ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第3回:祭司の奉仕の順序と「灰(tapuach:タプアフ)」の神学的構造(1章4節~2章4節)
*本稿では、第二神殿における日毎の供え物(タミッド)のプロセスを規定するミシュナ『Tamid(タミッド)』篇を逐条解説するシリーズ3回目である。
祭壇から灰を取り除く「terumat hadeshen(テルマット・ハデシェン)」の完遂から、聖なる廃棄物の処理場所、そして祭壇中央に築かれる灰の山「tapuach(タプアフ)」の演出側面や、使用可能な薪(ma’arachah:マアラハー)の樹種選定基準についても、タルムード的註釈に基づき詳述。
日本語圏において等閑視されてきた律法の「現場」を、一次史料に基づき再構築する。
前回の振り返り
前回はミシュナ「Tamid)」篇1章2節から4節に基づき、エルサレム神殿における夜明け前の最初の奉仕「terumat hadeshen:テルマット・ハデシェン(祭壇の灰の取り分け)」と、神殿敷地の巡回について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】最初の奉仕:terumat hadeshen(1章2節)
1日の始まりに最初に行われる奉仕は、祭壇から一定量の灰を取り除く作業である。
①意義
前日の灰を取り出すことで、「昨日の奉仕の上に今日の奉仕を積み重ねる」という継続性と神への従順が示される。
②準備とくじ引き
志願する祭司たちは夜明け前に起床してmikvehで身を清め、監督官の到着を待つ。この奉仕は名誉なことであるため、くじ引きによって担当者が決められた。
【2】聖所の鍵と暗闇の巡回(1章3節)
監督官は、火の部屋の床板(大理石)の下に隠された鍵を取り出し、中庭へ通じる門の潜り戸を開ける。
①二手の巡回
祭司たちは2つのグループに分かれ、松明を持って神殿内を巡回する。
②chavitinの準備
巡回を終え、異常がないことを確認すると、大祭司が毎日献げる穀物の献げ物であるchavitin(ハヴィティン)の準備が開始される。
【3】ベン・カティンの水盤と手足の清め(1章4節)
灰を取り除く役に選ばれた祭司は、まず「青銅の水盤(kiyyor:キヨール)」で手足を洗い清めなければならない。
①ベン・カティンの工夫
この水盤は大祭司ベン・カティンによって設計された。
②12の蛇口
12人の祭司が同時に洗えるよう工夫されていた。
③車輪(滑車)システム
夜間は水を井戸の中に戻す仕組みになっていた。これは、祭器具内の水が翌日まで放置されると奉仕に使えなくなる(無効になる)というルールを回避するための高度な設計である。
【4】静寂の中の奉仕(1章4節)
灰を取り分ける作業は、祭司が一人で、灯りを持たず祭壇の薪の光のみを頼りに行う。
他の祭司たちには、水盤の車輪が回る音だけが、奉仕が順調に進んでいることを知らせる合図となった。
以上により、2,000年前の神殿において、目に見えない早朝の時間帯から、厳格な律法遵守と高度な工学的工夫が組み合わさって奉仕が行われていた様子が分かる。
まだこの箇所を理解していない方は、以下のリンクからご覧下さい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第2回:聖所を貫く静寂と、祭壇の灰(1章2~4節)
https://note.com/mishnah/n/n1ecd260fa987
第1章4節:祭壇奉仕の動線と聖なる廃棄物の処理
今回はその続きである。ミシュナ「Tamid(タミッド)」1章4節の途中からである。
彼は水盤から手足を洗う。銀のシャベルを取り、祭壇の上に上がる。それから炭をこちらとあちらに集める。次に最も内側の炭を取り、祭壇から下りる。
まず水盤とシャベルの位置を復習しよう。次の写真を見て欲しい。

青の丸印で囲んだ所に水盤があり、そこで手足を洗う。それから祭壇に近付き、赤で囲まれた場所に置かれているシャベルを取る。
「それから炭をこちらとあちらに集める。次に最も内側の炭を取り、祭壇から下りる」とは、まず燃え残った薪や灰を左右に掻き分け、中心部にある、よく燃えて芯まで赤くなった炭(内側の炭)を露出させる動作を表している。
