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ミシュナ「Ketubot(ケトゥボット)」逐条解説 第1回:結婚契約書における法的義務と権利の確定――婚姻区分(erusin[エルーシン]/nisuin[ニスイン])に基づく保証金額の法的多層性と伝統的諸註釈の再構築

*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および裁判手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。

 本稿では、口伝律法『ミシュナ』第3巻「Nashim(ナシーム)」のうち、結婚証書の実務規定を扱う「Ketubot(ケトゥボット)」第1章の基本条文を逐条解説する。

 結婚証書(ketubah)は、妻の法的地位および離縁・死別時の保証金(200ズズ/100ズズ)を確定させる法的文書である。初夜の訴権と開廷日の合理的関連性、身分や年齢(3歳と1日)による権利の差異、祭司階級特有の慣習規定に焦点を当て、モーセ五書(トーラ)からタルムード、Rashi等の註釈に至るユダヤ法の厳格な体系を詳解する。


序論:ミシュナ「Ketubot」の構造と基本原則


 ここ数回に分けて、本稿ではレビラート婚について扱った。

 今回から数回に渡って、結婚証書についての口伝律法ミシュナ「Ketubot(ケトゥボット)」の条文を見ていきたいと思う。なぜなら結婚証書は結婚の基本原則を明記しているからである。

 結婚証書は単数形ではketubah(ケトゥバ)、複数形ではketubot(ケトゥボット)と呼ぶ。そこで本稿でもこれらの用語を用いる。

 「Ketubot」は全部で13章あるが、その中でも基本的な条文を取り上げ、逐条解説することにする。

 まずは「Ketubot」1章1節から引用する。

婚姻の時期と法廷セッションの合理的連動(1章1節)

 おとめは水曜日に結婚するべきであり、やもめは木曜日にするべきである。というのも、1週間に2回、月曜日と木曜日に法廷ではセッションがあるからである。-彼が彼女の処女性について疑問を持ったなら、翌朝早く行くことが出来るから。

(Ketubot 1:1)

 ここでは、再婚する女性の結婚式は木曜日に行い、処女は水曜日にするとされている。これはすぐ後にある通り、「1週間に2回、月曜日と木曜日に法廷ではセッションがあるから」である。

 これに関して旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)には次のように書かれている。

申命記22章における処女性の立証と司法手続きの瑕疵

 人が妻をめとり、彼女のところに入った後にこれを嫌い、虚偽の非難をして、彼女の悪口を流し、「わたしはこの女をめとって近づいたが、処女の証拠がなかった」と言うならば、その娘の両親は娘の処女の証拠を携えて、町の門にいる長老たちに差し出し、娘の父は長老たちに、「わたしは娘をこの男と結婚させましたが、彼は娘を嫌い、娘に処女の証拠がなかったと言って、虚偽の非難をしました。しかし、これが娘の処女の証拠です」と証言し、布を町の長老たちの前に広げねばならない。町の長老たちは男を捕まえて鞭で打ち、イスラエルのおとめについて悪口を流したのであるから、彼に銀百シェケルの罰金を科し、それを娘の父親に渡さねばならない。彼女は彼の妻としてとどまり、彼は生涯、彼女を離縁することはできない。しかし、もしその娘に処女の証拠がなかったという非難が確かであるならば、娘を父親の家の戸口に引き出し、町の人たちは彼女を石で打ち殺さねばならない。彼女は父の家で姦淫を行って、イスラエルの中で愚かなことをしたからである。あなたはあなたの中から悪を取り除かねばならない。

(申22:13~21)

 これは新郎が初夜の後に法廷に訴え出た場面である。彼は「花嫁が処女ではなかった」と主張する。

 町で法廷が開かれるのは、「月曜日と木曜日」である。処女の結婚式を水曜日に行うなら、初夜の翌朝に夫は訴え出ることが出来る。

 もしそれが新郎の中傷であるなら、両親が娘の処女である証拠を携えて、町の門にいる長老たち、つまり法廷の判事たちに差し出す。具体的には血の付いた衣類や寝具である。

 本人でない者が提出している点が気になるだろうが、通常女性は12歳から半年間のnaarah(ナアラー)と呼ばれる期間に嫁に出される。この期間は成人に達する直前ではあるが、成人ではない。

 そこで両親が提出している場面になっていると思われる。

 トーラ本文の通り、この訴えは死刑に関わるものであるので、23人の法廷で審理したと考えられる。

 しかしこの内容は以前の記事で詳しく扱っているので、気になる方は下のリンクから確認して欲しい。

◉カナの婚礼(上):ミシュナが明かす、「水曜日」の結婚式に隠された理由と「死刑」の影

https://note.com/mishnah/n/nd11ffa0e023f?magazine_key=m0191934a765a

婚姻の二段階制(erusin[エルーシン]・nisuin[ニスイン])と保証金額(1章2節)


 次節に進む。

 処女のketubahは200ズズである。やもめのものは100。処女であるやもめ、離縁された者、erusinの後にchalitzahを行った者、-これら全ての場合、ketubahは200ズズであり、彼女たちに対して、その処女性を問題にする訴えをすることが出来る。

(Ketubot 1:2)

