ミシュナ『Oholot』の法理 第5回――『Oholot』3章1節によるtumahの分割結合法理と空間照射原則(tumah retzuzah)のラビ的解釈
*口伝律法ミシュナ『Oholot』3章1節の法理構造を徹底解説。汚れを移す最低限の分量(kezayit)を複数に分割して家屋に持ち込んだ際の結合問題について、ラビ・ドサ・ベン・ホルキネスと多数派ラビたちの対立から、ハラーハー(halachah)の本質を解き明かします。
更に遮蔽物のない上下空間へ汚れが無限照射される「tumah retzuzah(潰された汚れ)」の定義と空間伝播境界の厳格な原則を明示します。
前回の復習:『Oholot』2章における死体汚染の伝播境界と法理的解釈
前回はミシュナ『Oholot(オホロット)』第2章1節および3節に基づき、「天幕(ohel:オヘル)」による汚れの伝播条件と、それを満たさない場合の境界線について解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】「天幕(ohel:オヘル)」によって汚れを移す諸条件(2章1節)
同じ屋根の下にあるだけで人や物を汚す(7日間の重い汚れ)対象として、以下のものが挙げられる。
①死体およびその一部
死体そのもの、あるいはオリーブの大きさ(kezayit:ケザイット)以上の肉。
②ネツェル(netzel)
死体の肉が腐敗してゲル状になったもの。kezayit以上の分量で対象となる。
③死体の粉
完全に乾燥した遺体の粉末。両手一杯分(1匙分)が目安である。
④脊椎と頭蓋骨
肉が付いていなくても、完全な骨格を維持しているなら天幕によって汚れを移す。
⑤十分な肉がある体の一部
死体または生者から切り取られた部位で、生体であれば自然治癒(再生)が可能とされる分量の肉がついているもの。
⑥一定量の骨
4分の1ログ(約88〜155ミリリットル)以上の容量の骨。または、分量がそれに満たなくても骨格の大部分を占める場合。
【2】「接触(maga:マガ)」や「運搬(masa:マサ)」に限定される汚れ(2章3節)
以下のものは、触れたり運んだりすることで汚れを移すが、ohelによる空間共有では汚れを移さない。これらは伝播の力がより弱いものと位置付けられる。
①大麦の大きさの骨
4分の1ログに満たない微細な骨(米粒程度)。
②諸国の土地
聖地(イスラエル)以外の土地。ラビの規定により、どこに遺体があるか不明なため汚れの対象とされる。
③墓が掘り起こされた畑(beit hapras:ベイト・ハプラス)
遺体の一部が散乱している可能性がある場所。
④不完全な部位
十分な肉が残っていない体の一部、または不完全な状態の脊椎や頭蓋骨。
【3】法理的解釈のポイント
①「十分な肉」の定義
古代の医学的見地に基づき、傷を塞ぎ組織を再生できるだけのベースが残っているかどうかで判断される。
②聖書的根拠
民数記19章のヘブライ語原文において、「人骨」と「骨」という2つの表現があり、これらがそれぞれ「人骨として識別可能な分量」と「少量であり、人骨として識別不能な分量」を指し示しているとする。
このように死体の状態や分量、部位の完全性によって、汚れが同じ屋根の下の空間全体に広がるのか(ohel:オヘル)、あるいは直接的な関与のみに留まるのか(maga[接触]・masa[運搬])という厳格な区別が示される。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Oholot』の法理 第4回――「ohel(天幕)」による死体の汚れの伝播境界:『Oholot』2章1節・3節の逐条法理構造と民数記19章におけるラビ的解釈の整合性
https://note.com/mishnah/n/n7e5677da18e6
『Oholot』3章1節:分割された死体のtumahの結合とラビたちの法理的対立
今回はその続きである。口伝律法ミシュナ「Oholot」3章1節を引用する。
如何なるohelによって汚れを移すものであれ、分割され、家の中に持ち込んだ場合、ラビ・ドサ・ベン・ホルキネスは清いと定め、ラビたちは汚れていると定める。
前回の記事において、肉片がohelによって汚れを移す条件は、最低でもkezayitの容量を要することを確認した。
ここではkezayitの分量を複数に分割して家の中に持ち込んだ場合、それはohelによって汚れを移すのかどうか、異なる見解を記したものである。
ラビ・ドサ・ベン・ホルキネスは「清いと定めた」。これは汚れを移さないという見解である。
その他のラビたちは「汚れていると定める」。
なお、以下「清いと定める」は「tahor(タホル)と定める」、「汚れていると定める」は「tamei(タメイ)と定める」と表記する。
なぜならこれが専門的な表記であり、多言語対応においてもより好ましい表記と思われるから。
この節の続きである。
合算してkezayitになる場合の4つの条件と「tahor」「tamei」の専門的定義
死体の場合、もし誰かがオリーブの大きさの半分を触り、同時にオリーブの大きさの半分のものを覆うようにするのなら 、またはオリーブの大きさの半分を触り、他のオリーブの大きさの半分が彼の上にあるのなら、またはオリーブの大きさの半分2つの上に覆うようにするなら、またはオリーブの大きさの半分を覆うようにし、他の半分が彼の上にあるのなら、ラビ・ドサ・ベン・ホルキネスは彼をtahorとし、ラビたちはtameiと定める。
先程はkezayitの分量を分割して家の中に入れた場合を確認した。ここではkezayitの分量を分割し、それぞれ異なる仕方で汚れを受ける条件を作った場合を扱っている。