それから最も内側の炭をシャベルにすくったまま、祭壇を下りる。続きは以下の通りである。
床まで下りたら顔を北側に向ける。彼はスロープの東側に沿って約10アンマ歩く。彼は炭を床に置くが、その場所はスロープから3手幅である。その場所は彼らが鳥の餌袋や金の祭壇の灰、menorahの灰を置く場所でもある。
最初の2つの文章はやや分かりにくいが、図を見ると簡単である。

図を見て上は西で聖所の方向である。右が北になるから、スロープを下りたら緑の矢印の通り、「スロープに沿って」祭壇方向に歩くことになる。
「約10アンマ歩く」とあるから、私たちの距離の単位では5メートル程度である。
スロープ自体は32アンマ(約16メートル)であるから、スロープの真ん中手前辺りの横になる。どの程度スロープから離れた場所に置くのかについては、本文の通り「3手幅(24~30センチ)」となる。
鳥の餌袋と聖所の灰:レビ記に見る廃棄の法規
この場所は「鳥の餌袋や金の祭壇の灰、menorahの灰を置く場所でもある」とある。これについて簡単に触れる。
①鳥の餌袋
焼き尽くす献げ物を献げる際に出る聖なる廃棄物である。トーラ(モーセ五書)には次のように書かれている。
14鳥を焼き尽くす献げ物として主にささげる場合には、山鳩または家鳩を献げ物とする。 15祭司はそれを祭壇にささげ、祭壇で燃やして煙にする。まずその首をもぎ取って、血を祭壇の側面に絞り出す。 16次に、餌袋とその中のものを取り除き、祭壇の東側の灰捨て場に捨てる。
本文の算用数字は節番号を表している。「餌袋とその中のものを取り除き、祭壇の東側の灰捨て場に捨てる」の箇所が、今扱っている場所である。
②金の祭壇の灰、menorahの灰
どちらも聖所の中の祭器具を用いた奉仕で出る聖なる廃棄物である。これについては、後の回で説明することになるだろう。
以上で「Tamid」1章の解説を終わりにする。2章に入る。
第2章1節:祭司たちの合流と祭壇の更地化
彼の仲間たちは彼が祭壇を下りて来るのを見て、走って行って手足を水盤の水でそれぞれ清める。彼らはシャベルやフォークを持って祭壇を上る。脂肪など夜の間に燃え尽きなかったものに関して、祭司たちは祭壇の脇にのける。もし脇のスペースが十分でないなら、スロープの方にも置くことになる。
これは本文の通りであり、難解な箇所は見当たらない。terumat hadeshenを終えた祭司が祭壇から下りるのを見たら、他の祭司たちが水盤で手足を清め、シャベルやフォークを持って祭壇を上るという情景である。
水盤では一度に12人が手足を清めることが出来るように、ベン・カティンが工夫したことは前回の記事で見た通りである。
祭壇上には昨晩から焼いてある献げ物が残っている。
新しい一日の薪を積み上げる前に、祭壇の表面を一端更地にする必要がある。これらは廃棄するのではなく、祭壇の中央から脇へ移すのである。
「もし脇のスペースが十分でないなら、スロープの方にも置くことになる」とは、祭壇の上が燃え残りでいっぱいの場合は、登り口であるスロープの上部にまで置くことを言っている。
次の節に進む。
第2章2節:灰の山「タプアフ」と神殿の繁栄
彼らは灰をtapuach(タプアフ)の上に載せる。tapuach(タプアフ)は祭壇の中央である。時には300コルの灰がそこにある。祝祭日の時には、祭壇から灰を取り除かない。なぜなら祭壇の飾りとなるから。祭司は灰を取り除くことについて、決して怠けない。
まずtapuachとは祭壇中央の灰の山を表す。下の写真を見て欲しい。

中央に丸くて黒い山があるのが分かると思う。これがtapuachであり、灰の山である。
「時には300コルの灰がそこにある」については、コルという単位を確認する必要がある。諸説あるが、1コルは約180〜250リットルである。
従って300コルというと、現代の単位では約50〜70キロリットル以上になり、祭壇のサイズを物理的に超えてしまう。そこで、ここでは「それほどまでに多くの犠牲が献げられ、神殿が活気に満ちていた」という繁栄の象徴として理解される。
