ミシュナ『Niddah』の法理研究 第1回:niddahとzavahの定義、月経サイクル、gris
*本稿は、古代ユダヤ教における口伝律法『Niddah』、およびハラーハー(ユダヤ法)の不浄論に関する歴史的・法理学的分析を目的とした純学術的な論考である。記述される身体現象、儀礼、および性的禁忌に関する言及は、すべて宗教法学的文献の正確な読解に基づくものであり、性的な関心を喚起する目的、あるいは公序良俗に反する意図は一切含まれていない。
本稿は口伝律法ミシュナ第6部『Tohorot(トホロット)』に属する『Niddah(ニッダー)』の第1回目の解説である。
トーラ(モーセ五書)レビ記の根拠規定に基づき、月経状態(niddah)および異常出血状態(zavah ketanah / zavah gedolah)における不浄(tumah:トゥマ)の厳密な定義、maga、masa、midrasによる汚れの伝播論理、およびタルムード期における法意の変遷を解説。
さらに、子宮出血の内部感覚を巡る、ラビたちの規定と、現代のハラーハーにおける血痕判定基準「gris(グリス)」の法理的帰結までを包括的に検証する。
ミシュナ『Niddah』篇における不浄論の基礎規定と伝播論理
この記事から口伝律法ミシュナ「Niddah」の研究を始める。ミシュナ本文に入る前に、まずはniddah(ニッダー)、zavah(ザヴァー)について基本的なことを述べなくてはならない。
niddah(月経状態)の定義とトーラ次元の法的効果
最初にniddah(ニッダー)について解説する。
女性が月経周期の開始時(後述)に経験する最初の子宮からの出血により、彼女はniddahとしてtamei(タメイ:汚れた状態)になる。
niddahはその期間中の出血回数に関わらず、7日間tameiの状態が続く。
例えば最初の出血から7日目まで毎日激しい出血をしていても、それで重い汚れを帯びるのではない。
逆に初日に出血して以来、全く出血しなくても、それで軽い汚れを持つのでもない。
トーラには次のように書かれている。
女性の生理が始まったならば、七日間は月経期間であり、この期間に彼女に触れた人はすべて夕方まで汚れている。
7日目の終わりまでに出血が止まっていれば、彼女は7日目の後の夜にmikvehに浸かり、tahor(タホル:清い状態)になる。
tahor(タホル:清い状態)とtamei(タメイ:汚れた状態)については学術誌にも普通に使われる用語であり、また必要でもあるので、ここでも用いることにする。
不浄の伝播論理:maga、masa、midrasの法意
niddahの汚れには2重の意味がある。まず彼女はav hatumah(アヴ・ハトゥマー)として、重い汚れを持つことになる。
彼女は接触を通じて人、器、食物に汚れを移す。直接の接触による汚れの伝播をmaga(マガ)と呼ぶ。
さらに、直接触れていなくても、彼女を運ぶ人や、彼女が体重をかけている寝台(または敷物など、人がその上に体重をかけるものとして作られたもの)にも汚れを移す。
直接触れていなくても、運ぶことによって汚れが移ることをmasa(マサ)と呼び、直接触れていなくても、体重をかけることによって汚れが移ることをmidras(ミドラス)と呼ぶが、これらについてはトーラの中に明記されており、追々詳しく扱うことにする。
niddah期における夫婦行為の禁止とchatat(贖罪の献げ物)の罰則
また、niddahとの性行為は禁止されている。
生理期間中の女と寝て、これを犯した者は、女の血の源をあらわにし、女は自分の血の源をあらわにしたのであって、両者共に民の中から断たれる。
「両者共に民の中から断たれる」とは、月経中の妻と意図的に夫婦行為をするならkaretになることを言っている。
不注意で月経中の妻と性行為をしてしまった場合には、chatat(贖罪の献げ物)を献げなくてはならない。
さて、niddahの状態にある女性と性行為をした夫は7日間tameiとなり、niddah自身とほぼ同様の仕方で汚れを移す。トーラには簡潔に次のように書かれている。
もし、男が女と寝て月経の汚れを受けたならば、七日間汚れる。またその男が使った寝床はすべて汚れる。
