ミシュナ『Niddah』の法理研究 第4回:産婦(yoledet)の過渡的不浄規定と形のない肉の塊(chatichah)をめぐる子宮開口の法理(3章1節)
*本稿は、古代ユダヤ教における口伝律法『Niddah』、およびハラーハー(ユダヤ法)の不浄論に関する歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考である。記述される身体現象、儀礼、および性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものであり、性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Niddah(ニッダー)』の第4回目の解説である。
今回は『Niddah』3章1節を法理学的に分析。『レビ記』12章の産婦(yoledet)における過渡的ステータス(mechussar kippurim)を定義。形のない肉の塊(chatichah)排出時の不浄論と、ラビ・ユダの「子宮開口と出血の不可分性」の主張を検証する。
前回の振り返り:定期的周期(veset)の法理とベッドの事例(1章1節後半〜2節)
前回は『Niddah』1章1節の後半から1章2節を取り上げ、定期的周期(veset)が確立している場合の特例や、遡及的不浄の期間を短縮する実務的な規定、そして「座席の汚れ(midras)」の適用事例などを扱った。
主な内容は以下の通りである。
【1】遡及的不浄(24時間規定)の罰則的背景
ラビたちは、聖別された物(tohorot)を扱う女性に対し、1日2回(朝晩)の内診を義務付けている。
①12時間規定
義務を遵守していれば、出血発見時の遡及的不浄は最大でも約12時間に限定される。
②24時間規定
検査を怠った場合、不確実な期間が長くても遡及効を24時間とするのは、検査を怠ったことに対する罰則的な意味合いが含まれている。
【2】定期的周期(veset)の確立と遡及不適用の原則
前回の月経開始から同じ期間によって、3回連続で次の月経が始まった場合、または月の同じ日に3回連続で次の月経が始まった場合、定期的周期(veset:ヴェセット)が確立したと見なされる。
①予定通りの出血
vesetを持つ女性が予定通りのタイミングで出血を発見した場合、「遡及的な不浄」は適用されない。彼女は「発見したその瞬間から」不浄(tamei)になり、それ以前に扱った物は清い(tahor)状態であると見なされる。
これは、予定通りであればそれ以前から出血していたと疑う必要がないという法的推定に基づいている。
②予定外の出血
定期的周期があっても予定外の出血であれば、通常の規定通り、直近24時間または前回の内診まで遡って不浄と見なされる。
【3】夫婦行為に伴う内診布の法的効力
夫婦行為の直前と直後に行われる内診(布を用いた検査)は、法的に「通常の定期的な内診」と同等に扱われる。
これにより、後に出血が発見された場合でも、遡及的な不浄の期間を「夫婦行為の際の検査時点」まで短縮・限定することが可能になる。
【4】『Niddah』1章2節の事例:ベッドと「座席の汚れ(midras)」
定期的周期を持つ女性がベッドに座って作業し、立ち上がった際に出血を確認した事例が分析されている。
①midras(ミドラス)の原則
本来、niddah(月経状態の女性)が体重をかけた寝床や腰掛けは、レビ記の規定により「av hatumah)」という強い汚れを帯びる。
②vesetの特例
しかし、定期的周期を持つ女性が予定通りに出血した場合、遡及ルールが適用されないため、直前まで座っていたベッドや扱っていた物はすべて「清い(tahor)」と見なされる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Niddah』の法理研究 第3回:定期的周期(veset)の法理とベッドの事例(1章1節後半〜2節)
https://note.com/mishnah/n/n7fd626f0c087
レビ記12章における産婦(yoledet)の不浄規定の基本構造
今回はその続きであるが、まずはyoledet(ヨレデット)の基本知識を確認する。トーラには次のように書かれている。
1主はモーセに仰せになった。
2イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。
妊娠して男児を出産したとき、産婦は月経による汚れの日数と同じ七日間汚れている。 3八日目にはその子の包皮に割礼を施す。 4産婦は出血の汚れが清まるのに必要な三十三日の間、家にとどまる。その清めの期間が完了するまでは、聖なる物に触れたり、聖所にもうでたりしてはならない。
5女児を出産したとき、産婦は月経による汚れの場合に準じて、十四日間汚れている。産婦は出血の汚れが清まるのに必要な六十六日の間、家にとどまる。
yoledet(ヨレデット)とはトーラ本文の「産婦」のことである。復習事項であるが、出産した場合の汚れについてまとめると、以下の通りになる。
男児・女児出産における「7日間のtamei」と「toharの血」の2段階過程
(1)男児を出産した場合
第1段階
最初の7日間が不浄(tamei)とされる。
この期間中、たとえ子宮からの出血がなかったとしても、母親は月経中の女性(niddah)と同様にtameiと見なされる。
この第1段階を終了すると、女性はmikvehに浸かって自らを清める。これにより、彼女は夫との夫婦関係を持つことが許されるようになる。
第2段階:「tohar(トハル)の血」の期間
mikvehに浸かった後、長いtaharah(清い状態)の期間が続く。
男児を出産した場合、この期間は33日間である。
この期間中に子宮からの出血があったとしても、彼女はtameiにはならず、夫との関係が禁じられることもない。これを「tohar(トハル)の血の期間を守る」と呼ぶ。
(2)女児を出産した場合
第1段階
最初の14日間が不浄(tamei)とされる。
この期間中、たとえ子宮からの出血がなかったとしても、母親は月経中の女性(niddah)と同様にtameiと見なされる。
この第1段階を終了すると、女性はmikvehに浸かって自らを清める。これにより、彼女は夫との夫婦関係を持つことが許されるようになる。