「祝祭日の時には、祭壇から灰を取り除かない。なぜなら祭壇の飾りとなるから」とあるのは、過越祭、七週祭、仮庵祭の三大祭りの際には、あえて灰をタプアフに積み上げたままにしたことを言っている。
通常は毎朝灰を取り除くが、三大祭りにおいて山のように積まれた灰は、それだけ多くの民が神に犠牲を献げに来たという証拠であり、神殿の栄光を表す壮観と見なされた。
「祭司は灰を取り除くことについて、決して怠けない」は同じことを言っている。
三大祭りにおいて、灰が溜まったままになっているのは掃除を怠っているのではなく、神殿の賑わいを際立たせるための演出であることを強調している。
平日の場合、このtapuachにたまった灰の一部、あるいは全部を専用の器で祭壇から下ろし、上述の「スロープの脇(灰を置く場所)」や、更には神殿の外へと運び出すことになる。
次の節に進む。以下のように書かれている。
第2章3節:薪(ma’arachah:マアラハー)の選定とイスラエルの地の繁栄
彼らは薪の火の調整の為丸太を持って来る。全ての木が薪に仕えるのだろうか?その通り。全ての木は薪に使える。オリーブとぶどうのそれ以外は。しかしこれらの木でするのが通例になっている。いちじく、ナッツ、杉の一種。
ここでは祭壇上で使う薪の木の種類について言っている。全ての木が使えるが、「オリーブとぶどう」だけは憚られることを述べる。
オリーブとぶどうはイスラエルの地において非常に貴重な実(油とぶどう)をつける木であり、それらを燃やすのはイスラエルの地の繁栄を損なうと考えられた為と思われる。
原則として他の木は使えるが、特に好んで使われたのが本文の3種類(いちじく、ナッツ、杉の一種)である。
これについては、いちじくは燃えやすく、良い炭になるとか、ナッツもしっかりとした火力を維持するのに適しているとか言われているが、こういった方面はここでは立ち入らない。祭壇で用いるのに最適な素材という程度にとどめておく。
次に進む。以下のように書かれている。
第2章4節:Ma’arachah ha-Tamid(マアラハー・ハタミッド)の配置と『ヨマ』の論争
祭司は大きな薪を東側に整える。その顔は東に向いている。そして薪の頭は灰の山に触れている。薪の間には空間がある。彼らはそこに火を点けるのである。
まず「祭司は大きな薪を東側に整える」とは、写真の通り、メインの大きな薪を祭壇上の東側に準備することを言っている。

「薪の頭は灰の山に触れている」という描写は、薪の配置基準を示している。
祭壇の中央には図の通り灰の山(tapuach:タプアフ)がある。
薪の先端をこの中央の灰の山に接するように置くことで、薪の山が祭壇の正確な位置に配置されることになる。
「薪の間には空間がある」とは、空気の通り道を作り、物理的に燃焼を助けることを言っている。
このメインの薪は日毎の焼き尽くす献げ物(tamid:タミッド)を燃やす為のものである。口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」4章に次のように書かれている。
毎日4つの薪の山がある。しかし今日(yom kippur:ヨム・キップール)5つである。ラビ・ヨセは言う。「毎日3つである。しかし今日は4つ」。ラビ・ユダは言う。「毎日2つ。しかし今日は3つ」。
この箇所は通常祭壇上の薪の数は4つであることを言っている。第7の月ティシュレの10日のyom kippur(ヨム・キップール;贖罪日)だけは5つになるというものである。
ラビ・ヨセ、またラビ・ユダはそれぞれ異説を主張している。
この内、最も大きな薪、祭壇上の東側の薪は「Ma’arachah Gedolah(マアラハー・グドラー)」または「Ma’arachah ha-Tamid(マアラハー・ハタミッド)と呼ばれる。つまりは日毎の焼き尽くす献げ物(tamid:タミッド)を燃やす薪という事である。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Tamid』法理研究
https://note.com/mishnah/n/ne0f9ce5dd9f8
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
