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12年間出血の止まらない女性の真実――レビ記15章が定める「隔離」とイエスの放免

 福音書が描く「12年間出血の止まらない女性」の癒やしは、レビ記15章が定める「zavah(ザヴァー:異常出血)」の重い汚れの状態からの即時解放を意味するものとなっています。

 イエスが清めの為の律法上の待機期間や儀式を無視し、即座に女性を放免した行為が、どのように旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)と衝突するのか解説します。


はじめに:医学的苦境の背後に隠された「宗教的隔離」


 マルコによる福音書5章には12年間出血の止まらない女性の記事が書かれている。

 大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。

(マコ5:24~26)

 マルコによる福音書の記述からすると、12年間止まらない出血は医学的な原因であるかのように読める。しかしこの出血は単なる身体的な不調ではなく、旧約聖書の中で規定されていることである。

レビ記15章の規定:生理期間外の出血(zavah:ザッヴァー)が意味するもの

 もし、生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚れており、生理期間中と同じように汚れる。

(レビ15:25)

 女性は男性と異なり、性的な事情で周期的に出血する。レビ記15章のこの箇所で語っているのは、生理期間でないのに、出血している場合である。

 生理期間外の出血が起きた時、「生理期間中と同じように汚れる」とレビ記は教えている。この「汚れ」とは衛生的なものではないし、まじないのような意味の汚れでもない。もっと明確なことを表している。 

「汚れ(tumah:トゥマ)」の本質:衛生管理ではなく「聖域へのアクセス権」

 この「汚れ」は簡単に言うと、聖なるものに対して近付いてはならない状態である。たとえば「汚れている人」は神殿の敷地に入ってはならない。そこは神の臨在する所であり、献げ物も献げられる聖なる場所なのである。

 一言に「汚れ」と言っても程度がある。生理期間中の汚れは重く、今述べたように神殿に入ってはならないし、その他聖なるものに触れることも出来ない。

 続きの前に以下も参考に紹介します。

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 さて、繰り返すが彼女の出血は「12年間止まっていない」とあるのだから、生理期間以外の出血に及んでいる。しかしそれは「生理期間中と同じように」(レビ15:25)汚れるとあるので、取りあえず同程度の汚れと認識して問題はない。汚れの重さは変わらないのである。

通常の生理(niddah:ニッダー)と異常出血(zavah:ザヴァー):課せられた「7日間」の壁

 しかし汚れの程度は生理期間中の出血と同じでも、清める為の手続きは同じではない。トーラにおける「清くなる」の意味は、上記の「汚れる」とは正反対の状態であり、聖なるものに触れてよい状態になることをいう。つまり彼女は一定の手続きを経ることで神殿の敷地に入ってよいし、その他の聖なるものに触れることが出来るようになる。

 生理期間中の出血と、それ以外の出血とでは、その後清くなる為の手続きは異なる。それを少し解説する。

 まず通常の生理期間の出血について、次のように書かれている。

 女性の生理が始まったならば、七日間は月経期間であり、この期間に彼女に触れた人はすべて夕方まで汚れている。

(レビ15:19)

  生理期間の女性は7日間限定での汚れなのである。8日目に彼女はmikveh(ミクヴェ)に入り、身を清めて日没まで待てばよい。

 mikveh(ミクヴェ)とは検索して確認してもらえれば分かる通り、雨水を溜めたプールのようなものと認識していれば、取りあえずは問題ない。身を清めるとは、その中に身を浸すことをいう。

 しかし生理期間以外の出血については、次のように書かれている。

 彼女が出血の汚れから清くなり、七日間が過ぎたならば、その後は清くなる。八日目に、彼女は二羽の山鳩か家鳩を調え、それを臨在の幕屋の入り口で祭司に渡す。祭司は一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物として主の御前にささげ、彼女の異常出血の汚れを清めるために贖いの儀式を行う。

(レビ15:28~30)

 ここで注目すべきは「七日間が過ぎたならば」である。生理期間以外での出血では、血の出ない状態が7日間継続しなくてはならない。

 ところで、このような状態の女性自身が聖なるものに近付いてならないのと同時に、夫は彼女に近付いてはならない。次のように書かれている。

 もし、男が女と寝て月経の汚れを受けたならば、七日間汚れる。

(レビ15:24)

 もしも夫婦行為をしてしまったなら、夫も聖なるものに近付けない状態になる。

 このレビ記の箇所には書かれていないが、妻が生理中であることをを分かった上で行為に及んだのなら、更に恐ろしい状態を招くことになる。つまり妻が生理と分かっていて行為に及んだ場合と、終わってから、知らないで後で気付いた場合とでは、その後受ける天からの罰則が異なる。しかし今回はこの罰則の詳細については立ち入らない。

 話を戻すが、マルコによる福音書に出てくる12年間出血している女性は、以上により、少なくとも次のことが言える。

①彼女は神殿の中に入ることは出来ない。
②彼女は夫と夫婦行為をすることは許されない。
③出血が止まった後、7日間は出血しないことを確認しつつ待機しなくてはならない。

mikveh(ミクヴェ)と献げ物:社会復帰への過酷なロードマップ

 彼女はたとえ出血が止まっても、7日間出血していない状態を確認する必要がある。その上でmikveh(ミクヴェ)で身を清めることになる。

 しかも上掲レビ記15章にある通り、8日目に規定の献げ物を献げなくてはならない。それによって、やっと彼女は完全に清くなる。

 ここまでの内容を時系列で確認すると、彼女が平常の生活に戻るには、以下の過程を経る必要がある。

①12年間出血
②出血が止まる
③7日間の出血のない期間の待機
④mikveh(ミクヴェ)で体を清める
⑤8日目に献げ物を献げる


結論:イエスの「即座の放免」が投げかける宗教的波紋

 しかし福音書を見て欲しい。次のように書かれている。

(女は)イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。すると、すぐ出血が全く止まって病気がいやされたことを体に感じた。・・(中略)・・イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。もうその病気にかからず、元気に暮らしなさい。」

(マコ5:27~34)

 イエスは即座に彼女を放免している。「7日間出血が止まっていることを確認しなさい」とは言っていない。勿論mikveh(ミクヴェ)で身を清めることにも、献げ物についても言っていない。

 これはキリスト教の教会の側から言うなら、イエスの権威は律法を凌駕していると主張する根拠になるだろう。他方でユダヤ教の側から言うなら、不正確な記述であり、旧約聖書を無視する記述であり、憤りを感じる部分であろう。

*本稿では理解の便宜の為、一律に「生理期間以外の出血は7日間の待機期間を要する」と説明していますが、厳密に言うと若干間違っています。

 具体的に言うと、生理期間外での1日、または2日の出血は、7日間待つ必要がありません。出血が3日以上続いた場合、初めて7日間の待機期間を要します。これについては、「女性の汚れ」として後日回を設けます。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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