同じ程度の汚れ(ここではav hatumah)であっても軽重があり、汚れの移し方にも相違があるので、個々のケースで確認する必要がある。これも後の回で追々述べることにする。
以上でniddahについての概論を終えた。
zavah(異常出血状態)の法理と11日間の月経サイクル
次にzavah(ザヴァー)について述べるが、その前に女性の月経の周期について話さなくてはならない。
上に述べた通り、最初の子宮からの出血により、女性は7日間niddahとなる。その期間中の出血量によって何も左右されない。
この7日間のniddah期間が終わると、女性は11日間の期間に入る。この11日間の出血によって、律法上女性はniddahとは異なる立場に置かれることになる。それがzavah(ザヴァー)である。
zavahは2つに分けられる。
①zavah ketanah(ザヴァー・クタナー)
文字通りには「小さいzavah」を表す。
11日間の内1日、または2日連続で出血した場合、zavah ketanahとなる。
②zavah gedolah(ザヴァー・グドラー)
文字通りには「大きいzavah」を表す。
11日間の内3日連続で出血した場合、zavah gedolahとなる。
呼称に表れているように、汚れの程度でいうと以下のようになる。
zavah ketanah < zavah gedolah
次にこの2つのzavahがどのように異なるのか説明する。
zavah ketanahからzavah gedolahへ:3日連続出血という基準と8日目の献げ物
月経期間の7日間の後の11日間に出血を経験した場合、彼女は直ちにzavahとしてtameiになる。この場合、1日の「clean day(出血のない日)」を置く必要がある。
彼女はそのclean dayの朝にmikvehに浸かり、その日に出血がなければ、日没後から夫との夫婦行為を行うことが出来る。
もしそのclean dayに出血があった場合は、翌日を改めてclean dayとして様子を見なくてはならない。このような状況にある女性が、zavah ketanahである。
複雑で間違いやすい点は、11日間の間に1日の出血及び連続して2日の出血であるなら、zavah ketanahであるという事である。これが3日以上になると話が変わる。
もし彼女が3日連続で出血を経験した場合、彼女はzavah gedolahとなり、7日間の連続したclean dayを数えなければならない。さらに、mikvehで身を清めた後、彼女はトーラで規定された献げ物を持参しなければならない。次のように書かれている。
28彼女が出血の汚れから清くなり、七日間が過ぎたならば、その後は清くなる。 29八日目に、彼女は二羽の山鳩か家鳩を調え、それを臨在の幕屋の入り口で祭司に渡す。 30祭司は一羽を贖罪の献げ物、他の一羽を焼き尽くす献げ物として主の御前にささげ、彼女の異常出血の汚れを清めるために贖いの儀式を行う。
この箇所には明記されていないが、7日間が経過した後、まずmikvehに入る。その後8日目に2羽の山鳩か家鳩を献げることになる。
7日目にmikvehに入ってから8日目に献げ物を献げるまでの期間について、terumahを食べることが許される。ただし8日目に献げ物を献げる前に、kodashimに触れてはならないし、神殿に入ってもならない。
niddah、zavah ketanah、zavah gedolahのまとめ
以上をまとめると以下のようになる。
(1)niddah
①定義
月経期間に出血をすること。7日間の月経期間の間に何度出血してもniddahであり、汚れの程度や清めの手続きは変わらない。
②清めの手続き
7日目の後の夜にmikvehに浸かり、tahorになる。
(2)zavah ketanah
①定義
月経期間の7日間の後の11日間に1日、または2日連続で出血を経験した場合に該当する。
②清めの手続き
出血後1日のclean dayを置く必要があり、朝にmikvehに入り、そのまま出血が無ければ、日没から夫婦行為を行ってよい。
(3)zavah gedolah
①定義
月経期間の7日間の後の11日間に3日連続で出血を経験した場合に該当する。
②清めの手続き
出血後7日間のclean dayを置く必要があり、7日目にmikvehに入る。更に8日目に2羽の山鳩か家鳩を献げる。
