ミシュナ『Sanhedrin』法理研究 第2回:鞭打ち刑の判事人数論争、「月の日数決定(29日制/30日制)」と「13ヶ月目の挿入」を巡る最高法院の司法管轄権(1章2節)
【学術研究および歴史的背景に関する免責事項】本稿は、古代ユダヤ教の法典である口伝律法ミシュナおよびその関連文献の記述に基づき、当時の司法制度、法理学、および歴史的背景を客観的に検証・解説する学術的論考である。本稿に登場する「死刑」、「鞭打ち刑」などの司法・刑罰に関する言及は、すべて宗教法・比較法制史の解説を目的としたものであり、特定の暴力行為、人権侵害、または違法行為を肯定・助長・推奨する意図は一切ない。
本稿は口伝律法ミシュナ第4部『Nezikin(ネジキン)』に属する『Sanhedrin(サンヘドリン)』の第2回目の解説である。
今回は『Sanhedrin』1章2節を扱い、39回の「鞭打ち刑」を巡る判事人数の対立(3人か23人)の聖書的根拠、前月が29日であったか30日になるか確定する新月の判断、また閏年の判断、すなわち13ヶ月目を加えるか否かの判断と宣言における、エルサレム最高法院(サンヘドリン)の動的な意思決定プロセス(3人・5人・7人の審議拡張法理)について、トーラ(出エジプト記・民数記・申命記)やゲマラ、マイモニデス(ランバム)の解釈を交えて手加減なしに解説する。
前回の振り返り:3人法廷の聖書的根拠と「金銭・傷害・婚姻」の司法管轄権
前回は古代ユダヤ教の口伝律法『Sanhedrin』第1章1節を取り上げ、3人法廷の聖書的根拠とその司法管轄権、また妻の不貞に関する中傷を巡る裁判において、必要な判事の人数の論争について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】3人法廷の聖書的根拠
3人法廷の起源は、出エジプト記22章6~8節の記述に基づいている。この箇所では、無償の受託関係における紛争が扱われているが、「判事」を意味する「エロヒーム」という単語が3回登場することから、金銭事件を裁くには少なくとも3人の判事が必要であると導き出されている。
【2】3人法廷の司法管轄権
『Sanhedrin』1章1節では、以下の事案が3人法廷の管轄とされている。
①金銭訴訟
自白、貸付、結婚契約書(ketubot:ケトゥボット)、相続、贈与に関する事案である。経済の停滞を防ぐため、貸付などのケースでは公式に任命されていない判事による裁判も許容されていた。
②盗難・傷害
原則として公式の判事が必要であるが、ディアスポラ(離散地)においては現地の判事がイスラエルの裁判官の代理として裁くことが必要ともされていた。
③賠償金訴訟
全額賠償のほか、家畜による損害などの「半分を賠償する訴訟」、窃盗における「2倍、4倍、5倍の賠償」などが含まれる。
④家族法における罰金刑
強制性交、誘惑、および夫による「妻の貞節に関する中傷」といった、特定の罰金(50〜100シェケル)が科される事案も3人で裁かれる。
【3】裁判官の人数をめぐる法理学的論争
「妻の貞節の評判を落とす主張(夫による不当な中傷)」の裁判について、以下の2つの視点が示されている。
①ラビ・メイルの視点
この裁判の本質を「100シェケルの罰金」という金銭的な問題と捉え、3人の裁判官で十分であると考える。もし裁判の過程で死刑に値する不貞が証明される可能性が出た場合に、その時点で裁判官を追加すればよいという立場である。
②ラビたち(chachamim:ハハミーム)の視点
この事案は最初から23人の判事で裁くべきだと主張する。なぜなら妻の不貞が事実であれば死刑(極刑)に関わる事案となり、途中で判事を追加することは「元の判事に能力がなかった」ように見え、法廷の権威を損なう恐れがある。そこで最初から十分な人数が必要であるとする。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Sanhedrin』法理研究 第1回:3人法廷の聖書的根拠と「金銭・盗難・婚姻」をめぐる司法管轄権の法理(『Sanhedrin』1章1節)
https://note.com/mishnah/n/n5c94dc346456
ミシュナ『Sanhedrin』1章2節のテキストと「鞭打ち刑」の法理学的解釈
今回はこの続きである。口伝律法ミシュナ「Sanhedrin」1章2節の本文を引用する。
鞭打ちの判決は3人で出される。ラビ・イシュマエルの名によって、彼らは言った。23人による。
鞭打ちの刑とは、39回の鞭打ち刑の事である。鞭打ち刑に関わる訴訟案件は3人の公式に任命された判事によらなくてはならないという規定である。この人数の根拠はトーラから演繹されている。
3人法廷の最少人数導出:申命記25章1節の複数形解釈
二人の間に争いが生じ、彼らが法廷に出頭するならば、正しい者を無罪とし、悪い者を有罪とする判決が下されねばならない。
