祭司ザカリアの真実――ミシュナ『Tamid(タミッド)』が明かす「5000分の1」の奇跡と沈黙の祝福
ルカ福音書が記す「くじに当たって聖所に入る」という一行。それは、各組5,000人もの祭司がいた当時、生涯に一度巡り会えるかどうかの確率を引き当てたことを意味していました。ミシュナ『Tamid(タミッド)』が記す厳格なくじ引きの儀式と、神殿の物理的な配置を描き。沈黙の祝福を授けたザカリアが、イスラエルの民の前で体感した聖なる緊張感を追体験します。
はじめに:福音書が記す「祭司職のしきたり」の正確性
ルカによる福音書1章には次のように書かれている。
ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。 ・・・(中略)・・・民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。
福音書は旧約聖書的な背景について矮小化して述べることが多いが、ルカによる福音書の記者は、この箇所を比較的正確に書いている。1つずつ解説しよう。
レビ族:金の子牛事件と祭司職の任命
まず家系についてであるが、ご存知の通り、イスラエルは12部族ある。その内の1つにレビ族という部族があり、この家系の者が祭儀に関する奉仕を独占している。
だから、ザカリアはレビ族の出身ということになる。しかしもう少し説明しよう。レビ族の特別な役割は、出エジプト記の次の箇所から始まる。
(モーセが金の子牛を拝んだ者たちを成敗しようとして)「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言った。レビの子らが全員彼のもとに集まると、彼らに、「イスラエルの神、主がこう言われる。『おのおの、剣を帯び、宿営を入り口から入り口まで行き巡って、(金の子牛を拝んだ)おのおの自分の兄弟、友、隣人を殺せ』」と命じた。レビの子らは、モーセの命じたとおりに行った。・・・(中略)・・・モーセは言った。「おのおの自分の子や兄弟に逆らったから、今日、あなたたちは主の祭司職に任命された。あなたたちは今日、祝福を受ける。」
アロンが民に押されて金の子牛を作った時、多くの者がそれを拝んだが、レビ族の者たちだけは拝まなかった。そこでモーセから「あなたたちは主の祭司職に任命された」と宣言されたのである。
このレビ族の中でも、アロンの子孫はまた特別な立ち位置になる。同じレビ族の中でも、アロンの子、孫、更にその子孫だけが祭司という役職に就けられるのである。
あなたはアロンとその子らを監督して、その祭司職を厳守させなさい。ほかの者がその務めをしようとするならば死刑に処せられる。
旧約聖書の中ではよく「祭司とレビ人」という表現を見かけるが、「何だろう?」と思った方は多いだろう。
ざっくり言うと祭司は祭儀の核心部分(聖所における奉仕、祭壇上の奉仕)を担い、その他のレビ族の者たちは補助的な役割(祭具の管理、門の開閉、詩編の賛美)などを務める。
日本語で「レビ人」と表記する場合、聖所の奉仕を補助する役割という意味で使われていると思ってまず間違いない。
以上を前提にして聞くが、祭司ザカリアとは何者であろうか?私たちはイエスに比べると脇役である洗礼者ヨハネの父親ということで、彼を軽く見てしまいがちである。
しかしザカリアは祭司であったので、イスラエルの共同体の中において、非常に重要な役割を果たしていたことになる。
年二週間の特権:24組の交代制と神殿運営のリアリティ
その祭司たちは1年中神殿で奉仕していた訳ではない。これは私たちのイメージと異なるが、一般の祭司はごく限られた期間にしか神殿にいなかった。それは神殿の運営組織と関わっている。歴代誌上24章の次の箇所を読んで欲しい。
(祭司の組分けの為にくじを引き)第一のくじはヨヤリブに当たった。第二のくじはエダヤに、第三のくじはハリムに、第四のくじはセオリムに、第五のくじはマルキヤに、第六のくじはミヤミンに、 第七のくじはハコツに、・・・(中略)・・・第二十三のくじはデラヤに、第二十四のくじはマアズヤに当たった。
このように祭司たちは24の組に分けられていた。それぞれの組は安息日に神殿に上り、1週間奉仕して次の安息日に交代する。彼らの暦では1年間は約354日であり、7日で割ると約50週である。