始めにこれらを箇条書きにする。
(1)触る + 覆う
右手で「半分」に直接触れながら、同時に左手で別の「半分」の上に手をかざして覆っている。
(2)触る + 上にある
右手で「半分」に直接触れており、同時に自分の頭の上の棚(屋根)に別の「半分」が位置している。
(3)2つの上に覆う
自分の体(または両手)を使って、地面にある2つの「半分」を同時に上からまたいで覆っている。
(4)覆う + 上にある
地面にある「半分」を上から覆いつつ、同時に自分の頭の上に別の「半分」が位置している。
順番に確認する。まずは「(1)触る + 覆う」についてである。
触ることは問題ない。magaである。「覆う」については人体が汚れたものの上を覆った場合も、ohelに該当することに基づく。
ここでは左手でkezayitの2分の1の分量に対して、自ら屋根を作ったことになる。
次に「(2)触る + 上にある」であるが、これは詳しい説明を要する。
まず単純なケースであるが、「上にある」を「同じ屋根の下」という状況で考えるなら、何の困難も無い。
単に「kezayitの半分に触り、kezayitの半分は同じ屋根の下にある。この場合、人は汚れるのだろうか?」という命題になる。
しかしこれが「kezayitの半分に触り、kezayitの半分は(屋外などで)頭上にある」という、屋根を度外視した状況を言っているならどうなるだろうか。
結論から言うと、死体はその上または下方に一定の規格で遮るものがない限り(この「規格」の内容は後の回で扱う)、上下に無限に突き抜けて、汚れを移すものである。
例えば土中に散らされた死体の各部は、上は上空に至るまで、下は地中に至るまで、汚れを照射している。
だからここでは「kezayitの半分に触り、kezayitの半分は頭上にあるが、これで人は汚れるだろうか?」という屋根を度外視した状況をも含んでいる。
「死体またはその一部が上下に汚れを照射する」というhalachahについては、先ほど述べたように詳細は後の回で扱う。ここでは以上の前提のみ分かっていればよい。
次は「(3)2つの上に覆う」である。
これは単純である。2つの「kezayitの半分」の上に、人が自らohelを作った場合である。
最後は「(4)覆う + 上にある」である。
これはkezayitの半分の上に自らohelを作り、別のkezayitの半分が頭上にある場合である。
これらの場合に関して「ラビ・ドサ・ベン・ホルキネスは彼をtahorとし、ラビたちはtameiと定める」。
ラビ・ドサ・ベン・ホルキネスはそれぞれの肉片が人に汚れを移すのに最低限を満たしていないという前提で、tahorとする。
他のラビたちはそれぞれの肉片が汚れを移すという点では最低限を構成していない点を踏まえつつ、全体としてはkezayit以上であるという点を考慮してtameiと定める。
次は今の事例に更に細かい条件が加わった場合である。
関与の次元の分離原則
しかしもし誰かがオリーブの大きさの半分を触り、同時に何かが彼と他のオリーブの大きさの半分を覆うなら、または誰かがオリーブの大きさの半分を覆い、同時に何かが彼と異なるオリーブの大きさの半分を覆うなら、彼はtahorのままである。
一見して分かりにくく思えるが、状況としては次のことを言っている。なお、文中の「誰か」をここではA氏、「何か」をXと呼ぶ。
①「A氏がkezayitの半分を触る」+「XがA氏とkezayitの半分を覆う」
②「A氏がkezayitの半分を覆う」+「「XがA氏とkezayitの半分を覆う」
どちらの場合でもA氏はtahorである。この命題に関してはラビ・ドサ・ベン・ホルキネスの見解も、その他のラビたちの見解も一致している。
それはどちらの場合でも、kezayitの半分がA氏の関わりに拠るものであり、2番目のkezayitの半分がXとの関わりに拠るからである。
「Oholot」3章1節の最後には、次のように書かれている。
これがルールである。何であれ、同じカテゴリーに分類されるなら、汚れている。別カテゴリーであるのなら、清いままである。
最後に大事な原則を補足する。
tumah retzuzah(潰された汚れ)の定義と上下空間への無限照射原則
先ほど「例えば土中に散らされた死体の各部は、上は上空に至るまで、下は地中に至るまで、汚れを照射している」例を挙げた。
これはtumah retzuzah(トゥマ・レツツァー)と呼ばれている。
死体、またはその一部が1手幅四方に満たない空間の中にある場合、tumah retzuzah(トゥマ・レツツァー)と言う。
これは「潰された汚れ」を意味する。
「手幅」は単数形でtefach(テファ)、複数形でtefachim(テファヒーム)と呼ばれる。現代の単位に換算すると、次のようになる。
1手幅 = 8~10センチ
この1手幅立方という狭い空間の中にある死体、または死体の一部は、その空間を完全に満たし、死体そのものと見なされる。
従って、屋根がない限り、上に広がり続けることになり、屋根があること遮蔽され、その下のものに汚れを移すことになる。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Oholot』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n84019ea0b112
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
