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賠償の献げ物「asham(アシャム)」の法理学的考察―トーラとミシュナに基づく五種献げ物の完結体系

*旧約聖書の最高権威であるトーラ、および口伝律法ミシュナを参照し、各種の献げ物を解説するシリーズ6回目。今回は賠償の献げ物(asham;アシャム)を網羅的に解説。

 聖別物の不当利用(me’ilah:メイラー)における価額算定、自白と証拠による賠償額の差異、疑念の賠償(asham tarui:アシャム・タルイ)の適用限界まで、日本語圏の既存の聖書解釈を排し、律法の現場における実態を再構築する。五種献げ物シリーズの総括として、各献げ物の法的位置付けを定義する。


五種献げ物の総括:olah(オラー)、minchah(ミンハー)、shelamim(シェラミーム)の定義


 本稿ではこれまで、焼き尽くす献げ物(olah:オラー)、穀物の献げ物(minchah:ミンハー)、和解の献げ物(shelamim:シェラミーム)、贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)について見てきた。

 今回は賠償の献げ物(asham:アシャム)を扱うが、これが最後の献げ物になるので、これまで見た献げ物について簡単にまとめる。

【1】焼き尽くす献げ物(olah:オラー)

 名称は「上昇する」を意味し、献げ物のすべてが煙となって神のもとへ上昇すること、あるいは人の心に浮かんだ罪を贖うことを目的とする。

 いけにえは家畜(牛、羊、山羊)の場合、無傷の雄に限られるが、鳥(山鳩、家鳩)の場合は雄雌の区別や傷の有無を問わない。

 脂肪だけでなく、いけにえの全部を祭壇で燃やして煙にする。また、異邦人でも献げることが可能である。

【2】穀物の献げ物(minchah:ミンハー)

 基本的に上等の小麦粉、オリーブ油、乳香の3つで構成される。これはminchat soletto(ミンハット・ソレット)と呼ばれる

 その他、調理して献げるものとして4つのパンがある。

①かまどで焼くパン(レビ2:4)

 challot(ハロット)とrekikin(レキキン)

②鉄板で調理するパン(レビ2:5~6)

 minchat machavat(ミンハット・マハヴァット)

③平鍋で調理するパン(レビ2:7~8)

 minchat marcheshet(ミンハット・マルヘシェット)

 以上、minchahには5種類あることになる。

 祭司が指3本で「一つかみ」を取る「kemitzah(ケミツァ)」という作法を行い、その分だけを祭壇で燃やす。残りは「最も聖なるもの」として祭司が神殿敷地内で食べる。

【3】和解の献げ物(shelamim:シェラミーム)

 「平和」や「完全さ」を意味する「シャローム」と同じ語源を持ち、贖罪ではなく神と人との「十全な交わり」を表す。祭壇で燃やす分(神)、祭司が食べる分、そして所有者とその招いた人々が食べる分に分けられる。

 牛、羊、山羊のいずれも、雄でも雌でもよい。

 通常の和解の献げ物の他、感謝の献げ物、満願の献げ物、随意のの献げ物の3種類があり、エルサレムの城壁内であればどこで食べてもよい。

【4】贖罪の献げ物(chatat:ハッタート)

 意図的に犯せば「民から断たれる(karet:カレート)」という重罪に該当する行為を、不注意(過失)で犯した場合にのみ義務付けられる。

 献げる者の地位によりいけにえや作法が異なり、大祭司や最高法院は「雄牛」、王は「雄山羊」、一般人は「雌山羊」を献げる。

 この内、大祭司らの場合は血を聖所内に持ち込むが、王や一般人の場合は外の祭壇の四角の角に血を塗る。

 貧しい者は鳥2羽、さらに貧しい者は油や乳香を入れない小麦粉で代用することが認められている。

賠償の献げ物(ashamアシャム)における「聖別されたもの」の分類とメイラー(me’ilah)


