見出し画像

ミシュナ『Kiddushin』の法理研究 第2回:祭司の純潔性とzonahの再定義

*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および裁判手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。

 今回はユダヤ法における婚姻資格と血統の厳格な階層構造について、特に大祭司・祭司に課せられる血統調査、トーラで禁止された性行為によって「遊女」と訳され、祭司の家族としてterumahへの権利を喪失する女性「zonah(ゾナー)」、大祭司・祭司との禁止された関係で生まれた子「chalalim(ハラリーム)」など詳解する。


前回の振り返り:kiddushinの法的本質と獲得手段の総括


 前回は以下の内容を確認した。

【1】kiddushin(キッドゥーシン)の本質

 日本語では「婚約」と訳されることが多いが、本質的には「女性の聖別」を意味し、結婚の第1段階にあたる。

 この段階を経た2人は律法上の既婚者と見なされる。その為、他の者との性行為は姦淫になる。

 結婚は、第1段階の「kiddushin(またはerusin)」と、約1年後の第2段階「nisuin(成婚の完成)」を経て完成する。

【2】三つの法的獲得手段(ミシュナ1章1節)

 男性が女性を妻として聖別するためには、2人以上の証人の前で結婚の意志を宣言し、以下のいずれかの手段を用いる必要がある。

①お金

 金銭または価値のある物(指輪など)を渡す。金額の最低単位については、1ディナル以上とするシャンマイ派と、1ペルータ以上とするヒレル派で論争がある。

②文書

 彼女が彼の妻となる旨が明記された書面を渡す。

③性行為

 性行為によって獲得する。この方法は穏当ではないとしてラビたちには禁止(罰則を伴う)されている。

 しかし実行された場合は事後的に有効とされる。

【3】代理人制度と錯誤による無効(ミシュナ2章1~3節)

 男性も女性も、代理人を通じてkiddushinの手続きを行うことが出来る。

 結婚は両者の合意に基づくため、条件に「錯誤」がある場合、契約は無効となる。

 金銭の価額の誤解、経済力の詐称、血縁の偽称(祭司であると偽るなど)があった場合、女性が「それでもよい」と言ったとしても、その結婚は成立しない。

【4】血統的・宗教的身分

 不適切な関係から生まれた子(mamzer/マムゼル)や、特定の歴史的背景を持つギベオン人の子孫(netinim/ネティニーム)は、正統なイスラエルの家族と婚姻関係を結ぶことが出来ない。

 こうした身分を隠して結婚を申し込むことも、錯誤による無効の対象となる。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉ミシュナ『Kiddushin』の法理研究 第1回:ユダヤ法における「女性の聖別」と獲得の諸態様――第1章1節–2章3節による三つの獲得手段・代理人・錯誤による合意の無効

https://note.com/mishnah/n/n32ed69a29932

バビロン帰還者における系図上の階層(4章1節)


 今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Kiddushin」4章1節を引用する。

 バビロンから10の系図上のグループが上って行った。祭司、レビ人、イスラエルの民、chalalim 、改宗者、自由人(解放された奴隷)、mamzer、ネティニーム、shetukim 、捨て子。祭司、レビ人、イスラエルの民は互いに結婚できる。レビ人、イスラエルの民、chalalim、改宗者、自由人は互いに結婚できる。改宗者、自由人、mamzer、ネティニーム、shetukim、捨て子は皆互いに結婚できる。

(Kiddushin 4:1)

 まず用語から確認する。

①chalalim(ハラリーム)

 chalalimとは、祭司と祭司との関係が特別に禁止された女性との間に生まれた子を指す。

 具体的には、例えば大祭司とやもめの間に生まれた子である。大祭司は処女を娶らなくてはならない。次のように書かれている。

 13祭司は処女をめとらねばならない。 14やもめ、離縁された女、遊女となって身を汚した女などをめとってはならない。一族から処女をめとらねばならない。

(レビ21:13~14)

 大祭司は処女を娶らなくてはならない。「遊女」については後で説明する。

 「一族から処女をめとらねばならない」とあるが、レビ族から選ばなくてはならない訳ではない。正統な家系であるなら、その他の部族から嫁を迎えることが出来る。

 ともあれ、chalalim(単数形:chalal[ハラル])とは、祭司との関係が許されない女性と、祭司の間の子である。

②shetukim(シェトゥキーム)

 shetukimとは、文字通りには「沈黙」を表す。彼らは母親がユダヤ人であることは分かっているが、父親が不詳である。

 mamzerである可能性もある。

③捨て子

 両親ともに不明である子のこと。

 この内、②と③については、4章2節に記されている。

 次の者たちがshetukimである。母が誰であるか分かるが、父が分からない者たち。捨て子とは道で拾われ、父親も母親も分からない者たち。

(Kiddushin 4:2)

 以上を前提に本文の内容を確認する。

 「祭司、レビ人、イスラエルの民は互いに結婚できる」とは、祭司はレビ人、イスラエルの民としか結婚出来ないことを言っている。

 次の「レビ人、イスラエルの民、chalalim、改宗者、自由人(解放された奴隷)は互いに結婚できる」は、次のことを言っている。

 祭司はchalalim、改宗者、自由人(解放された奴隷)とは結婚出来ない。しかしレビ人、イスラエルの民は彼らと結婚することが出来る。

 「改宗者、自由人、mamzer、ネティニーム、shetukim、捨て子は皆互いに結婚できる」については、文字通りである。

 結婚について敷居の高い順に並べると、以下の通りになる。

祭司 > レビ人、イスラエルの民 > chalalim、改宗者、自由人(解放された奴隷)

