エルサレム神殿における祭司の組(mishmarot:ミシュマロット)の組織構造と変遷:歴代誌からネヘミヤ記に至る家系再編の法理
*本稿では、第二神殿時代における神殿奉仕の根幹をなした「祭司の24組(mishmarot:ミシュマロット)」の組織論を、タナハ(旧約聖書)の記述から実証的に解説する。
ダビデ時代に確立されたエルアザル・イタマル両系統による16:8の編成比率と、その公平性を担保する「くじ」の運用を詳述。さらに、バビロン捕囚帰還後の「4家族のみ」という壊滅的な人的資源の欠乏に対し、第2神殿初代大祭司ヨシュア、2代目大祭司ヨヤキムがいかに伝統的名称を継承させ、24組の制度を再構築しようとしたのか。
ネヘミヤ記12章の姓名リストの精密な比較を通じ、聖所奉仕の正統性を維持せんとした祭司階級の制度的執念を明らかにする。
序論:神殿祭儀の同期システムにおける祭司(mishmarot)の役割
前回は神殿における日毎の焼き尽くす献げ物について、イスラエル全土を24に区分し、各地域からmaamad(マアマド)という代表団を組織することを扱った。
日毎の焼き尽くす献げ物は全イスラエルの為の献げ物であり、献げ物は所有者が立ち会うという原則があることから、週ごとに地区のmaamadがエルサレムに行き、祭儀に与ったのであった。
しかしmaamadを構成する全員が神殿に行くのではなく、一部はその地区に残り、神殿における祭儀の時間に創世記1章を天地創造の曜日に従って朗読したのであった。
たとえば、日曜日は1章1節〜8節を読んだのである。その他maamadに関する詳細は、前回の記事を見て欲しい。
◉ maamad(マアマド)の構造と法理 ― ミシュナ『Taanit(タアニート)』が解き明かす神殿奉仕と地方礼拝の同期システム
今回はこのmaamadの前で祭儀を行った者たち、祭司について扱う。
祭司の法的定義とアロン家系への職務収束
祭司はアロンの子孫でなくてはならない。これについては旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)から引用する。
次に、祭司としてわたしに仕えさせるために、イスラエルの人々の中から、兄弟アロンとその子ら、すなわち、ナダブ、アビフ、エルアザルとイタマルを、アロンと共にあなたの近くに置きなさい。
ここで神はモーセの兄弟であるアロンとその4人の息子(ナダブ、アビフ、エルアザル、イタマル)を「祭司としてわたしに仕えさせる」と明言している。この祭司職については、その後にも書かれている。
彼らの祭司職はこうして、不変の定めにより、彼らのものとなる。
しかしアロンの息子たちの内、年長者であるナダヴとアビフは不幸な仕方で死んでいる。次のように書かれている。
アロンの子のナダブとアビフはそれぞれ香炉を取って炭火を入れ、その上に香をたいて主の御前にささげたが、それは、主の命じられたものではない、規定に反した炭火であった。すると、主の御前から火が出て二人を焼き、彼らは主の御前で死んだ。
しかも、彼らには息子はいなかった。
ナダブとアビフはシナイの荒れ野にいたとき、規定に反した炭火を主の御前にささげて死を招いたが、彼らには子がなかった。エルアザルとイタマルは父アロンと共に祭司の務めをした。
従ってトーラによると、祭司職は実質アロンの2人の息子、エルアザルとイタマルの子孫ということになる。彼らが祭司職においてどのように組織されたのかは、歴代誌上24章に詳しい。少しずつ解説する。
歴代誌上24章における24組編成の政治学:ダビデ・ツァドク・アヒメレクの合議制
アロンの子らも組に分けられた。アロンの子らはナダブ、アビフ、エルアザル、イタマル。ナダブとアビフは父に先立って死に、子も残さなかった。そこでエルアザルとイタマルが祭司の務めを果たした。
これは上に書いた通りのものである。続きは以下の通りである。
ダビデは、エルアザルの子らの一人ツァドクとイタマルの子らの一人アヒメレクと共に、それぞれ任命されている奉仕に従って、アロンの子らを組に分けた。家系の長の数はエルアザルの子らの方がイタマルの子らより多いことが分かったので、エルアザルの子らは十六人の家系の長に従って、イタマルの子らは八人の家系の長に従って組に分けた。エルアザルの子らにもイタマルの子らにも聖所の長と神の長がいたので、彼らはくじによって組に分けられた。レビ人の一人、書記官ネタンエルの子シェマヤが、王と高官、祭司ツァドク、アビアタルの子アヒメレク、祭司とレビ人の家系の長たちの前で、それを記録した。エルアザルの家系が一つ選び出され、また一つ選び出されると、イタマルの家系も一つ選び出された。
まず最初の節「ダビデは、エルアザルの子らの一人ツァドクとイタマルの子らの一人アヒメレクと共に、それぞれ任命されている奉仕に従って、アロンの子らを組に分けた」についてである。ここでは次のことを言っている。
祭司の編成はダビデが行っている。
ダビデ王は独断で決めたのではなく、エレアザル系のツァドクとイタマル系のアヒメレクという、二大系統のリーダーと共に編成を行っている。これにより、王と祭司職全体の合意形成と正統性が担保されたことになる。
有力な家系の数はエルアザルの子孫の方が、イタマルの子孫よりも多い。
そこで有力な家系に従って、「エルアザルの子孫16組、イタマルの子孫8組」で編成した。
合計24組になる。1年間は彼らの暦では50週であるから、各組安息日から安息日まで1週間を担当すると、年に大体2回当番が回ってくることになる。次である。
エルアザルの子らにもイタマルの子らにも聖所の長と神の長がいたので、彼らはくじによって組に分けられた。レビ人の一人、書記官ネタンエルの子シェマヤが、王と高官、祭司ツァドク、アビアタルの子アヒメレク、祭司とレビ人の家系の長たちの前で、それを記録した。エルアザルの家系が一つ選び出され、また一つ選び出されると、イタマルの家系も一つ選び出された。
選出プロセスの透明性:書記官による記録と組長の選定
まず最初の「エルアザルの子らにもイタマルの子らにも聖所の長と神の長がいたので、彼らはくじによって組に分けられた」についてだが、「聖所の長と神の長」について解説する。
①「聖所の長」(サレイ・コデシュ):文字通りには「聖所を司る者」である。
②「神の長」(サレイ・エロヒーム):文字通りには翻訳の通り「神を司る者」である。
専門家の間でも、この2つが具体的に何の役職を指すのか、あるいは「神殿に関わる重要な指導者」を強調する類義語的な表現なのか、明確ではない。
ここでは確かなのは、エルアザルの家系からも、イタマルの家系からも、神殿奉仕の重要な役職を務める者がいたという事である。従って甲乙つけ難く、くじによって公平に役割分担したことを言っている。
「王と高官、祭司ツァドク、アビアタルの子アヒメレク、祭司とレビ人の家系の長たちの前で」というのは混乱しがちであるが、これは整理すると「王と高官、エルアザル系の祭司ツァドク、イタマル系の祭司アヒメレク、その他の祭司とレビ人の家系の長たちの前で」という事になる。役割分担は密室ではなく、公的な場で行われたという事である。
そして、レビ人の書記官シェマヤがその場で「記録した」のである。レビ人は祭司と同じくレビ族の家系であるが、アロンの子孫以外の家系である。つまり同族ではあるが、祭司になることは出来ない。
そのレビ人のシェマヤが公の場で引かれたくじに従って記録し、「どの家系が何番目の組か」という権利や義務を確定させたことになる。
「エルアザルの家系が一つ選び出され、また一つ選び出されると、イタマルの家系も一つ選び出された」とは、エルアザルの家系から16組、イタマルの家系から8組編成するので、前者の2つの家系がくじを引き、その後後者の1つの家系がくじを引くという仕方で進めたことを言っている。
こうして順番は決まった。結果は次の通りである。
第一のくじはヨヤリブに当たった。第二のくじはエダヤに、第三のくじはハリムに、・・・(中略)・・・第八のくじはアビヤに・・・(中略)・・・第二十三のくじはデラヤに、第二十四のくじはマアズヤに当たった。
本文の通り24組である。ちなみに「第八のくじはアビヤ」とあるのは、洗礼者ヨハネの父ザカリアが属していた組である。ルカによる福音書1章に次のように書かれている。
ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。