翻訳では主語が明示されていないが、原文では「彼ら」という主語が置かれている。ヘブライ語で人数が明記されていない複数形は、基本的に「2つ」、あるいは「2人」と解釈される。
それに従うと、判事の人数は2人であるが、有罪か無罪の審判を下す必要があるので、判事の人数は奇数とされている。そこで最少人数は3人になる。
ラビ・イシュマエルの23人法廷説
この見解に対して、ラビ・イシュマエル(Rabbi Yishmael)の名前で「23人による」と書かれている。
ラビ・イシュマエルによると、鞭打ち刑の裁判には23人の裁判官が必要である。
その理由は上記の申命記25章1節における、「悪い者(rasha:ラーシャー)」という単語に求められている。これに関してトーラを2箇所引用する。
①【鞭打ち刑に関する箇所】
「もし有罪の者が鞭打ちの刑に定められる場合、裁判人は彼をうつ伏せにし、自分の前で罪状に応じた数だけ打たせねばならない。」(申25:2)
この箇所の「有罪の者」、「彼」は「悪い者(rasha:ラーシャー)」の単語が使われている。
②【死刑に関する箇所】
あなたたちは、死罪の判決を受けた殺害者の生命と引き換えに贖い金を受け取ってはならない。彼は必ず死刑に処せられなければならない。
「彼」は「悪い者(rasha:ラーシャー)」の単語が使われている。
このようにトーラの中で「悪い者(rasha:ラーシャー)」という言葉が、鞭打ちを受ける者(申命記25章2節)と死刑に処される者(民数記35章32節)の両方において使われている。
そこでラビ・イシュマエルは、死刑事件が23人で裁かれるのと同様に、鞭打ち刑も23人で裁かれるべきだと結論付けたものである。
他方でゲマラ(Gemara)において、鞭打ち刑は「死刑の代わり」と見なされるため、死刑と同じ規則が適用されるという説明もなされている。すなわち彼は神の命令に背いたので、本来的には死に値するが、鞭打ちで済ませられるというものである。従って訴訟手続も基本的に同じであり、23人の判事によって裁くという事である。
ユダヤ暦(太陰太陽暦)における時間計算と新月宣言の司法管轄
続きには次のように書かれている。
月の挿入(30日目の追加:intercalation of the month)の判断は3人の判事による。13ヶ月目の挿入(intercalation of the year)、すなわち、必要に応じて1年に1ヶ月を追加するかどうかの決定も、3人の判事よって行われる。これらはラビ・メイルの言葉である。
太陰暦においては、1ヶ月は正確には29日と12時間793ハラキーム(chalakim)で構成される。
太陰暦の精密計算:ハラキーム(chalakim)単位による1ヶ月の定義
chalakimについては、次のように説明出来る。すなわち1時間を1,080に分けた単位を「chelek(ヘレク:単数)」、その複数形が「chalakim(ハラキーム)」である。
793ハラキーム(chalakim)は44分である。よって太陰暦においては、1ヶ月は正確には29日と12時間44分になる。
トーラでは1ヶ月は1日単位で構成することとされているので、1年の内29日の月と、30日の月が出てくることになる。
新月の判断は目撃証言によって判断される。もし29日目の日没後に「新月を見た」という目撃証言があるなら、続く30日目は新月であると宣言される。
この時、過ぎ去った月は29日あったことになる。
もし新月が見えなかったり、あっても有効な証言でなかったなら、31日目に自動的に新しい月が始まる。この場合、過ぎ去った月は30日あったことになる。
法廷が関わるのは、29日目の夕暮れの新月に関する判断である。29日目の夕暮れの新月の有無は、30日目の日中に行われる。
この方法による暦の維持はユダヤ暦4119年(西暦359年)まで行われている。後年の暦については後述する。
出エジプト記12章に基づく3人法廷の新月宣言
「月の挿入(30日目の追加:intercalation of the month)の判断は3人の判事による」根拠として、トーラには次のように書かれている。
エジプトの国で、主はモーセとアロンに言われた。「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。」
神はモーセとアロンの2名に新月の宣言を命じているので、まず1人ではなく複数人で行う必要があると導き出される。実際に新月を決定するのは多数決によるので、奇数である必要がある。よって新月の宣言をするのは、3人でする必要があることになる。
聖書的農耕サイクルと「閏年」挿入の律法的必然性
次に閏年の必要性についてである。ここでの閏年とは、1年を12ヶ月とするのではなく、13ヶ月とする手続きをいう。
季節は太陽を基準に巡っているが、太陽暦は太陰暦よりも約11日間長い。そこで何らの調整措置も行わないなら、毎年太陰暦は太陽暦よりも約11日間早く進行することになる。
