ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第15回:家畜の防寒・保護における衣服と荷物の境界線、および手綱への異種混交(shaatnez)規定の適用(5章2節〜3節)
*本稿は、ユダヤ教古典文献(ミシュナおよびハラーハー)に記述された生物学的・法理的概念を検証する純学術的な研究論考です。文脈上、「交尾」「生殖」「解剖」等の生物学的・獣医学的用語、および身体構造に関する記述が含まれますが、これらはすべて古代・中世の文献解釈および学術的考察を目的とした客観的な記述であり、公序良俗に反する意図や成人向けコンテンツとしての意図は一切含みません。
本稿は口伝律法ミシュナ第2部『Moed(モエド)』に属する『Shabbat(シャバット)』の第15回目の解説である。
今回は『Shabbat(シャバット)』第5章2節から3節を扱い、ロバ、羊、山羊等の家畜への防寒・保護処置が、安息日に許容される「衣服」か、違反となる「荷物」かを定義する。
さらに、ラクダの手綱の制御に関する空間的制限(テファの規定)や、トーラが禁じる羊毛と亜麻の異種混交(シャアトネズ)が家畜の装具へ適用されるハラーハー(ユダヤ法)の論理構造を、ラシ(Rashi)らの古典註釈に即して徹底的に解明・再構築する。
前回の振り返り:家畜の安息と装具の法理
前回は『Shabbat』5章1節を取り上げ、「家畜の安息」に関係する装具の規定と、装具の祭儀的汚れの清めについて解説した。
主な内容は以下の通りである。
【1】家畜の安息と装具の法理
出エジプト記23章12節に基づき、安息日には人間だけでなく家畜も休ませる義務がある。
①禁止事項
動物に仕事をさせること、および「荷物」を運ばせること。
②装具と荷物の境界線
動物を制御するために不可欠な装具を付けて外出することは許可されるが、制御に不十分または過剰なものは「荷物」と見なされ、禁止される。
③禁止される6つの分類
・制御に関係のない荷物
・役に立たない不十分な装具
・負担となる過剰な装具
・落ちた際に飼い主が拾ってしまう恐れのある、外れやすい装具
・市場用の装具
・装飾品
以上の6つは「荷物」と見なされ、禁止される。
【2】動物ごとの具体的な規定
家畜の性質や力に応じて、許容される装具が異なる。
①ラクダ
おとなしいため「轡(くつわ:ロープ)」で十分であり、鼻リングは過剰な荷物となる。
②ヒトコブラクダ(白い雌)
足が速く逃げやすいため、「鼻輪」が不可欠な装具として許可される。
③リビア産のロバ
力が強いため、強力な「頭絡(とうらく)」の使用が許可される。
④馬
口のロープだけでは不十分なため、「リードチェーン(ネックチェーン)」が必要である。
ネックチェーンの解釈について、Rashiは「通常の装飾」であれば許容されると説くが、Tosafotは「装飾品はすべて荷物」であり、制御に役立つ場合のみ許可されるとしている。
【3】祭儀的汚れ(tumat met)と清めの手続き
動物が身につけているネックチェーンが「死体の汚れ」を受けた場合の対応について、以下のように規定されている。
①汚れの受容
動物自身は汚れないが、ネックチェーンは「人間が使用する道具」と見なされるため、死体の汚れの影響を受ける。
②清めの手順
「赤い雌牛の灰」を混ぜた水を振りかける(3日目・7日目)、およびmikvehに浸す必要がある。
これらの清めは、鎖を動物から外すことなく、動物に付けたままの状態で行っても有効であると見なされる。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Shabbat(シャバット)』の法理研究 第14回:「家畜の安息」における装具の法理境界線、及びtumat metに汚れたネックチェーンへの清めの手続き
https://note.com/mishnah/n/nea6dd0b8285f
ミシュナ『Shabbat』5章2節:動物の防寒・保護処置と「衣服」のハラハー
今回はその続きで、ミシュナ「Shabbat」5章2節である。まずは本文を引用する。
もし鞍下毛布を付けているのなら、ロバはそれを付けたままでよい。雄羊は縛り付けたままで出てよい。雌羊は晒したまま、縛られたまま、あるいは覆いをかけられたまま出てよい。雌山羊は乳房を縛って出てもよい。
