれている。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Sotah』法理研究 第3回――「床の塵」の採取作法と羊皮紙への書記、「アーメン」の遡及的射程

https://note.com/mishnah/n/n68fbc3011c56

供え物(minchah)の聖別と奉納(tenufah)の手順


 今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Sotah」3章1節には次のように書かれている。

 彼は彼女のminchahをエジプトのバスケットから受け取り、kli shareitに入れ、彼女の手に置く。祭司は自分の手を彼女の手の下に据え、それを奉納する。

(Sotah 3:1)

 これは一見難しく見えるが、文字通りのことを言っている。

 「彼女のminchah」はこしていない大麦である。祭司はそれをkli shareit(クリ・シャーレイト)に入れる。

 kli shareitの中に入れられると、大麦は聖別されたものになる。それを彼女に持たせ、祭司はその手の下に自分の手を添えて奉納する。

 簡単に言うと奉納は、「東西南北」に動かした後、上下に動かす動作である。

 tenufahについては以下も参考にして欲しい。

◉七週祭(Shavuot:シャブオット)の法理(上):『レビ記』の供え物と口伝律法『Menachot(メナホット)』から復元する「shtei halechem(シュテイ・ハレヘム)」の深層

https://note.com/mishnah/n/n41e21d7cb956

 次節に進む。

ニカノールの門における奉納と祭壇での燃焼(kometz)

 彼は奉納した後、祭壇の近くに持って行き、kometzを取り、それを燃やす。残ったものは祭司たちが食べる。

(Sotah 3:2)

 奉納はニカノールの門で行われる。ユダヤ教徒女性はそこまでしか入ることが出来ない。

 その後祭司が奉納物を祭壇の近く、つまり祭壇の南西の角まで持って行き、kometz(コメツ)を取る。

 kometzとは何であったであろうか?kemitzah(ケミツァ)で一つかみ取ったものである。

 この点が分からない方は以下のリンクから確認して欲しい。

◉穀物の献げ物(minchah:ミンハー)の律法学的記述――レビ記2章およびミシュナ『Menachot(メナホット)』に基づく奉仕規定と法理の再現

https://note.com/mishnah/n/n805dfdfc5ce1

 祭壇で燃やすのはkometzである。それ以外のものは祭司たちが食べる。

 次に進む。

儀式執行の順序論争:苦い水と供え物の前後関係

 彼は始めに彼女に苦い水を与え、それから彼女のminchahを献げるのである。ラビ・シモンは言う、「彼は彼女のminchahを献げ、それから苦い水を与える、次のように書かれている、『それから、女にその水を飲ませる。』(民5:26)しかしもし彼が彼女に苦い水を与え、それからminchahを燃やしても、それは有効である。」

(Sotah 3:2)

 ここでは話が少し戻っている。今minchahを献げることを述べていたのだが、苦い水はその前に与えるのか、その後に与えるのかという議論になっている。

 2つの見解が記されている。

【1】通説

 「苦い水、minchah」の順番である。

【2】ラビ・シモンの見解

 「minchah、苦い水」の順番である。

 ただし逆の順番でも有効とする。

 いずれにしても、トーラには次のように書かれている。

 25祭司は女の手から嫉妬した場合の献げ物を取り、それを主の御前に差し出し祭壇にささげる。 26祭司は献げ物から一つかみをそのしるしとして取り、祭壇で燃やして煙にする。それから、女にその水を飲ませる。

(民5:25~26)

 これによると、渡すタイミングが上記のどちらの場合であっても、彼女が飲むのはkometzを燃やした後になる。

 次節に進む。

儀式中断における法的帰結:羊皮紙の溶脱と聖別の不可逆性

 羊皮紙が溶かされる前に、もし彼女が「私は飲みません」と言うなら、彼女の羊皮紙は取り去られ、minchahは灰の山の上に撒かれる 。彼女の羊皮紙は他のsotahの為には使えない。もし羊皮紙が溶かされ、彼女が「私は汚れました」と言うなら、水は注ぎだされ 、彼女のminchahは灰の山に撒かれる。しかしもし羊皮紙が溶かされ、彼女が「私は飲みません」と言うなら、彼らは彼女の意志に反しても、力付くででも飲ませる。

(Sotah 3:3)

