Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 13回目:ヨム・キップール祭儀における同時並行奉仕の法理:mussaf(ムーサフ)暗唱の例外規定と神殿内外の空間的相関
*本稿は「ヨム・キップール(Yom Kippur:贖罪日)」の祭儀構造を、旧約聖書(トーラ)レビ記16章と、その実効的解釈を規定する口伝律法ミシュナ「Yoma(ヨマ)」篇の原典に基づき解明するシリーズである。
今回は後代に「先唱者」へと変遷する「chazzan(ハッザン)」の神殿時代における実務的職能、公の場での暗唱を禁ずる原則に対する「mussaf(ムーサフ)」箇所の例外規定、および神殿内と神殿外で同時進行する奉仕間の移動制限について、口伝律法の法理的観点からその実態を定義する。
前回の振り返り
前回は以下の内容を確認した。
【1】アザゼルにおける処刑と「赤い羊毛」の分かつ儀礼
絶壁に到着した祭司は、雄山羊の角に結ばれていた赤い羊毛を2つに分ける。
半分を岩に結び付け、残りの半分を雄山羊の角の間に結び直した後、雄山羊を崖から突き落とす。
雄山羊は崖を転がり落ち、山の半ばに達するまでにはその体はバラバラに砕かれる。
岩に結ばれた糸が赤から白に変色すれば、イスラエルの罪が神に赦された証しとされていた。
【2】祭儀実務者の汚れと法的適用
雄山羊を引いて行った祭司は、儀式によって祭儀的な汚れを受ける。
ミシュナの主流派は「エルサレムの城壁を出た瞬間」から汚れるとするが、ラビ・シモンは「雄山羊を崖から落とした瞬間」から汚れると主張する。
本来、ヨム・キップールには安息日と同様の歩行制限(約1ミル)があるが、この任務を負う祭司には、トーラで委ねられた役割である為、その制限は問われない。
【3】特別な「贖罪の献げ物」の処理
アザゼルの儀式と並行して、神殿では大祭司が血を振りかけた後の雄牛と雄山羊の処理を行う。
通常の贖罪の献げ物とは異なり、ヨム・キップールのこれらの個体は、祭壇で焼く部位(脂肪など)を除き、皮や肉、胃の内容物に至るまで全て宿営の外(神殿外)で焼却しなければならない。祭司がその肉を食べることは一切許されない。
大祭司はまだ「白の祭服」を着用しているため、この段階では外の祭壇で焼くための準備を整えるところまでを進める。
【4】祭儀再開のための「到着の合図」
大祭司は、アザゼルの雄山羊が確実に荒野に到着したことを確認するまで、次の祭儀を行わない。
複数の見張りが布を振る合図をリレー形式で伝えることで、神殿に到着を知らせていた。
ラビ・ユダは、移動時間(エルサレムから最初の休憩所までの往復時間+α)を計算し、一定時間が経過すれば再開してよいと説いていた。
かつては神殿の入り口の赤い糸が白く変わることで到着と赦しを知ることが出来たが、後代にはこの現象が見られなくなり、人々は罪が赦されないことを悲しんだと記されている。
このように、ヨム・キップールの祭儀は、荒野への放逐という物理的完遂と、神殿内での祭儀が、精密な通信と時間管理によって同期されていたことになる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉Yom Kippur(ヨム・キップール:贖罪日)の法理と構造 12回目:ミシュナ「Yoma」に基づくアザゼルの雄山羊の放逐工程と祭儀の連続性、及び安息日の歩行制限の法理的適用
https://note.com/mishnah/n/n24d5b77c3418
大祭司の祭服と女性の庭における朗読の法理
今回はその続きである。「Yoma」7章1節から始める。
大祭司は朗読の為に来る。もし望むなら祭服を着てする。そうでないなら、自分の白いローブを着てしてもよい。
アザゼルの雄山羊が一定の場所まで到着した知らせが届いたら、大祭司は女性の庭まで下りて来る。これはレビ記16章を朗読する為である。
女性の庭は既に問題無いだろうが、一応図を貼っておく。ピンクで塗った領域である。

ここには信徒であるなら女性も入れるスペースになる。
この時は白の祭服を着ているが、朗読の時には自分のローブを着ても構わない。ただし白であることを要する。
もし自分のローブに着替えるなら、手洗いやmikvehはどうなるのか、そもそもこのローブの仕様は如何なるものなのか、興味深いところであるが、手元の資料には記載が無い。
次に進む。
神殿内シナゴーグの階層構造と「chazzan(ハッザン)」の原義
シナゴーグの助手がトーラの巻物を取り、シナゴーグの責任者に渡す。シナゴーグの責任者は大祭司の総代理に渡し、総代理は大祭司に渡す。大祭司は立って受け取り、立ったまま朗読する。