第2段階:「tohar(トハル)の血」の期間
mikvehに浸かった後、長いtaharah(清い状態)の期間が続く。
女児を出産した場合、この期間は66日間である。
この期間中に子宮からの出血があったとしても、彼女はtameiにはならず、夫との関係が禁じられることもない。これを「tohar(トハル)の血の期間を守る」と呼ぶ。
要するに、男児出産の場合と女児出産の場合では、ここまで日数だけが異なることになる。以降はどちらの場合にも共通する。
贖罪未完了者(mechussar kippurim)と日没を待つ者(tevul yom)の過渡的法的ステータス
さて第1段階を終え、mikvehで身を清めた後、yoledetはまだ完全に清くなったのではない。この状態をmechussar kippurim(メフサル・キップリーム)と呼ぶ。
通常の汚れにおいても、mikvehに浸かった後、すぐに完全に清くなるのではなく、日没と共に完全に清くなる。mikvehに浸かってから日没までの間はtevul yom(テヴル・ヨム)と呼ばれる。
mechussar kippurimは「mikvehに浸かったが、完全に清くなっていない」という点でtevul yomと共通している。そこで彼女は神殿に入ることは出来ず、聖別された食べ物(terumahやkodashim)を食べることも出来ない。もし彼女が聖別された物に触れた場合、それらはtameiになる。
mechussar kippurimがtevul yomと異なるのは、toharの期間が満了した後、トーラで定められた献げ物を献げることである。次のように書かれている。
6男児もしくは女児を出産した産婦の清めの期間が完了したならば、産婦は一歳の雄羊一匹を焼き尽くす献げ物とし、家鳩または山鳩一羽を贖罪の献げ物として臨在の幕屋の入り口に携えて行き、祭司に渡す。 7祭司がそれを主の御前にささげて、産婦のために贖いの儀式を行うと、彼女は出血の汚れから清められる。これが男児もしくは女児を出産した産婦についての指示である。 8なお産婦が貧しくて小羊に手が届かない場合は、二羽の山鳩または二羽の家鳩を携えて行き、一羽を焼き尽くす献げ物とし、もう一羽を贖罪の献げ物とする。祭司が産婦のために贖いの儀式を行うと、彼女は清められる。
なお、この神殿での祭儀については、過去の記事で詳しく扱っているので、不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉ルカによる福音書2章の『問題』を解く――ミシュナが明かすイエスの奉献と、出産後の清めの真実
https://note.com/mishnah/n/n71b71f92a1f8
ミシュナ『Niddah』3章1節:形のない肉の塊(chatichah)をめぐる法理学的分析
以上を前提に口伝律法ミシュナ「Niddah」3章1節に入る。まずは本文を引用する。
もし女性が形のない肉の塊を出した場合、もし出血していたなら、彼女は汚れている。そうでないなら、彼女は清い。ラビ・ユダは言う、「いずれの場合も、彼女は汚れている。」
本節では妊娠した女性が「形のない肉の塊(ハティハー: chatichah)」を排出した場合の清浄・不浄について論じられている。
「ハティハー(chatichah)」とは、胎児の形(人間の形態)を成していない、肉の塊(肉片)のような組織の排出物のことを指す。
匿名意見(Tanna Kamma)による「出産の法」の不適用とniddah/zavah周期の適用限界
本節の最初の匿名意見(Tanna Kamma:タンナ・カンマ)は、この状況を以下のように判断する。
①血を伴う場合
彼女は「月経中の女性(niddah)」としてtameiになる。
②血を伴わない場合
彼女はtahorのままである。
この見解の理由について、少し補足する。
通常の出産の場合、たとえ死産であっても、出産そのものによってtameiになる。これは出血の有無に左右されない。
本節の「肉の塊」は胎児とは見なさない為、出産の法は適用されない。
そこでchatichah(ハティハー)を排出して女性が汚れるのは、niddahとしての出血しかないことになる。これは見かけ以上に複雑な状況である。
なぜなら妊娠している時に出てきたのがchatichahであるなら、出産ではないので、女性は汚れない。もしもそこに血があるなら、月経の血とは見なされず、chatichahそのものの血であると認識される。
従って、出産の法が不適用である以上、chatichahを排出し、かつ女性がtameiになるのは、7日間のniddahの期間の後、ザヴァー(zavah)の期間である11日間を経過し、新しいniddahサイクルが始まる時点でのタイミングに限定される。
ラビ・ユダ(Rabbi Judah)の見解:「子宮開口と出血の不可分性」の原則
これに対してラビ・ユダ(Rabbi Judah)は、血が見つからなかったとしても彼女はtameiであり、niddahであると主張する。
ラビ・ユダは、chatichahは胎児としては見なされず、女性はyoledetにはならない点で同意する。
それでも女性が如何なる場合でもtameiであると主張するのは、彼が「出血を伴わずに子宮が開くことはあり得ない」という原則を保持しているからである。
たとえ女性が注意深く検査して血が見当たらなかったとしても、子宮が開いた以上は必ず少量の出血があったとされる。しかしそれは上記の通り、出産としての血ではない。そこで彼は「子宮からの出血」という事実を重視し、この血をniddahのものとして扱っている。
RavやMaimonides(Rambam)はTanna Kammaの見解を支持しており、「Shulchan Aruch」はラビ・ユダの見解を支持している。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Niddah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nb46479539fed
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
