ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第1回:4つの領域の法的定義と、トサフォート注釈に基づく「内側に4、外側に4」の反転法理
本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第1回目の解説である。
今回は『Shabbat』1章1節の冒頭箇所を取り上げる。安息日に禁止される39のメラハー(melachah)のうち、なぜ「領域間の運搬」が冒頭に配置されているのか、またハラーハー(ユダヤ法)における4つの領域(私的な領域、公的な領域、免除された場所、karmelit[カルメリット])の厳密な定義を詳解。
更に「ある領域から別の領域へ物を移動させること」の構成要素として、アキラー(akirah:持ち上げること)とハナハー(hanachah:置くこと)を提示。最後にTosafot注釈による「内側に4、外側に4」の主客反転ロジックまで徹底的に解説する。
安息日に禁止される39の仕事(melachah:メラハー)の前提
本稿の第1番目の記事において、安息日にしてはならない仕事について簡単に解説した。今回から詳細にその内容を見ていきたいと思う。
安息日にしてはならない仕事は、ミシュナの中で39個挙げられている。今回はその内の39番目の「ある領域から別の領域へ物を移動させること」について扱う。
なお、その他安息日にしてはならない仕事(melachah:メラハー)についての基本的な知識に不安のある方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉安息日に禁じられた39のmelachah(メラハー):ミシュナ「Shabbat(シャバット)」により解明される、幕屋建設に関わる創造的活動
https://note.com/mishnah/n/n3c7de6af9a9c
ハラーハー(halachah:ユダヤ法)における「四つの領域」の厳密な定義
最初に4つの領域について学ばなくてはならない。安息日の律法において、場所は以下の4つに分類される。
(1)私的領域(reshut hayachid:レシュート・ハヤヒッド)
「私的な領域」の定義は次の通りである。
①広さ
少なくとも4手幅四方あること。「手幅」は原文で「tefach(テファ)」であり、複数形では「tefachim(テファヒーム)」である。本稿では基本的に日本語の「手幅」を用いる。
1手幅 = 8~10センチである。
従って、面積として32センチ四方~40センチ四方なくてはならない。
②高さ
10手幅以上の壁で囲まれていること。ただし深さ10手幅の穴も、私的な領域の条件を満たす。
(2)公的な領域(reshut harabbim:レシュート・ハラビーム)
幾つかの条件がある。
①道幅が少なくとも16キュビット(約8メートル)あること。
②屋根がないこと。
③町を完全に通り抜けていること。
④多くの人々が往来すること。
この内④については1日に60万人以上の往来と定義する見解もある。
なお、公的な領域の「空中」が公的領域と見なされるのは、高さ10手幅(80~100センチ)までである。それより高い空間は「免除された場所(後述)」と見なされる。
具体的には、大都市の通りや広場、それらに通じる開放された道路などが該当する。
(3)免除された場所(exempt area)
①定義
公的な領域内にある、面積が4手幅平方未満で、高さが3手幅以上ある場所。
②特徴
私的領域にも公的領域にも該当しない「中立」的な場所である。
具体的には、例えば小さな穴・溝(4手幅平方未満であり、かつ3手幅以上の深さ)が挙げられる。人が入るには狭すぎであり、かつ公的な領域の中で半独立の場所をイメージすればよい。
同様に、突き出ている場所も対象で、例えば公道にある細いポスト(4手幅平方未満であり、かつ3手幅以上の高さ)の上の平らな面も「免除された場所」になる。
(4)カルメリット(karmelit)
トーラで用いられている用語ではなく、ラビたちによって定められた概念である。「半公的な領域(semipublic domain)」と訳されることもある。「karmelit」は純粋に法的な用語になっている。
トーラでは「免除された場所」に分類される。
karmelitは公的な領域の性格を持っている部分もあり、私的な領域の性格を持っている部分もある。
定義は以下の通りである。
①公的領域の基準を満たさない開放された土地。
公的な領域の基準は満たしていない。例えば夥しい人の往来は無い。
②4手幅平方以上の面積があり、壁の高さ(または穴の深さ)が3手幅から10手幅未満である。
「4手幅平方以上の面積」は私的な領域の条件を満たしているが、「10手幅未満の壁または穴の深さ」は私的な領域の条件を満たしていない。
③海
海や河川はkarmelitとされる。
karmelitの上空の10手幅までがkarmelitと見なされ、それよりも上の空間は「免除された場所」となる。
以上のように、律法において場所・空間は(1)~(4)のどれかに分類される。
領域間の移動(運搬)におけるトーラ(聖書)とラビの禁止規定
安息日に禁止されるmelachah、つまり「ある領域から別の領域へ物を移動させること」は、2つある。
【1】「公的な領域」と「私的な領域」の間の移動
公的な領域から私的な領域へ、逆に私的な領域から公的な領域へ物を移動させることは、トーラの次元で禁止されていると解されている。
不注意でこれらの領域をまたいで物を移動させた場合、贖罪の献げ物(chatat)を献げなくてはならない。
【2】「公的な領域」内において、物を4キュビット(約2メートル)以上移動させること
公的な領域内であっても、安息日に4キュビット以上物を動かすことは、トーラの禁止に触れる。
不注意で4キュビットを以上物を移動させた場合、贖罪の献げ物(chatat)を献げなくてはならない。
