レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第2回:ミシュナ『Yevamot(イェヴァモット)』12章における「事後有効」の境界と儀式の不可欠要素
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および法廷における手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
本稿は、口伝律法(ミシュナ)『Yevamot』第12章の記述を軸に、レビラート婚を解消する儀式「chalitzah(ハリツァー)」の成立要件を法理学的に詳解する。
本来望ましくない条件下(木製サンダルの使用、夜間の執行等)における「事後有効」の判定基準、および儀式の構成要素(サンダルの除去・朗読・唾棄)のうち、何が法的に不可欠な「本質的要件」であるかを、伝統的な解釈に基づき特定する。日本語圏における通俗的な聖書理解を排し、2,000年前の「律法の現場」における厳格な法執行の実態を再現する。
前回の概説:レビラート婚の定義と『ルツ記』における二重の法理
前回は以下の内容を確認した。
【1】レビラート婚(yibum:イブーム)の定義と矛盾する規定
本来、モーセ五書(トーラ)では兄弟の妻と性行為をすることは厳格に禁止されており、これに背くと天の法廷による罰則(karet:カレート)の対象となる。
しかし、一方で「兄弟が子供を残さずに死んだ場合、その兄弟が未亡人を妻として娶り、死んだ兄弟の名を継がせなければならない」という例外的な義務も定められており、これを「レビラート婚(yibum:イブーム)」と呼ぶ。
【2】『ルツ記』に見る二重の法理
『ルツ記』では、以下の2つの掟が一体となって語られていることが窺える。
①土地の買い戻し
親族が貧困で土地を手放す際、近い親族がそれを買い戻して一族の所有地を守る義務(レビ記25章)。
②死者の名の継承
亡くなった兄弟(または近親者)の妻を娶り、子をもうけて故人の名を再興する義務。
【3】義務の優先順位と法廷の役割
口伝律法ミシュナの「Yevamot(イェヴァモット)」篇によれば、この義務を負う優先順位は長兄が第一位である。
長兄が拒否した場合は他の兄弟に打診されるが、全員が拒否した場合は再び長兄に対し、yibumを行うか、それを解消する儀式chalitzahを行うかの決断が法廷から迫られる。
【4】chalitzahの厳格な条件
chalitzahとは、結婚を拒む際に行われる手続きで、未亡人が義理の兄弟の足を「靴から」脱がせる儀式を指す。
この儀式が有効となるには、以下のような非常に厳格な条件が定められている。
①靴の材質
エゼキエル書の記述に基づき、トーラでも「靴といえば革」を指していると解釈される。
そこで革製である必要がある(布製は無効)。
②靴の形状
かかと(または足の後ろ部分)を覆う形状のサンダルが推奨される。
③紐の位置
紐は膝より下で結ばれていなければならない。これは、トーラに「足から」脱がせるとある為、膝より上で結ぶものは不可であると解釈されるからである。
④立ち会い
3人の判事の前で行われなければならない。
このように、レビラート婚は単なる習慣ではなく、土地の所有権や家系の存続、そして厳格な律法の解釈が複雑に絡み合った法的な制度として体系化されている。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第1回:『Yevamot(イェヴァモット)篇が定める「土地買い戻し」と「chalitzah(ハリツァー)」の厳格な条件
https://note.com/mishnah/n/n333bf509c4f5
ミシュナ『Yevamot』12章2節:事後有効(Bedieved)となるサンダルの要件と執行時間
今回はその続きである。口伝律法「Yevamot」12章2節を引用する。
もし彼女が彼のものではないサンダルで、木製のもので、または右足に履いた左足のものでchalitzahしても、彼女のchalitzahは有効である。もし彼女が彼には大き過ぎるサンダルであるが、それで歩ける程度のもので、または彼には小さ過ぎるサンダルであるが、それで歩ける程度のもので、それでも彼の足の大部分を覆っているものであるなら、彼女のchalitzahは有効である。もし夜にchalitzahするなら、彼女のchalitzahは有効である。
ここでは本来は望ましくないが、無効にはならない条件について触れられている。
①彼のものではないサンダル
②木製のもの
木製のものに、革を被せたもの。革を被せていないものは不可である。
③右足に履いた左足のもの
左足のものだが、yavamの右足に履いたもの。右足から脱がせなくてはならない。
④大き過ぎるサンダルであるが、それで歩ける程度のもの
歩けるなら有効である。
⑤小さ過ぎるサンダルであるが、それで歩ける程度のもの
歩けるなら有効である。
⑥夜間に行うchalitzah
民事裁判の類は昼間に行わなくてはならない。判決は夜に下すことが出来る。