3年経てば約1ヶ月のズレが生じ、太陰暦で各月に訪れる季節も、年ごとに一定しない。例えばニサンの月はある年は春であり、ある年は夏であることが普通に起こる。ところがトーラには次のように書かれている。
アビブの月を守り、あなたの神、主の過越祭を祝いなさい。アビブの月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出されたからである。
アビブは文字通りには「作物の成熟」を表す。現代ヘブライ語では「春」を意味する。
トーラには「アビブの月」に過越祭を祝うように命令している。他方で、その約50日後にあたる七週祭(Shavuot:シャヴオット)については次のように書かれている。
初物の日、すなわち七週祭に新穀の献げ物を主にささげるときには、聖なる集会を開く。いかなる仕事もしてはならない。
この箇所ではShavuotの時期は「初物(穀物や果実)」が実る季節であり、新しく収穫された小麦を主に献げる時期であることを示している。
このように、トーラが規定する祭りは特定の季節(農耕サイクル)と直結している。その為、暦と季節がズレてしまわないよう、1つ余分な月(第2アダル月)を12番目の月の後に加える「13番目の月」の設定が必要になる。本稿では、上述の通り、この13番目の月を要する年を「閏年」と呼ぶ。
現代ユダヤ暦における19年周期の閏年配置
ミシュナの時代はサンヘドリンがその都度判断していたが、現在のユダヤ暦では19年サイクルの自動的な暦が導入されている。その内第3年、第6年、第8年、第11年、第14年第17年、第19年が閏年となり、1年が13ヶ月になる。
さて、ミシュナに「13ヶ月目の挿入(intercalation of the year)、すなわち、必要に応じて1年に1ヶ月を追加するかどうかの決定も、3人の判事よって行われる。これらはラビ・メイルの言葉である」とあるのは、閏年の判断には3人判事の法廷が必要であるという見解を示している。
「3人判事の法廷」というと、各コミュニティごとに閏年を検討し、宣言していたように聞こえる。しかしここの「3人判事の法廷」は、金銭訴訟など身近な事案を扱う地方の「3人判事の法廷」ではない。エルサレムの最高法院で組織される特別の法廷である。これについては、下ですぐに扱う。
エルサレム最高法院(サンヘドリン)における閏年審議の動的意思決定プロセス
続きには次のように書かれている。
ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルは言う。3人で議論を始め、5人で継続し、7人で結論が出される。3人で決めてしまったら、それは有効である。
エルサレムの最高法院では、最も賢明な者がNasi(ナシ)として任命され、最初の最高法院を宰領したモーセの役割を担う。閏年の検討は、以下のような過程を経て行われる。
ラッバン・シモン・ベン・ガマリエルが規定する「3人・5人・7人」の段階的審議拡張法理
(1)検討委員の任命
Nasiは閏年の検討の為に、最高法院の議員から7人を選ぶ。
(2)最初の検討
最初に7人の内の3人で検討する。
(3)継続審議の是非
3人の内の1名が議論を継続し、真剣な検討を要すると判断した場合、議論は継続されない。閏年は宣言されないことになる。
もしその内の2人が「追加のメンバーを加えて議論を継続するべきである」と意見した場合、更に2名が追加される。
(4)5人による検討
5人の内の3人が閏年の必要はないという意見であるなら、通常の年であることが決まる。
5人の内の3人が閏年の必要があると判断するなら、更に2名追加される。
(5)7人による宣言
5人による検討結果を踏まえ、7人で閏年を宣言する。
Maimonides(Rambam)によると、7人でも閏年の是非を審議する。
この宣言までの過程は、議員の間で意見が一致しなかった場合である。ゲマラでは議員の意見が一致しなかった場合しか扱っていない。
この点、閏年の宣言が必要であり、かつ更なる議論も不要であるという意見で一致するなら、即座に宣言されるという見解がある。しかし異論があってもなくても、同じプロセスで進めるという見解もある。
ミシュナ本文では「3人で決めてしまったら、それは有効である」と書かれている。3人で議論し、閏年を宣言してしまったら、Nasiが同意した場合有効であるという見解を示している。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Sanhedrin』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n8cf87c1bb399
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef
