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tzaraat(ツァラアト)の本質的定義 第3回:レビ記13章によるshechin(炎症)、michvat esh(火傷)、netek(白癬)のハラハー的定義と判断基準の相違

*レビ記13章18節から37節に記された「shechin(シェヒン:炎症)」「michvat esh(ミフヴァト・エシュ:火傷)」「netek(ネテク:白癬)」の判定プロセスを、口伝律法ミシュナ「Negaim」篇及びRashiの伝統的注釈に基づき徹底解読する。

 傷口の膜形成(かさぶた)による診断のタイミング、隔離回数の差異、面積基準「gris(グリス)」の定義を詳解。聖書本文の「深さ(白さ)」と「毛の色」の関係性を、2,000年前の「律法の現場」の視点から確認し、日本語圏における聖書学に明確な基準を提示する。


前回の振り返り:baheretとseetの基本カテゴリー


【1】 tzaraat判定の論理:baheretとseet

 口伝律法ミシュナに基づき、皮膚のしるしは以下の主要カテゴリー(avot)に分類される。

①baheret(バヘレット)

 毛が白くなっていない場合などは1週間の隔離を行い、変化がなければさらにもう1週間隔離する。

 最終的に色がくすむか広がっていなければ「清い」と判定されるが、隔離期間中に汚れを受けたと見なされる。

②seet(セエト)

 内部の毛が白い、あるいは「ただれ(健康な皮膚)」が混じっている場合は、隔離の必要なく即座に「汚れている(tzaraat)」と判定される。

 その他の点はbaheretと同じである。不確かな場合は2回の隔離期間を持ち、汚れも受ける。

【2】「全身被覆」の逆説的判定

 レビ記には、tzaraatが頭から足の先まで全身を覆った場合は逆に「清い」と見なされるという、一見不可解な規定がある。

 トーラやミシュナにこの状態についての解釈は示されていない。しかし以下の見解があり、興味深い。

①部分的なしるしはまだ罪を隠している状態を象徴するが、全身が真っ白になることは、内面の汚れがすべて表に出たことを意味する。

②悪しき性根が全て白日の下に晒されたからこそ、それは清めへの第一歩(回復の始まり)と解釈される。

 以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。

◉tzaraat(ツァラアト)の本質的定義 第2回:レビ記13章における判定論理:baheretとseetの具体的な内容、および「全身被覆による清浄」の逆説的真判定

https://note.com/mishnah/n/n2757adbbcc62

shechin(炎症)におけるtzaraatの発生:膜形成と判断のフェーズ


 今回はその続きである。まずレビ記13章18~23節を引用する。

 18もし、皮膚に生じた炎症(shechin:シェヒン)が一度治ってから、 19その跡に再び炎症(shechin)が起きて、白い湿疹(seet)か、赤みがかった白の疱疹(baheret)ができたならば、その人は祭司にその個所を見せる。 20祭司が調べて、確かに症状が皮下組織にまで及んでいて、その部分の毛が白くなっているならば、祭司はその人に「あなたは汚れている」と言い渡す。これは炎症(shechin)の跡に生じた重い皮膚病である。 21しかし、調べてみて、患部の毛が白くなっておらず、症状が皮下組織にまで及んでいなくて、治まっているならば、祭司はその人を一週間隔離する。 22もし、それが皮膚に広がるならば、祭司はその人に「あなたは汚れている」と言い渡す。それは重い皮膚病(tzaraat)である。 23もし、疱疹に変化がなく、広がらなければ、それは炎症の跡である。祭司はその人に「あなたは清い」と言い渡す。

(レビ13:18~23)

 この箇所を扱う前に、基本的な知識を持たなくてはならない。

 病気によるのであれ、打ち身によるのであれ、その傷はshechin(シェヒン:炎症)と呼ばれる。それが治っておらず、汁が出ている限り、多少の兆候を示していたとしてもtzaraatと診断されることはない。

 しかしそれが治り始めで薄い膜が傷口の上を覆っているなら、18~23節で扱われるshechin(炎症)になる。しるしが現れるなら、tzaraatの是非を確かめなくてはならない。

 若干翻訳に難があるので、分かりやすく言い換えながら解説する。

 まず「もし、皮膚に生じた炎症(shechin)が一度治ってから、 その跡に再び炎症(shechin)が起きて、白い湿疹(seet)か、赤みがかった白の疱疹(baheret)ができたならば」(18~19節)というのは、言葉を真に受けると誤解する。

 これは次のことを言っている。

①shechinが出来て、少し治ってきた。膜が出来た。

②その上にseetかbaheretが現れた。

 傷を負い、かさぶたが出来てきたが、その上にseetなりbaheretが現れた状態である。

 ここで今までの症状と異なるのは「赤みがかった白の疱疹(baheret)」とある点である。

 赤みがかったbaheretは、傷口の上に張った膜の上に出来やすい。そこで、ここで初めて触れられる。

 言い換えると、傷口の上ではない、通常の皮膚に現れるseetやbaheretであっても、赤みを伴うことがある。

 次に進む。

 「患部の毛が白くなっておらず、症状が皮下組織にまで及んでいなくて、治まっているならば、祭司はその人を一週間隔離する」(21節)とは、白さの程度もそれ程鮮やかではなく、その上に白い毛も無いならば、1週間隔離することを言っている。