順番に確認する。最初に「もし鞍下毛布を付けているのなら、ロバはそれを付けたままでよい」と書かれている。ロバは人間にとって暑いような日であっても寒さを感じることがある。
そこで安息日の前にロバに鞍下毛布を付けているのなら、防寒の為の衣服として許容される。
そもそも安息日において、ロバに衣類を着せることは出来ない。ミシュナ「Beitzah」5章2節には「安息日に生き物の上に乗ること」が禁止されているが、ロバに衣類を着せる為、体重をかけることも禁止範囲に含まれるからである。
次に「雄羊は縛り付けたままで出てよい」の箇所についてである。これは雄羊の性器に革袋を被せる行為について言っている。雌羊との交尾を妨げる為である。安息日にこの革袋を付けたままで、雄羊を外出させることは許容される。
あるいは、雄羊の心臓の上に皮を縛り付けて外出することが出来るという意味に解釈されている。狼は他の部位よりも心臓を狙う習性があり、また雄羊の攻撃的な姿勢が狼を刺激すると考えられているからである。
次は雌羊についてである。「雌羊は晒したまま、縛られたまま、あるいは覆いをかけられたまま出てよい」と書かれている。
「晒したままでよい」とは、雌羊の尻尾を背中に結び付けて性器を露出させ、交尾を促す為の処置である。
「縛られたままでよい」とは、逆に尻尾を足に結び付けて性器を隠し、交尾を妨げる処置を指す。
「覆いをかけられたままでよい」とは、羊毛が汚れることのないように、体に布を巻き付けたまま外出してよいことを言っている。
雌羊の羊毛は雄羊の羊毛よりも元々柔らかいが、体に布を巻くことによって、その柔らかさを保つことも出来る。
次は「雌山羊は乳房を縛って出てもよい」についてである。乳房を縛ることによって、妊娠を促したり、太ったりする効果が期待出来る。
乳房を縛ることが妊娠を促すというのは分かりづらい説明だが、乳房を縛り、搾乳(乳搾り)を出来なくなると、雌山羊の脳と体は「既にお乳は必要無くなった」と判断し、自然と母乳を作らなくなる。
現代の生物学的に即して言えば、お乳を作るために使われていた女性ホルモンやエネルギーが、次の排卵や子宮の回復に回るため、再び妊娠しやすい体に戻るという事である。
乳房を縛ると太るというのも同じ理屈で、お乳を作るために使われていた女性ホルモンやエネルギーが山羊自身の肉や脂肪になるため、体が太るという事である。
続きには次のように書かれている。
ラビ・ヨセおよびラビ・ユダの異論:脱落リスクと荷物(muktzeh)の法理
ラビ・ヨセはこれら全てを禁止した。雌羊の体を覆うこと以外は。
ラビ・ヨセ(Rabbi Yose)は上に挙げられた装具を全て禁止した。なぜならラビ・ヨセはこれらの装具を荷物として分類したからである。ラビ・ヨセも許容したのは、羊毛を守る為の雌羊の衣服だけである。
続きには次のように書かれている。
ラビ・ユダは言う。雌山羊は乳房を空にするためには出てもよい。しかし乳のためには不可である。
ラビ・ユダ(Rabbi Judah)は更に別の異論を述べている。彼は「雌山羊は乳房を空にするためには出てもよい」と主張する。これは上記の乳房を縛ることを指している。
「乳のためには不可である」とは、乳房から滴り落ちてしまう乳を無駄にしないように、乳房に袋状のものを被せてはならないことを言っている。
ラビ・ユダは乳を枯らすために縛ることに関しては、Tanna Kammaに同意する。なぜなら乳を枯らす場合はきつく縛るため脱落の危険はないからである。他方で乳を受ける袋は緩く取り付けられるため、安息日に脱落した袋を飼い主が拾って運んでしまう(安息日違反になる)リスクがある。
以上の理由でラビ・ユダは、乳を受ける為に、雌山羊の乳房に袋状のものを縛ることを許容しない。
次節に進む。
ミシュナ『Shabbat』5章3節:過剰制御の禁止と手綱の空間的制限
何をもって出てはならないのだろうか?ラクダは尾に布を付けて出てはならないし、前足と後ろ足に枷を付けてはならない、前足の1本を肩に曲げて固定してはならない、これらは他の生き物に対してもそうである。ラクダを互いに結んで歩かせてはならない、しかし彼はロープを手に集めて歩かせることは出来る。もしそのロープを互いのラクダに回さないなら。
ラクダの尻尾の布および逃亡防止のための過剰な足枷の禁止