24組でこの50週を分けるのだから、各組は大体年に2週間だけ神殿にいたことになる。毎日の神殿奉仕について記録したミシュナ「tamid(タミッド)」を開くと、彼らが如何に神殿奉仕に携わることに熱心であったのか、良く窺うことが出来る。
神殿における奉仕は、生涯の中でも限られた機会にのみ許された、特別な期間であったと思われる。
ミシュナ『tamid(タミッド)』の規定:「3番目のくじ」と献香の特権
その彼が「祭司職のしきたりによってくじを引いた」とある。ここについても口伝律法ミシュナを参照しなくてはならない。
神殿の奉仕は朝始まるが、具体的にどの奉仕を担当するのかは、当日のくじによって決める。献香の奉仕当番を決めるのは、3回目のくじにおいてである。ミシュナ「Tamid(タミッド)」5章2節には次のように書かれている。
(*tamidとは日毎の奉仕を表します。これに関する「Tamid」という律法の書は、毎日の奉仕がどのように行われていたのかを記録しています)
「任命された者は言う。『献香の奉仕をしたことがない者は近寄り、くじを引くように』。彼らはくじを引く。誰でも勝った者が勝つ。」
まず「任命された者」の具体的な役割については、ほとんど説明を見かけない。祭司たちの事務を統括している者という括りで紹介されるのみである。これは神殿の運営組織にあって、奉納物や儀式の手順を監督する任務を課せられた人たちを指すらしい。
神殿(heichal:ヘイハル)の構造:至聖所と聖所を分かつ「垂れ幕」
次に献香の奉仕そのものについて説明する。献香の奉仕は毎日朝と午後1回ずつ聖所の中で行う。これは旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)の中に書かれている。
アロンはその祭壇で香草の香をたく。すなわち、毎朝ともし火を整えるとき、また夕暮れに、ともし火をともすときに、香をたき、代々にわたって主の御前に香りの献げ物を絶やさぬようにする。
「ともし火を整えるとき、また夕暮れに、ともし火をともすとき」については、一見単純な作業に見えるが、実は込み入った話がある。ここでは深入りしない。朝と夕に献香することが分かれば、今回の解説では問題ない。
この詳細についてもっと知りたい読者の方は、私が下の記事で詳しく書いているので、リンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第7回:聖所開門の号砲とmenorah(メノラー)の「西側の灯火」(3章6節〜9節)
https://note.com/mishnah/n/n308388c896a9
「主の御前」は聖所に他ならない。聖所と言ってもピンとこない方がいるかもしれないが、神殿の敷地にはheichal(ヘイハル)と呼ばれる大きな神殿の建物があった。
その中にあるのが聖所であり、更に奥には至聖所である。写真の黄色で囲まれた領域が聖所であり、赤で囲まれた領域が至聖所になる。

至聖所には契約の箱が置いてあり、1年に1回、ヨム・キップールと呼ばれる祭日に大祭司しか入ることが出来ない。これはレビ記の2箇所から言える。
決められた時以外に、垂れ幕の奥の至聖所に入り、契約の箱の上にある贖いの座に近づいて、死を招かないように。
これはあなたたちの不変の定めである。年に一度、イスラエルの人々のためにそのすべての罪の贖いの儀式を行うためである。
反面上記引用の通り、毎日の奉仕においては朝と午後、誰かが聖所の中で献香の奉仕をすることになっていたのである。
当選確率5000分の1:老祭司ザカリアが立った「晴れ舞台」
ところがこの奉仕を務めたい祭司が極めて多かったので、一生に1回しか務めることが出来ないと定められていた。祭司の数についてはフラウィウス・ヨセフスの『アピオーンへの反論』第2巻108節によると、各組には5,000人以上の者が所属していたとされている。
従ってそのくじを引き当てることは、非常に低い確率であったことが分かる。その辺りの事情が「これまで献香の奉仕をしたことがない者は、出てくじを引きなさい」(Tamid 5:2)という言葉に表れている。
同じことは「Yoma(ヨマ)」2章4節にも書かれている。