 今回は冒頭で述べた通り、最後の献げ物として賠償の献げ物を扱う。これはasham(アシャム)と呼ばれる。まずは旧約聖書の最高権威であるトーラから引用する。

 14主はモーセに仰せになった。
 15主にささげるべき奉納物のどれかを過ってささげず、主を欺いて罪を犯した場合、その償いとして、聖所で定められた支払額に相当する無傷の雄羊を群れから取って、主にささげ、賠償の献げ物とする。 16彼はささげるのを怠った奉納物に五分の一の割り増し分を加えて祭司に渡す。祭司がその賠償の献げ物の雄羊をもって彼のために罪を贖う儀式を行うと、彼の罪は赦される。

(レビ5:14~16)

 これは誰かが不注意によって聖別されたものを利用してしまった場合である。トーラは元のものの価額に5分の1の割増分を加え、賠償の献げ物を献げるように指示している。

 「聖別されたもの」には大きく2つある。

①価値の聖別されたもの

 神殿の維持の為に用いられる金、銀、石、木材等。金銭的価値において聖性を持っている。

②本質が聖別されているもの

 祭壇に用いられるものが該当する。いけにえに使われる家畜の他、香、オリーブ油、穀物の献げ物等ある。そのものの本質が聖性を持っている。これが更にkodshei kodashimとkodashim kalimに分けられる。

 これらの聖別されたものを不当に用いることをme’ilah(メイラー)と呼ぶ。

 上記の引用では「主にささげるべき奉納物のどれかを過ってささげず、主を欺いて罪を犯した場合」(上記レビ5:15)とある。少し微妙な表現であるが、これは「不注意によって聖なる物を使ってしまった場合」である。

 この点は贖罪の献げ物と同様である。

 ashamについては意図的に使った場合、元の価額の支払いも、5分の1の追徴金も払う必要は無い。賠償の献げ物の必要も無い。ただ、不適切な利用の過程でその価値を損なってしまったら、その分の賠償をしなくてはならない。

 「不適切な利用の過程でその価値を損なってしまったら」というのは、価値を損なわないでme'ilahすることもあるからである。例えば神殿の祭器具を私的な用事で利用することが挙げられる。

 賠償の献げ物の献げ方は、贖罪の献げ物と同じである。ただし血を祭壇に塗ることはしない。トーラに次のように書かれている。

 1賠償の献げ物についての指示は次のとおりである。これは神聖なものである。 2賠償の献げ物は焼き尽くす献げ物を屠る場所で屠る。血は祭壇の四つの側面に注ぎかける。 3脂肪は全部切り取ってささげる。それは脂尾、内臓を覆っている脂肪、 4二つの腎臓とそれに付着する腰のあたりの脂肪、腎臓と共に切り取った肝臓の尾状葉である。 5祭司はこれを祭壇で燃やして主にささげ、煙にする。これが賠償の献げ物である。 6祭司の家系につながる男子は皆、これを食べることができる。これは聖域で食べねばならない。これは神聖なものである。 7贖罪の献げ物も賠償の献げ物も指示は同じであって、献げ物は罪を贖う儀式を執行する祭司のものである。

(レビ7:1~7)

 chatatとの共通点を以下のようにまとめられる。

①祭壇の北側で屠る。

②血は祭壇の四つの側面に注ぎかける。

③脂肪部分を燃やす。

④祭司のみが神殿の敷地の中で食べる。

 7節に「贖罪の献げ物も賠償の献げ物も指示は同じ」と確認されている。

 次に賠償の献げ物(asham)を献げる2番目のケースである。

対人賠償の法理:自白による救済と「五分の一」の追徴金

 20主はモーセに仰せになった。
 21主を欺き、友人を偽る罪を犯した場合、すなわち預り物、共同出資品、盗品を着服または横領し、 22あるいは紛失物を着服しておきながら、その事実を偽り、人たるものがそれをしたら罪となりうることの一つについて偽り誓うなら、 23すなわちこのような罪を犯すならば、彼はその責めを負い、その盗品、横領品、共同出資品、紛失物、 24あるいは、その他彼が偽り誓ったものが何であれ、すべて返さねばならない。彼はそれを完全に賠償し、おのおのの場合につき五分の一を追加する。責めを負うときは、一日も早く所有者に支払わねばならない。 25それから彼は償いとして、相当額の無傷の雄羊を群れから取って、主にささげ賠償の献げ物とする。 26祭司が彼のために主の御前で罪を贖う儀式を行うと、責めを負ったすべてのことに赦しが与えられる。