chalitzahは審理ではなく、判決に類することから、夜間でも認められる。
次節に進む。
chalitzahの三要素:行為・朗読・唾棄の法的優先順位
もし彼女がサンダルを取り、唾を吐いたものの、朗読しないなら 、彼女のchalitzahはそれでも有効である。もし彼女が朗読して唾を吐いても、サンダルを取らないなら、彼女のchalitzahは有効ではない。
chalitzahの儀式は3つの部分から成っている。
①yavamのサンダルを取る部分
②トーラの節を朗読する
③唾を吐く
この流れは「Yevamot」12章6節に詳しい。先にそちらを確認する。
法廷の実務プロセス:適切な助言から「靴を脱がされた者」の宣言まで
chalitzahの命令は以下のように行われる。彼と彼のyevamahは法廷に来て、彼らは彼にとって適切な助言を与える。次のように書かれている、「町の長老たちは彼を呼び出して、説得しなければならない。」(申25:8)彼女はそれから言う、「わたしの義理の兄弟は、その兄弟の名をイスラエルの中に残すのを拒んで、わたしのために兄弟の義務を果たそうとしません。」(申25:7)彼は言う、「わたしは彼女をめとりたくない。」(申25:8)彼らはこれを聖なる言語で言う。「義理の姉妹は、長老たちの前で彼に近づいて、彼の靴をその足から脱がせ、その顔に唾を吐き」(申25:9)―唾は判事たちに見えるものでなくてはならない。「自分の兄弟の家を興さない者はこのようにされる」と言うべきである。」(申25:9)
この箇所を箇条書きにすると、以下の通りになる。
①彼と彼女が法廷に来たら、判事たちは彼に適切な助言を与える。
例えば年齢差が大きい場合、chalitzahを行うように勧められることがある。しかし基本的にはyibumを行うべきである。
②彼女は「わたしの義理の兄弟は、その兄弟の名をイスラエルの中に残すのを拒んで、わたしのために兄弟の義務を果たそうとしません」(申25:7)とヘブライ語で言う。
③彼は「わたしは彼女をめとりたくない」(申25:8)とヘブライ語で言う。
④彼女は唾を吐くが、それは判事に見えるものではなくてはならない。
続きは以下の通りである。
⑤彼女は「自分の兄弟の家を興さない者はこのようにされる」とヘブライ語で言う。
続きには以下のように書かれている。
彼らはここまでのみ書き留めたものであった。しかしラビ・フルカノスはエイタムの村の木の下で、その章全部を書き留めた。―「彼はイスラエルの間で、『靴を脱がされた者の家』と呼ばれるであろう。」(申25:10)掟は判事たちに委ねられており、弟子たちではない。ラビ・ユダは言う、「掟はそこにいる者たち全てが、次のように言うとされる、『この者は靴を脱がされた者、この者は靴を脱がされた者、この者は靴を脱がされた者 。』
読みにくい箇所であるが、上の続きの番号を用いて箇条書きにすると、下のようになる。
⑥「彼らはここまでのみ書き留めたものであった」
3人判事の法廷において、元々は「自分の兄弟の家を興さない者はこのようにされる」と言うべきである」(申25:9)という部分まで公式に記録したことを言っている。
⑦「しかしラビ・フルカノスはエイタムの村の木の下で、その章全部を書き留めた」
ラビ・フルカノスは申命記25章9節まで記録することを始めた。
⑧法廷はラビ・フルカノスの方法を踏襲することとし、yavamには「彼はイスラエルの間で、『靴を脱がされた者の家』と呼ばれるであろう」(申25:10)と言わせるようにした。
⑨「掟は判事たちに委ねられており、・・・「掟はそこにいる者たち全てが、次のように言うとされる、『この者は靴を脱がされた者、この者は靴を脱がされた者、この者は靴を脱がされた者 』」
これは最後のフレーズ「この者は靴を脱がされた者」を3回唱えることを言っている。
それを唱えるのは判事たちだけなのか、その弟子たちも含むのかを述べている。
法理学的結論:サンダルの除去における物理的行為の不可欠性
以上を前提に、もう一度「Yevamot」12章3節を掲載する。
もし彼女がサンダルを取り、唾を吐いたものの、朗読しないなら 、彼女のchalitzahはそれでも有効である。もし彼女が朗読して唾を吐いても、サンダルを取らないなら、彼女のchalitzahは有効ではない。
ここでは2つのことを言っている。
【1】トーラの朗読のみ行わなかった場合
①yavamのサンダルを取る部分 → 行った
②トーラの節を朗読する → しなかった
③唾を吐く → 行った
有効である。朗読部分は不可欠な要件とは解釈されていない。
【2】サンダルを取ることのみ行わなかった場合
①yavamのサンダルを取る部分 → しなかった
②トーラの節を朗読する → 行った
③唾を吐く → 行った
無効である。トーラの記述から、履物を取る部分は必ず行わなくてはならないと解釈されている。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学
https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