その他の領域の間の移動については、次のようにまとめられる。
私的な領域からkarmelitへ、公的な領域からkarmelitへ、あるいはkarmelitから私的な領域または公的な領域への移動は、ラビの規定によって禁止されている。
しかしkarmelitは聖書の次元では「免除された場所」であるので、不注意で移動させても贖罪の献げ物を献げる義務は無い。
「免除された場所(exempt area)」については、他のどの領域との間の移動も、許容されている。
最後に、エジプトを出た時、イスラエルの民は成人した男性だけで60万人いたとされている。荒野はトーラの時代、公的な領域であった。しかし現在、荒野には人が少ないので、ほとんどの律法学者が荒野はkarmelitであるとしている。
以上の前提知識をもって、口伝律法ミシュナ「Shabbat」に入ることにする。
ミシュナ『Shabbat』1章1節の構造と配置の理由
安息日における運搬の禁止は2つであり、実際は内側に4、外側に4である。
「ある領域から別の領域へ物を運ぶこと」は、安息日に禁止される39個のmelachahのリストでは最後に挙げられている。それがミシュナ「Shabbat」の中でなぜ最初に議論されているのかについては、いくつかの理由が挙げられている。
①頻度と共通性
物の移動は非常に日常的であり、他のどのmelachahよりも頻繁に行われる。
②不注意による違反の防止
特別な道具を使わず簡単に出来てしまうので、人々が不注意に違反しがちである。その為、ラビたちはこのmelachahが他の労働と同様に重大な違反であることを強調する必要があると考えたとされる。
③重要性の強調
一般の人々からすると、「家の中から隣の部屋へ運ぶこと(許容される行為)」と「家の中から通りへ運ぶこと(禁止される行為)」の違いは些細である。そこで、違反行為を軽く考えてしまう危険がある。
以上の理由で、「ある領域から別の領域へ物を運ぶこと」のミシュナが「Shabbat」の最初に置かれていると考えられる。
運搬行為の3要素:アキラー(akirah)・ハナハー(hanachah)・領域変更
さて、「移動させる」、「運ぶ」行為には、以下の3つの要素が含まれている。
(1)アキラ(akirah)
文字通りには「根こそぎにすること」。現在の場所から物体を持ち上げることを指す。
(2)ハナハ(hanachah)
新しい領域に物を置くことを指す。
(3)シンヌイ・レシュート
領域を変更することを指す。
原則として、一人の人間が「持ち上げ(akirah)」と「置く(hanachah)」の両方の全工程を行った場合にのみ、トーラの規定に違反したと見なされる。
具体的には、もし2人の証人によって警告された上で、証人たちの前で意図的に犯すなら、石打ちの刑になる。もし警告なしで意図的に行うなら、karetになる。不注意で犯すなら、chatatを献げなくてはならない。
なお、原則として1人で犯した場合が有責になる。もし2人が協力して、1人が持ち上げ(akirah)、もう1人が別の領域に置いた(hanachah)場合は、ラビによる禁止規定には抵触するが、トーラの刑罰の対象にはならない。
「内側に4、外側に4」における視点(主客)の反転法理
さて、ミシュナ本文には「安息日における運搬の禁止は2つ」と書かれている。この箇所は私的な領域に立っている人を想定している。
「私的な領域から公的な領域へ物を運ぶこと(hotza'ah:ホツァアー)」または「公的な領域から私的な領域へ物を運ぶこと(hachnassah:ハフナサー)」である。この2つである。
どちらの場合でも、その者はakirahとhanachahを行ったことになり、有責である。
「実際は内側に4」と書かれている。今の2つに加えて、残りの2つはakirahかhanachahのみを行っている場合である。その具体的な状況については、次回扱う。
続きには「外側に4である」と書かれている。この箇所は公的な領域に立っている人を想定している。
「公的な領域から私的な領域へ物を運ぶこと(hotza'ah:ホツァアー)」または「私的な領域から公的な領域へ物を運ぶこと(hachnassah:ハフナサー)」である。まずはこの2つである。
今度は公的な領域に立っているのだから、私的な領域に動かした場合がhotza'ah(外に出すこと)であり、私的な領域から公的な領域に動かしたらhachnassah(中に入れること)になる点に注意して欲しい。
どちらの場合でも、その者はakirahとhanachahを行ったことになり、有責である。
この2つに加えて、残りの2つはakirahかhanachahのみを行っている場合である。その具体的な状況については、次回扱う。
トサフォート(Tosafot)注釈が示す「重複記述」の防衛的法意
一見すると、公的な領域で行うことについての記述は、私的な領域で行うことの記述に完全に並行している。
なぜ編纂者は、私的な領域の場合とわざわざ分けて、公的な領域に立っている場合を繰り返して述べているのであろうか?
中世のタルムード注釈であるトサフォート(Tosafot)は、Rashiの孫であり、最高権威の1人であるRabbeinu Tamの言葉を引用して、次のように回答している。
「ある領域から別の領域へ物を移動させること」という行為は、他の安息日のhalachahに比べて、大した行為と見なされていない。
上にも述べた通り、「ある領域から別の領域へ物を移動させること」は、何が「禁止されたmelachah」にあたるかという一般の信徒たちの感覚や概念とは、必ずしも一致しない。
その為、彼らが自分たちの軽はずみな推論で、「私的領域の掟がこうなのだから、公的領域の場合はこうなる筈である」と間違った判断をする危険がある。
その危険を未然に防ぐ為に、トーラにおいて、何が禁止事項であるかを明確に規定する必要があったとされる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