 これは3つの展開について述べている。以下、箇条書きにする。

【1】羊皮紙が溶かされる前

 これは呪いの言葉と神の御名を書いた羊皮紙を、水に浸して文字を洗い落とす(溶かす)前の段階である。

 もし彼女が「飲まない」と言えば、儀式は中止される。

 羊皮紙は廃棄され、用意したminchahは祭壇で焼くことはせず、灰の山に捨てられる。

 このminchahはkli shareitに入れて既に聖別されているので、他の用途に用いることが出来ない。

 「灰の山」が気になるが、これはterumat hadeshenを置いた場所であると思われる。下の図で場所を確認して欲しい。

灰の山:terumat hadeshenを置く場所

 他方で羊皮紙は彼女のために特別に書かれたものであるため、他の女性の儀式に使い回すことは出来ない。

 彼女は夫に禁止された者となり、離縁させられる。彼女はketubahを受けることは出来ない。

【2】羊皮紙が溶かされた後

 この場合、「神の聖なる御名がすでに水の中に溶け込んでいる」ため、扱いが厳格になる。

①姦淫を自白した場合

 潔白を証明するための水を飲む必要はなくなる。

 水はそのまま捨てられ、献げ物も【1】の場合と同様に廃棄される。

 彼女は離婚(離縁)される。

②潔白を主張し続ける場合

 苦い水を飲むのを拒否することは許されない。

神殿の聖性保持と身体的反応:死の汚れと出血(niddah)の境界


 既に神の御名が水に溶かされている以上、その聖性を無駄にしないために、当局は強制的にでも彼女に水を飲ませる。

 もし罪を犯していた場合について、トーラでは次のように書かれている。

 水を飲ませたとき、もし、女が身を汚し、夫を欺いておれば、呪いをくだす水は彼女の体内に入って苦くなり、腹を膨らませ、腰を衰えさせる。女は民の中にあって呪いとなるであろう。

(民5:27)

 「Sotah」3章4節では次のように書かれている。

 彼女は飲み終わる前に顔の血色は悪くなり、両目は膨らみ、静脈は突き出る。彼らは叫ぶ、「表へ出せ!」彼女が神殿の敷地を汚すことのないように。

(Sotah 3:4)

 繰り返し述べるが、彼女がいるニカノールの門は女性の庭からイスラエルの庭へ入る入口に位置する。ユダヤ教徒の女性はそこまで入ることが出来る。

 女性の庭の死体は汚れの点から許容される。しかし月経中であるniddahは女性の庭にも入ることが出来ない。

 従ってここでsotahを外へ出すように言っているのは、彼女が死ぬかもしれないという恐れの為ではない。激しい苦しみの中で出血する恐れがあるからである。

 続きである。

「功績」による執行猶予と女性へのトーラ教育

 もし彼女に功績があるのなら、それが彼女を罰から一時的に守る。ある種の功績は1年間停止で、他のものは2年間、他は3年間である。これに基づいて、ベン・アッザイは言う、「娘にトーラを教えるべきである。もしも彼女が飲んだ場合に、功績が守ったことを知るように。」

(Sotah 3:4)

 姦淫を犯したsotahは死に値するが、もしも神の前に功績があるのなら、一時的にそれは停止される。

 女性がトーラを学ばなくてはならない掟は無いが、彼女が学ぶことによって、夫や息子の学びを助けることになる。

 これに基づき、ベン・アッザイは娘にトーラを教えるべきであるとする。

 万が一、娘が罪を犯して苦い水を飲み、生き延びたとしても、それは功績が守ったのであり、罪が見過ごされたのではないことを知る為である。

 この論点については、続きのミシュナでも触れているが、ここでは深煎りしない。

 次に進む。

儀式不成立時の供え物の扱いと「祭司の妻」に関する特殊規定

 これらの者のminchahは焼かれなくてはならない。「私はあなたに対して汚れました」と言う者、「彼女は汚れた」と証言する証人がいる、「私は飲まない」と言う者、夫が飲ませようとしない者、道中に夫が寝た者。祭司と結婚した者のminchahは焼かれなくてはならない。

(Sotah 3:6)

 これはminchahがkli shareitに置かれた後に、sotahの儀式が完了しなかった場合のminchahの扱いについて規定している。上述の内容を確認するものである。

 以下のものは灰の山に置かれ、それによって焼かれる。

①妻が自白した場合

②姦淫の現場を証言する証人がいる場合

 これは姦淫の事実が立証されたことに他ならない。

③羊皮紙を溶かす前に、妻が飲むことを拒絶した場合

④夫が飲ませようとしない場合

⑤道中夫と性行為したことが判明した場合

 以上である。最後の「祭司と結婚した者のminchahは焼かれなくてはならない」については、sotahについて規定したものではない。

 やや複雑な話になるが、以下のような事情がある。

①祭司自身がminchahを献げる場合、全て祭壇で焼かなくてはならない。

 トーラには次のように書かれている。

 祭司自身の穀物の献げ物はすべて完全に燃やし尽くすべきであり、それを食べることは許されない。

(レビ6:16)

 従ってkometzを取り出すことなく、全て祭壇で焼く。

②祭司以外の者がminchahを献げる場合は、kometzだけ祭壇で焼き、残りは祭司に与えられる。

③祭司の妻がminchahを献げる場合、「祭司以外の者」として見なされる。

④しかし彼女は夫の権威のもとにある。

⑤従って全てのminchahは祭壇で燃やさなくてはならない。

 今回扱ったミシュナの最後の一文は、このことを述べたものである。

 今回の解説は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学

https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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