 ここではまず次の基本を確認する。

 「ketubah」は結婚証書を表す語であるが、同時にそれによって離縁、死別した場合に妻が受け取る保証金をも表す。

 「処女のketubahは200ズズである」とは、処女の妻の保証金は200ズズとされる。これは1年間衣食住に不自由しない額とされる。

 「やもめのものは100」とあるのは、離縁、死別された妻が結婚当初処女でなかった場合、100ズズが保証されることを言っている。

 これを「やもめ」と呼んでいるのは、結婚歴がその前にあることを示唆するからと思われる。

 ただ、やもめであっても、200ズズ保証される場合があり、それが列挙されている。以下にこれをまとめる。

①処女であるやもめ、離縁された者

 結婚の第1段階(erusin;エルーシン)において、処女のままで夫に死別、または離縁された妻を指している。

 erusinの後、女性は律法上は既婚者であるが、父の家に滞在しており、性行為はしない。

②erusinの後にchalitzahを行った者

 これはerusinにおいて父親の家に滞在していたが、夫に先立たれた場合である。

 勿論子供はおらず、亡夫の兄弟とのyibumが問題になったが、拒絶されてchalitzahを行った状況の妻である。

 これらの妻は200ズズが保証されるが、「その処女性を問題にする訴えをすることが出来る」。

 たとえ父の家にいても、不品行を行う可能性はある。

 夫は新妻が処女である前提で結婚した。実際はそうでなかったのであれば、審理を経て妻はketubahについての権利全体を失う。

被保護者の法的地位と「3歳と1日」の基準


 次である。

 改宗者、捕虜、奴隷、贖われ、改宗し 、3歳と1日で解放された者、-彼女たちのketubahは200ズズであり、彼女たちに対して、その処女性を問題にする訴えをすることが出来る。

(Ketubot 1:2)

 ここでは幾つかの200ズズの権利のある女性たちが挙げられている。以下、解説を付して列挙する。

①改宗者

 ユダヤ教に改宗した女性。彼らにあって異邦人は淫蕩とされる。

②捕虜

 外国軍などに捕らえられていた女性。犯された可能性が普通に考えられる。

③奴隷

 異邦人の女奴隷は特に淫蕩と見なされている。

④解放された元女奴隷

 ユダヤ人の奴隷であったが解放され、改宗した女性のこと。

 上記の妻たちは3歳と1日に満たない年齢で解放されたなら、200ズズの権利を得ることが出来る。しかし先程の場合と同様に、夫が処女であると信じて結婚し、実際はそうでなかった場合、訴訟を提起することが出来る。

 「3歳と1日」という基準は私たちに理解し難い点であるが、彼らの律法にあってはスタンダードな規定として頻出する。

 もしも3歳に満たない年齢で犯された場合、それは処女を失っていないと見なされる。処女膜が再び形成されるからである。

 逆に上記の事情が3歳と1日よりも年長で起きたのなら、ketubahは100ズズとされる。

婚姻完成後の法的変化と再婚時の権利(1章4節)


 次に進む。

 処女であるやもめ、離縁された者、結婚した後にchalitzahした者、これら全ての場合において、彼女たちのketubahは100ズズであり、処女性を問題にする訴えをすることが出来ない。

(Ketubot 1:4)

 これは今扱ったケースに似ている。異なるのは、上では「erusinの後」となっているが、ここでは「結婚した後」になっている。

 「結婚した後」はnisuinを済ませ、結婚が完成した状態を指している。

 nisuinの後であるなら、彼女たちの再婚の時には原則100ズズになることを言っている。妻は自分の家を離れ、夫の家に住むからである。

 次はやや細かい規定である。

 もし誰かがユダヤにおいて義理の父の家で、証人なしに食事をするなら、彼女の処女性を問題にする訴えをすることが出来ない、なぜなら彼女と2人きりになるからである。

(Ketubot 1:5)

 イスラエルの中でもユダヤにおいては、結婚の第1段階であるerusinの宴において、親交を深める為に新郎と新婦が2人きりになる習慣の地域があった。

 この席に証人がいない場合、結婚を完成した後、夫は妻の処女性を問題にすることが出来ない。夫の「性行為はしていない。彼女は処女でない」という主張の正当性を立証出来ないからである。

 この習慣はガリラヤでは守られず、ユダヤでも一部においてしか行われていなかった。

地域的慣習の法的効力と祭司階級の特例規定(1章5節)


 続きである。

 祭司でない者のやもめも、祭司のやもめも100ズズである。祭司たちの法廷は400ズズを処女の為に集め、ラビたちは彼らを止めない。

(Ketubot 1:5)

 まず「祭司でない者のやもめも、祭司のやもめも100ズズである」とは2番目の結婚の場合、血筋に関わらずketubahは原則100ズズであることを言っている。

 「祭司たちの法廷は400ズズを処女の為に集め、ラビたちは彼らを止めない」については、舞台が祭司に与えられた町である。

 町には最高法院の認可によって、23人の法廷が設置される。祭司の町も例外ではない。

 彼らの法廷は、処女は200ズズではなく、400ズズとする。

 しかしこの場合の「処女」の範囲については見解が分かれている。以下の通りである。

①Rashi

 祭司ではない家の処女が祭司に嫁いだ場合は、対象外である。原則通り200ズズになる。

②タルムード

 祭司ではない家の処女が祭司に嫁いだ場合、祭司の家の処女が祭司でない者に嫁いだ場合、どちらも400ズズである。

 「ラビたちは彼らを止めない」とは、このような慣習は普通の生活をしている人々には可能ではないが、賞賛されるべきものとしているという事らしい。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学

https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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