大祭司はAcharei Motを読み、また「10日は・・」の箇所も読む。
まず、神殿の近くには、シナゴーグがあったとされている。ミシュナ本文で助手から大祭司にまで渡すまでの流れが記載されているが、それだけの段階を経ることで、大祭司職への敬意を表している。
これと関連してよく言われるのは、神殿奉仕に携わる人の数である。必ずしも奉仕に必要な人数で行うのではない。神への敬意を表す為に、あえて多くの者に分担させ、行うのである。
この「助手」について、ヘブライ語でchazzan(ハッザン)と呼ばれる。シナゴーグの中で何事につけても、必要なことを行う者である。
後代ではchazzanは典礼における先唱者を表す言葉になっているようである。
本文に戻る。「大祭司は立って受け取り」とある。トーラの巻物を見たら、起立するというのは掟の1つである。また、公の場でそれを朗読する者は、立ってしなくてはならない。
「大祭司はAcharei Motを読み、また『10日は・・』の箇所も読む」とは、レビ記16章1~34節と、レビ記23章26~32節を読むことを言っている。
レビ記23章の方は、ヨム・キップールにおける断食と、創造的な仕事の禁止について述べている。
続きである。
レビ記から民数記(mussaf)へ:暗唱の例外規定と法的保証
それからトーラの巻物を巻き、胸の中に置いて言う。「私が読んだこと以上のことがここには書かれている」。それから大祭司は民数記から暗証する。
まず「私が読んだこと以上のことがここには書かれている」について、「私が読んだこと」とは今のレビ記16章1~34節と、レビ記23章26~32節のことを指している。「それ以上のこと」はこれから暗証する民数記29章7~11節である。
この箇所はヨム・キップールのmussaf(ムーサフ)について扱っている。本文を確認してみてもらうと分かる通り、何も見ないで言うには、かなり長い箇所になる。
公の場でトーラを見ないで、暗記したものを唱えることは原則的に許されていない。ここは例外中の例外である。
この記事の読者にはmussafの説明も不要だろうが、安息日や祭日のみに献げる献げ物のことである。ヨム・キップールにもmussafは献げなくてはならない。
次である。
神殿奉仕における「8つの祝福」の構造的分析
大祭司はそれから8つの祝福の祈りを唱える。トーラの為、献げ物の奉仕の為、感謝の為、罪の赦しの為、神殿の為、イスラエルの為、エルサレムの為、祭司の為。そしてその他の祈りの為。
朗読の後、8つの祈りを唱える。以下の通りです。
①トーラの為
たった今朗読したトーラを与えられた神を讃える祈り。
②献げ物の奉仕の為
神殿での儀式が神に受け入れられるよう願う祈り。
③感謝の為
神の慈しみに対する感謝の祈り。
④罪の赦しの為
イスラエルの民の罪を赦していただくよう願う祈り。
⑤神殿の為
神の臨在が留まり、神殿が存続することを祈る。
⑥イスラエルの為、(エルサレムの為)
神がイスラエルに満足し、王を取り除かれることのないように祈る。
⑦祭司の為。
神が祭司の奉仕に満足されるように。
⑧その他の祈りの為
個人的な、または共同体的な祈り。状況によって唱える。
続きである。
祭儀の同時並行性と物理的・時間的制約の合理性
トーラを朗読する大祭司を見学する者たちは、雄牛と雄山羊が焼かれるのを見ることが出来ない。雄牛と雄山羊が焼かれるのを見る者たちは、大祭司の朗読を見ることが出来ない。そうしてはならないのではなく、2つの奉仕が同時に行われており、かつその距離が大きいからである。
トーラの朗読は上述の通り、神殿の女性の庭で行われる。
「雄牛と雄山羊が焼かれる」箇所は、祭壇上で焼く部分について言っているのではない。ここではエルサレムの外で焼く肉の部分について言っている。
「そうしてはならないのではなく、2つの奉仕が同時に行われており、かつその距離が大きいからである」と、理由が説明されている。
トーラが朗読されている最中に、その場を去ることは許されない。しかし大祭司がレビ記16章を終え、レビ記23章に移る間には許される。
従ってこの時に女性の庭を出ることは可能であるが、エルサレムの外に出て、肉を焼く場所までは遠いので、間に合わないという事である。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ 【シリーズ目次】ミシュナ『Yoma』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n7222129b891f
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