(レビ5:20~26)

 もし誰かが不法に仲間のユダヤ人から盗んだものの、証拠が不十分であるので責任が追及されず、しかも偽って「盗んでいない」、「取っていない」と誓うなら、元の価額に5分の1を加えて支払う。

 それに加えて賠償の献げ物を献げる。所有者に賠償し、余分に支払うだけでなく、神に罪の贖いを求めるものである。

 「偽って誓う」ことは明らかに意図的であるが、自白した場合は賠償の献げ物を献げることが出来る。これは「誓うこと」を必ずしも正直に行えない、人間性の弱さへの理解があるのかもしれない。

 「主を欺き・・」(21節)とあるのは、自らの責任を否定する時、神の支配を否認しているからである。

 「彼が偽り誓ったものが何であれ、すべて返さねばならない」(24節)とある。盗んだ物がそのまま残っているのなら、返還しなくてはならない。自己判断で相当価額を払い、解決することは出来ない。

 しかしもし著しい変更を加えてしまった場合、話は別になる。例えば材木を盗み、それを用いて家屋を建築した場合などである。

 以上のようにトーラでは、所有者に返還を要求した後、賠償の献げ物について規定している。

 神はまず、被害者に対する責任を果たさない内には、お赦しにならない。

 これは上記の通り、自白した場合に限る。他者によって証明された場合、賠償の献げ物を献げることは出来ない。5分の1の割増分もなく、盗み、あるいは着服しようとしたものに従い、2倍、4倍、5倍にして償うことになる(出21:37~22:6)。

 次にasham tarui(アシャム・タルイ)について述べる。

不確かさへの対応:疑念の賠償の献げ物(asham tarui:アシャム・タルイ)と特殊ケース

 17過ちを犯し、禁じられている主の戒めを一つでも破った場合、それを知らなくても、責めを負い、罰を負う。 18彼は、相当額の無傷の雄羊を群れから取り、祭司のところに引いて行き、賠償の献げ物とする。祭司が彼のために、彼が過って犯した過失を贖う儀式を行うと、彼の罪は赦される。 19これが賠償の献げ物である。彼は主に対して賠償の責めを負っていたからである。

(レビ5:17~19)

 これは犯したことが確実な場合は、贖罪の献げ物を献げる場合である。贖罪の献げ物は36のkaretの罪を不注意で犯した場合に献げるものであった。

 もしも不注意で犯したかどうか不確かである場合、asham tarui(宙吊りの賠償の献げ物)を献げる。これについては以前の記事で詳しく扱った。不安な方は下のリンクを見て欲しい。

◉口伝律法ミシュナにおけるkeritot(断絶)の法理学(下):不作為の罪(過越祭・割礼)の法的特定と、過失(不注意・不確か)における贖罪の献げ物および疑念の賠償の献げ物(asham tarui)の算定法理

https://note.com/mishnah/n/nefe4334e5291

 この他、ナジル人が死者の汚れを受けた場合、祭儀を行わなくてはならないが、その一部として賠償の献げ物が規定されている(民6:12)。

 また、重い皮膚病という誤解を招く翻訳が定着しているtzaraat(ツァラアト)の清めの手続きの一部としても規定されている(レビ14:12~18)。

 以上で大体の内容を網羅した。これで賠償の献げ物(asham)についての解説を終え、献げ物に関するシリーズも終える。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【完全体系】旧約聖書「五種の献げ物」の法理学的再構築:トーラ及びミシュナの視座による祭儀構造の詳解

https://note.com/mishnah/n/n88a4520aa574

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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