 「もし、それが皮膚に広がるならば、祭司はその人に『あなたは汚れている』と言い渡す。それは重い皮膚病である。もし、疱疹(baheret)に変化がなく、広がらなければ、それは炎症(shechin)の跡である。祭司はその人に『あなたは清い』と言い渡す。」(22~23節)について、1週間の隔離期間で変化が無いなら、「清い」と宣言される。

 この点が1~17節と異なるのは、隔離期間の回数である。次のようにまとめられる。

①通常の皮膚の上の場合(1~17節)

 2回の隔離期間があり得る。

②shechinの上の場合(18~23節)

 1回の隔離期間で判断される。

 なお、18~23節のしるしはshechinの箇所の範囲内のみに関わっているものである。

 従ってその周囲の健康な皮膚に現れたしるしは別扱いである。たとえshechinの上のしるしと隣り合わせでも、別個に判定する。

通常の皮膚の場合の対応については、1~17節で確認した。

 以上でshechinについての解説を終えた。

michvat esh(火傷)と隔離回数の特例:通常の皮膚診断(1~17節)との構造的相違


 次は24~28節の火傷(michvat esh;ミフヴァト・エシュ)についてである。

 shechinの場合と同様、傷口が開いている限り、汚れを診断されることはない。少し治り始めてからtzaraatの是非を判断される。

 トーラには次のように書かれている。

 24皮膚にやけどをして、それがただれて、赤みがかった白か、白の疱疹(baheret)となった場合、 25祭司がそれを調べ、疱疹(baheret)の部分の毛が白く、それが皮下組織に深く及んでいるならば、それはやけどの跡に広がった重い皮膚病(tzaraat)である。祭司はその人に「あなたは汚れている」と言い渡す。それは重い皮膚病(tzaraat)である。 26しかし、調べてみて、疱疹(baheret)の部分の毛が白くなっておらず、症状が皮下組織にまで及んでいなくて、治まっているならば、祭司はその人を一週間隔離して、 27七日目に調べる。症状が皮膚に広がっているならば、祭司はその人に「あなたは汚れている」と言い渡す。それは重い皮膚病(tzaraat)である。 28しかし、その部分の疱疹(baheret)に変化がなく、皮膚に広がることもなく、治まっているならば、それはやけどの跡に生じた湿疹である。祭司はその人に「あなたは清い」と言い渡す。それはやけどの跡である。

(レビ13:24~28)

 これを見ると、michvat eshの対応は、shechinの場合と同じであることが分かる。

 なお、shechinについても、michvat eshについても、ほとんどbaheretしか触れられておらず、seetもsapachatは出てこないが、これはbaheretを典型として示しているからである。

 白さの程度がseetでもsapachatでも対応は同じになる。

最小面積基準「gris(グリス)」の定義:ミシュナ「Negaim」6章1節の適用


 なお、これらの変色の広さであるが、最低でもgris(グリス)の大きさとされる。

 これは大きなシチリアのレンズ豆を2つに割り、それを囲める四角形の広さであるとされる。Rashiによると、その中に36本の毛が生えるくらいの広さである。

 「Negaim」6章1節に次のように書かれている。

 基本的なbaheretはシチリアのgrisの大きさを四角形にしたものである。・・・(中略)・・・そこでnegaには36本の毛がある。

(Negaim 6:1)

 この「最低限の面積」は人のtzaraatに限らず、家屋、衣類のtzaraatにも準用される。

 以上も踏まえた上で先に進む。長いが取りあえず全文を掲載する。

netek(ネテク)の定義:毛の喪失と色(金・黒)による判定論理

 29男であれ、女であれ、頭かあごに皮膚病の症状が現れたときは、 30祭司はそれを調べる。症状が皮下組織に深く及んでおり、その毛が薄く黄色みを帯びているならば、祭司はその人に「あなたは汚れている」と言い渡す。それは白癬(netek:ネテク)で、頭やあごにできる重い皮膚病である。 31祭司が調べて、白癬(netek)の症状が皮下組織に深く及んでいるようには見えないが、その部分に黒い毛が全くなければ、祭司はこの患者を一週間隔離する。 32七日目に調べて、白癬(netek)が広がっておらず、患部に黄色みを帯びた毛がなく、白癬(netek)が皮下組織に深く及んでいるように見えなければ、 33患者は自分で患部の周りの毛をそり落とす。祭司はその人を更に一週間隔離する。 34七日目に調べて、白癬(netek)が皮膚に広がっておらず、皮下組織に深く及んでいなければ、祭司はその人に「あなたは清い」と言い渡す。彼は衣服を水洗いし、清くなる。 35もしその人が清められた後、白癬(netek)が再び皮膚に広がった場合、 36祭司はそれを調べ、皮膚に広まっておれば、黄色みを帯びた毛を探すまでもない。その人は汚れている。 37しかし、白癬(netek)に変化がなく、そこに黒い毛が生えてきているならば、白癬(netek)は治ったのであり、患者は清い。祭司はその人に「あなたは清い」と言い渡す。