3番目のくじ。「献香したことのない者たち、来てくじを引きなさい 。」
ルカによる福音書1章の中で、ザカリアは「主の聖所に入って香をたくことになった」(9節)とあるから、「既に年をとっていた」(7節)と言われるその年になって、初めて献香のくじを引き当てたことになる。
従って福音書の場面における彼は、一生に1度の晴れ舞台に立っていたとも言えるだろう。
そして、実際に献香する為に聖所の中に入ったところ、天使が現れ、子供を授かることを聞かされたことになる。しかし天使の言葉を素直に信じなかったことで、当面口が利けない状況になってしまった。
神殿のゾーニング:民衆が祈っていた「外」の正確な場所
次に「香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた」(10節)とある。この「外」とはどこになるのだろうか?
神殿の敷地は東の門から始まり、西側が奥側に相当する。西に向かう程聖性が高いものとされ、最も西に聖所が位置する。至聖所はその更に奥になる。
当然ながら、誰でも好きな地点まで行ける訳ではない。そもそも異邦人は、神殿の敷地にすら入れない。その入口は女性の庭と呼ばれ、かなり広い。ユダヤ教徒の女性も入ることが出来る。
その少し奥はイスラエルの庭と呼ばれるが、これは極端に細長いスペースである。縦60~70メートルだが、幅は5メートル半に過ぎない。
ここにはユダヤ教徒である男性も入れるが、信者であっても女性は入ることが出来ない。
更に奥は祭司の庭と呼ばれる。祭司とレビ人しか入れない。祭壇はこの祭司の庭にあり、いけにえや献げ物はそこで燃やされる。
この祭司の庭の奥にあるのがheichal(ヘイハル)であり神殿である。ザカリアはこの中に入って献香したのであり、場所は先程写真で確認した通りである。
その間、民衆は外で祈りながら待っていたが、以上の敷地の構造から言うと、彼らはイスラエルの庭、もしくは女性の庭にいたことになる。
祝福の階段:祭司と民衆を分かつ「1メートル20センチ」の境界線
聖所での献香が終わると、この朝に聖所内の奉仕に関わった祭司5名が会衆の前に現れる。
祭司の庭とイスラエルの庭の間には、その境界線の如く階段があった。高さは2.5アンマであり、1メートル20センチくらいである。その場所は、写真の赤線部分になる。

(神殿の構造に関わる他の記事については、以下をご覧下さい)
◉イエスを裁いた最高法院における裁判について(上)――神殿の「Lishkat HaGazit(リシュカット・ハガジット;切り石の間)」と座席禁止規定の矛盾
神殿の敷地にまたがる最高法院の微妙な位置と、座席禁止規定への配慮について解説します。
結論:民数記の祝福とザカリアが守った「沈黙の儀式」
祭司たちはそこにやって来て、一般のイスラエルの人たちに祝福を唱えた。どのように唱えたのか、それは皆さんが知っている民数記のあの箇所に書かれている。
主はモーセに仰せになった。アロンとその子らに言いなさい。あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。
主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らしあなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたに向けてあなたに平安を賜るように。
彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。
5名の祭司が民衆の前に現れ、民数記のこの祝福部分を唱える。しかしここで事件が起こる。ザカリアの声が出ないのである。
ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。・・(中略)・・ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。
ここから、ザカリアは他の4人の祭司と共に民衆の前に立ったが、祝福の手振りだけをしたようである。
以上で今回の解説を終わりにする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