以上でniddah、zavah ketanah、zavah gedolahについての概論を終えた。
月経サイクルの再開条件とタルムード期における規定の一律適用
さて、新しい月経期間のサイクルであるが、2通りある。
①「7日間の月経期間+11日間」の後の最初の出血
これは11日間の間に出血しなかった場合、またはzavah ketanahになった場合のサイクルである。基本的にはこの合計18日間の後の最初の出血で、次の月経サイクルが始まる。
②7日間のclean dayを守った後の最初の出血
これはzavah gedolahになった場合である。zavah gedolahになったら、7日間のclean dayを守らなくてはならない。その後の最初の出血から、新しい月経サイクルが始まる。
ただし、11日間の初期にzavah gedolahになり、この11日間の間にclean dayを守ることが出来るなら、結果的に①と同じ仕方で次の月経サイクルが始まる。
しかし出血が7日間の月経期間であるのか、その後の11日間であるのか、女性本人にとっても追跡することは容易ではない。
その為既にタルムードの時代には、いつ、どれくらいの期間出血したかに関わらず、すべての女性がzavah gedolahとしての厳格な規定を適用し、7日間の「clean day」を数えるという慣習が定着した。
子宮出血の自覚(hargashah)とラビ由来法の寛容性
ところで月経期間の始まりについて、トーラには次のように書かれている。
女性の生理が始まったならば、七日間は月経期間であり、この期間に彼女に触れた人はすべて夕方まで汚れている。
翻訳には表れていないが、「女性の生理が始まったならば」の箇所には「彼女の肉の内に(in her flesh)」という一語が入っている。「体の外に出血したら」という単純な仕方ではなく、「彼女の肉の内に」と表現していることから、トーラ次元の汚れの開始は、外への出血よりも女性本人の自覚に存すると解釈されている。
すなわちトーラにおいては、「女性が子宮から血液が排出される際の内部的な感覚を伴わない限り、niddahやzavahとしてtameiになることはないと規定されている」と解釈されている。
由来不明の血痕に関するラビ規定と「gris」基準のシラミ擬制擬律
しかし、ラビたちは、たとえそのような感覚が全くなかったとしても、子宮から出血した時点で女性はniddahになると定めた。さらに、特定の条件下では、自分の体や衣服に子宮からの血が滴ったと思われる血痕を見つけただけでも、彼女はniddahとしてtameiになる。
この規定はラビ由来のものであるため、ラビたちはその適用において意図的に寛容な姿勢をとり、もし外部の血液由来であるという妥当な説明がつく場合には、その血痕を外部のものと見なすことを認めている。
この原則の重要な応用例として、血痕がある一定の最大サイズ(後述)までであれば、それを「潰されたシラミ」の血に帰せることが出来るというものである。
当時、人が住む地域ではシラミは非常に一般的で、人々は日常的にシラミを潰していた。タルムード(ゲマラー 58b)には、「シラミの血が何滴もついていないベッドはない」と記されている。
このため、ラビたちは、女性が由来不明の血痕を見つけた場合、それは子宮からの血ではなく、潰されたシラミの血であると想定してよく、彼女はtahorのままでいられると規定した。
最大級のシラミであっても、その血液量は「gris(グリス)」(引き割り豆のサイズ)大のシミを作るのがやっとであると判断されている。したがって、「gris」以下のサイズの血痕のみが、シラミの血に由来するものと見なすことが出来る。
このシラミの血とみなす律法は、シラミが比較的珍しくなった今日でも適用される。
次回からミシュナ本文に入る。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Niddah』法理研究
https://note.com/mishnah/n/nb46479539fed
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