(レビ13:29~36)

 この箇所に出てくる「白癬」もこれまでのseet、sapachat、baheretと同じく皮膚病ではない。

 そこで皮膚病の一種と混同しないように、アルファベット表記するのが適当と思われる。原語は「netek(ネテク)」である。

netekでは頭皮や顎の中の毛が抜ける。毛の抜けた領域は完全に毛に囲まれたままでなくてはならない。

 従って全て抜けてしまったら、そこではnetekは問題になり得ない。それは通常の皮膚と見なして判断することになる。

 まず「男であれ、女であれ、頭かあごに皮膚病の症状が現れたとき」(29節)について、これ以前のケースでは「男や女」という風には書いていなかった。

 しかし本節では顎の症状を扱うので、女性も含むことを示す為、このように記されている。

 「症状が皮下組織に深く及んでおり」とあるのは、患部が白く変色したことを表す。

 変色によって周りよりも深くなっているように見える状態である。

 baheret、sapachat、seetと、白さの表現が問題になったのは、それがどの程度深く見えるかという事実の表現の問題でもある。

 しかし実のところ、netekにあたっては、皮膚の色は本質的な判断基準ではない。

 ここで皮膚の変色について触れているのは、netekの場合も皮膚の変色を伴うのが通常であるからである。

 毛が抜けて、禿げた箇所に金色の毛が2本以上あり、かつ皮膚が変色していないtzaraatというのは、通常は見られないという事である。

 「その毛が薄く黄色みを帯びているならば」(30節)、この点がnetekとこれまでのtzaraatの大きな違いである。

 頭か顎の毛が抜けた後、2本の金の毛が現れることを要する。しかしRambamによると、金の毛の方が先でも、後にその箇所が禿げるならtzaraatである。

 「薄く」という点の解釈は2つある。1つは文字通りのものであり、もう1つは「短い」という意味に解する。

 以上の条件が整っているなら、「祭司はその人に『あなたは汚れている』と言い渡す」(30節)。

 つまり下のような条件である。

①頭か顎の一部の毛が抜けた。

 広さはgris以上である。

②黄色(金色)の毛が2本以上生えてくる。

(通常は皮膚が白く変色する)

 ここまでnetekの基本について解説した。次にnetekの判断に迷うケースである。再掲する。

判断を迷うライン:netekにおける1週間の隔離と「周りの毛を剃る」技術的意図

 祭司が調べて、白癬(netek)の症状が皮下組織に深く及んでいるようには見えないが、その部分に黒い毛が全くなければ、祭司はこの患者を一週間隔離する。

(再掲レビ13:32~33)

 前半部分はもしも明確にbaheret、sapachat、seetくらいの変色が見られるなら、祭司もすぐにtzaraatと判断しやすいという事情に触れていると思われる。

 言い換えると「それほど白くなく、黒い毛も無く、金色の毛だけがある」という状態が、判断を迷うラインであるのだろう。

 黒い毛が2本以上あるなら、その時点でtzaraatの可能性は無くなるから。

 このようなどちらとも判断しかねる場合、1回目の隔離をする。 次はその後の対応である。

 32七日目に調べて、白癬が広がっておらず、患部に黄色みを帯びた毛がなく、白癬(netek)が皮下組織に深く及んでいるように見えなければ、 33患者は自分で患部の周りの毛をそり落とす。祭司はその人を更に一週間隔離する。

(再掲レビ13:32~33)

 1回目の隔離の後も不確かな状態が変わっていないなら、患部の周りの毛を剃る。

 トーラでは「自分で」と書いているが、必ずしも自分で剃る必要はない。剃り方は、患部の周りの2本の毛を残して剃るのである。

これによって皮膚の変化が広がっていないか、2回目の隔離の後に祭司が確認するのである。

 2回目の隔離の後、状態が変わっていないなら、祭司は「清い」と宣言する。隔離によって本人は汚れた状態になるから、体と衣類を清める。

 次である。

 35もしその人が清められた後、白癬(netek)が再び皮膚に広がった場合、 36祭司はそれを調べ、皮膚に広まっておれば、黄色みを帯びた毛を探すまでもない。その人は汚れている。

(再掲レビ13:35~36)

 mikvehで清めた後、netekが皮膚に広がるようなら、祭司は汚れを宣言する。

 トーラには書かれていないが、金色の毛が現れた場合もそうである。

 しかし、白癬に変化がなく、そこに黒い毛が生えてきているならば、白癬は治ったのであり、患者は清い。祭司はその人に「あなたは清い」と言い渡す。

(再掲レビ13:37)

 ここまで読んでこれたのなら、説明は不要と思われる。

 今回の解説は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉【シリーズ目次】ミシュナ『Negaim』法理研究

https://note.com/mishnah/n/nb47b19971706

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c

(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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