捕囚後における組織の崩壊と残存4族の統計
王国時代は歴代誌上にある通り組織されたが、バビロン捕囚を経て、その多くの祭司の家系はイスラエルに戻ることはなかった。断絶した家系もあり、また帰ることを望まない家系もあった。
帰還した家系のリストについては、エズラ記2章、ネヘミヤ記7章に書かれている。
祭司。エダヤの一族、すなわちイエシュアの家族九百七十三人、 イメルの一族千五十二人、パシュフルの一族千二百四十七人、 ハリムの一族千十七人。
箇条書きにすると、次の4つの家系のみである。
①エダヤの一族
②イメルの一族
③パシュフルの一族
④ハリムの一族
ネヘミヤ記では次のように記録されている。
祭司。エダヤの一族、すなわちイエシュアの一族九百七十三人、 イメルの一族千五十二人、パシュフルの一族千二百四十七人、 ハリムの一族千十七人。
エズラ記、ネヘミヤ記では同じ人物でも箇所によって異なる名前で呼ばれることが多いが、ここでは人数に至るまで一致している。
24のmishmarotを構成するのに、4つの家系しか聖地に戻らなかったことになる。
ネヘミヤ記12章の冒頭は次の通りである。
シェアルティエルの子ゼルバベルとイエシュアと共に上って来た祭司とレビ人は、次のとおりである。
セラヤ、イルメヤ、エズラ、アマルヤ、マルク、ハトシュ、シェカンヤ、レフム、メレモト、イド、ギネトイ、アビヤ、ミヤミン、マアドヤ、ビルガ、シェマヤ、ヨヤリブ、エダヤ、 7サル、アモク、ヒルキヤ、エダヤ。以上、イエシュア時代の祭司長とその仲間である。
ネヘミヤ記12章の解析:欠落と不一致が物語る祭司組織再興の過渡期
これらはゼルバベルと大祭司ヨシュアと共に、最初にバビロンから戻ってきた祭司たちの名前であり、22名書かれている。
歴代誌上の24組の名前を当てているものも見られ、少人数ながら祭司のmishmarotの制度を復興させようとした意図が窺える。
次のネヘミヤ記12章の続きを見る。以下の通りである。
(大祭司)ヨヤキム時代に祭司で家長であった者は、セラヤ家のメラヤ、イルメヤ家のハナンヤ、エズラ家のメシュラム、アマルヤ家のヨハナン、メリク家のヨナタン、・・・(中略)・・・サライ家のカライ、アモク家のエベル、ヒルキヤ家のハシャブヤ、エダヤ家のネタンエル。
まず冒頭のヨヤキムは帰還してから2代目の大祭司である。ネヘミヤ記12章1~7節の時の大祭司はヨシュアであるから、12~20節のリストは年数が経過していることになる。
ここは大体「〇〇家(組の名前)の、××(当時の家長)」という形式で書かれている。世代が交代しているのである。まとめると以下の通りである。
セラヤ家の、メラヤ
エレミヤ家の、ハナンヤ
エズラ家の、メシュラム
アマルヤ家の、ヨハナン
メリク家の、ヨナタン
シェバンヤ家の、ヨセフ
ハリム家の、アドナ
メラヨト家の、ヘルカイ
イド家の、ゼカリヤ
ギネトン家の、メシュラム
アビヤ家の、ジクリ
ミンヤミン家(※家長名の記述なし)
モアドヤ家の、ピルタイ
ビルガ家の、シャムア
シェマヤ家の、ヨナタン
ヨヤリブ家の、マテナイ
エダヤ家(イェダヤ)の、ウジ
サライ家の、カライ
アモク家の、エベル
ヒルキヤ家の、ハシャブヤ
エダヤ家(別のイェダヤ)の、ネタンエル
(結論の前に・・シリーズ記事の目次は以下からご覧になれます)
◉聖なる同期システム:祭司・レビ人・民が織りなす神殿奉仕の全貌【全7記事・完結】
https://note.com/mishnah/n/nca2eb55cd191
結論:制度的連続性の追求と第二神殿時代への展望
このように1~7節と見比べると若干の記録の欠落があるが、大体一致している。各組の祭司の人数は王国時代に比べて比較にならない位少なかったであろうが、数を近付け、mishmarotを再興しようとした努力をここにも見ることが出来るだろう。
いずれにしても、この祭司のmishmarotが前回扱ったmaamadの前で、週ごとに交代しながら奉仕したことになる。
今回は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