 これらについては、細かい議論が展開されているが、ここでは立ち入らない。

halachahにおける「zonah(ゾナー)」の法理学的定義


 次に、ミシュナを引用する前に、トーラでzonah(ゾナー)と呼ばれているものについて解説する。

 遊女となって身を汚した女、あるいは離縁された女をめとってはならない。祭司は神に属する聖なる者だからである。

(レビ21:7)

 ここで祭司は遊女と離縁された女性とは結婚してはならないことが言われている。

 「遊女」が今話題にしているzonahである。結論を先に述べる。

①性行為が許されない男と行為した女性

②結婚してはならない男性と性行為した女性

 以上のどちらかに当てはまる女性がzonahである。

 この内①については既に何度か述べた。レビ記18章に列挙されている関係である。

②は複雑である。「Yevamot」6章2節を見てみよう。

不適格化のメカニズム

 同様に、もし誰かがトーラで禁止されているeruvahの誰かと性行為するならば、または結婚出来ない誰かと、―例えば、大祭司に対するやもめ、祭司に対する離縁された女性またはchalutzha、イスラエルの民に対するmamzerまたはギベオン人、mamzerかギベオン人に対するイスラエルの娘、―彼は彼女を不適格にする 。性行為の形式に区別はない。

(Yevamot 6:2)

 「彼は彼女を不適格にする」を見て欲しい。これは「彼は彼女をzonahにする」ことを意味する。

 ここで列挙されている関係を結んだ女性は、祭司と結婚出来ない立場になる。1つずつ確認する。

 「誰かがトーラで禁止されているeruvahの誰かと性行為するならば」、これは①について言っている。レビ記18章の関係である。

 この関係を結んだ女性はzonahである。

 「大祭司に対するやもめ、祭司に対する離縁された女性またはchalutzha」について、順番に確認する。次の箇所を見て欲しい。

 まず大祭司について、上に一部引用した箇所だが、再掲する。

 10同僚の祭司たちの上位に立ち、聖別の油を頭に注がれ、祭司の職に任ぜられ、そのための祭服を着る身となった者は、・・・(中略)・・・13祭司は処女をめとらねばならない。 14やもめ、離縁された女、遊女となって身を汚した女などをめとってはならない。一族から処女をめとらねばならない。

(レビ21:10~14)

 途中「祭司」と書かれているが、この箇所の祭司は大祭司のことである。

 大祭司は処女を娶らなくてはならない。以下は不可とされる。

①夫と死別したやもめ

②夫に離縁された女性

③夫に死別され、子供がいなかった。兄弟との間にyibumが問題になったが、chalitzahした。

 chalitzahは律法上離縁と同様に扱われる。

 彼女たちは大祭司と結婚することが出来ない。彼女たちが大祭司と性行為をするなら、祭司と結婚出来ない。

 祭司についても同様の事情があるが、若干条件が緩い。

 遊女(zonah)となって身を汚した女、あるいは離縁された女をめとってはならない。祭司は神に属する聖なる者だからである。

(レビ21:7)

 祭司の場合、処女という条件が付いていない。また、離縁された女性は不可であるが、死別した女性は可である。

 従って、離縁された女性で祭司と性行為した女性は、zonahになる。ただ、離縁された女性はそもそも大祭司とも祭司とも結婚出来ないから、婚姻に関しては何も変わらないと思われる。

 しかしzonahは「terumahを食べることが出来ない」という縛りもある。

 「イスラエルの民に対するmamzerまたはギベオン人、mamzerかギベオン人に対するイスラエルの娘」とは、次のことを言っている。

①イスラエルの民(息子、娘)とmamzerの結婚は許されない。

②イスラエルの民(息子、娘)とギベオン人の結婚は許されない。

 これらの関係を結んだイスラエルの息子、娘はzonahになる。

 イスラエルの民が祭司の家のものである場合、それまでterumahを食べていても、以後は許されなくなる。

 以上でzonahに関する解説を終えた。次に進む。

祭司階級に課された血統調査(4章4節)

 祭司の娘を娶ろうとする者は、彼女の4人の母、それは8人を調べなくてはならない 。つまり彼女の母、彼女の母の母、彼女の母の父の母、そして彼女の母 、彼女の父の母、そして彼女の母、彼女の父の父の母、そして彼女の母。
 もし彼女がレビもしくはイスラエルの娘であるなら、更にもう1代加える。

(Kiddushin 4:4)

 冒頭に「祭司の娘を娶ろうとする者は」とあるが、これは「祭司の娘を娶ろうとする祭司は」の意味である。

 祭司はイスラエルの家の中でも、最も血統の純粋さを維持しなくてはならないことは、既述の通りである。

 彼は結婚に先立ち、候補の女性の血統に疑義が生じた場合、調べなくてはならない。

 本文の通り、基本的に母系の系図を調べる。それは問題があった場合男性側の方が明らかになりやすく、女性の方は公になりづらいという事情があるからという事である。

 これについてこれ以上突っ込んだ解説は、権威ある参考書では見かけなかったが、少なくとも祭司の娘については納得出来る。

 なぜなら祭司自身は、正統性に疑義が生じると最高法院で審査されるから。

 「彼女がレビもしくはイスラエルの娘であるなら、更にもう1代加える」というのは、祭司の家は常にこうした事柄に注意しているので、スキャンダラスなことが起こりにくいからである。

 レビ人やその他のイスラエルの民の方がずっと緩いので、問題を内包しやすい。そこで調査の範囲も広がることになる。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学

https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4


 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

いいなと思ったら応援しよう!