Tanna Kammaはここで更に安息日に禁止される装具について列挙する。順番に確認する。
「ラクダは尾に布を付けて出てはならない」ことについて、尻尾に布を巻き付けるのは、他の個体と区別する為とされる。
Rashiはここで言及されているのは荷鞍、または尻尾の下に付けられる一種のクッションであるとする。ラクダの背中に載せる荷物によって、その体が傷付かないように使うものである。
これらのものは、安息日には禁止される。
次の「前足と後ろ足に枷を付けてはならない」とは、前足と後ろ足に枷を付けて、ラクダが走らないようにする為の処置である。
「前足の1本を肩に曲げて固定してはならない」も同様の趣旨である。ラクダが逃げ出さないようにする為の処置である。3本足になれば、ラクダも逃げることが出来ない。
枷を付けることも、足を曲げて肩に固定することも、安息日に行うには過剰な処置と見なされ、禁止される。
「これらは他の生き物に対してもそうである」とは、ここまでラクダについてのみ述べてきたが、同じ禁止は他の動物に対しても適用されることを言っている。
続きには次のように書かれている。
数珠つなぎ(市場移動の模倣)の禁止と手綱操作の許容条件
ラクダを互いに結んで歩かせてはならない。
ここで禁止しているのは、ラクダを一列に数珠つなぎにして、先頭のラクダを引くことで後続を付いて来させる行為である。このような引き方は、市場へ売りに行くように見えるため、安息日には禁止されている。
続きには次のように書かれている。
手綱の長さと弛みに関する2つの空間的制約(テファ[tefach]の基準)及びshaatnezの適用
しかし彼はロープを手に集めて歩かせることは出来る。もしそのロープを他のロープに巻き付けないなら。
ここで許容していることは、ラクダ同士を直接結び合わせるのではなく、飼い主がそれぞれの手綱を手にまとめて持っている場合である。ただし、これには以下の条件がある。
①手から垂れ下がる長さ
手から余った綱の端が1手幅(tefach[テファ]:約8〜10cm)以上垂れ下がっていてはならない。それ以上長いと、安息日に綱を運んでいるように見えてしまうからである。
②地面との距離
手と動物の間の綱が、地面から1手幅以内の高さまで弛んでいてはならない。地面に近すぎると、その綱で動物を制御していることが不明確になるためである。
③綱が長すぎる場合
綱が長すぎる場合は、動物の首に巻き付けておくことが推奨される。
④綱を撚(よ)り合わせることの禁止
上記引用箇所の最後に「もしそのロープを他のロープに巻き付けないなら」と書かれている。ここで禁止されているのは衣類のkilayimであり、shaatnezである。トーラには次のように書かれている。
あなたたちはわたしの掟を守りなさい。二種の家畜を交配させたり、一つの畑に二種の種を蒔いてはならない。また二種の糸で織った衣服を身に着けてはならない。
毛糸と亜麻糸とを織り合わせた着物を着てはならない。
トーラは羊毛と亜麻とで織り込んだ衣類を身にまとうことを禁止している。この箇所のミシュナで禁止しているのは、複数のラクダのロープを手に持つ場合、その中に羊毛のものと亜麻のものが混じり、互いにねじられていてはならないという事である。
なぜなら羊毛のロープと亜麻のロープがねじられた1本のロープを手に持つことで、羊毛と亜麻で織った布を持った時のように手の中が温まるからである。
今回の内容は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を進めるためのご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Shabbat』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n96f434acde54
全記事の目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.2】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.201〜No.300)
https://note.com/mishnah/n/na80e65fb273e
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
