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短編小説 『欠けたページ』





【1】

駅前の花屋は、いつも夕方になるとシャッターを半分だけ下ろす。
閉めるわけでも、開けるわけでもない中途半端な高さ。
彼女はその前で、しばらく立ち止まっていた。

白い花が多い。
理由は分からない。
ただ、今日は白でなければいけない気がした。

店主に理由を聞かれても、うまく答えられないと思い、
彼女は何も買わずにその場を離れた。

そのとき、携帯が震えた。
表示された名前を見て、
彼女は一瞬だけ、立ち止まる。



【2】

「今、どこにいる?」

短いメッセージだった。
問いかけなのに、返事を期待していない文体。

彼女は、しばらく画面を見つめたあと、
「駅前」とだけ打って送った。

既読はすぐについたが、返信は来ない。
代わりに、昔の記憶が浮かんだ。

初めて会った日のこと。
彼は、約束の時間より二十分早く来ていた。
「待つのは嫌いじゃない」と言っていた。

その言葉を、彼女はずっと信じていた。



【3】

改札を抜けると、夕方の空気が一気に濃くなる。
人の流れに逆らいながら、彼女は歩いた。

彼と最後に会ったのは、三日前。
特別な喧嘩をしたわけではない。
声を荒げた記憶もない。

ただ、会話の途中で
彼が一瞬、黙った。

あの沈黙が、
何を意味していたのか。

考えれば考えるほど、
答えは遠ざかっていく。



【4】

彼女はベンチに腰を下ろし、
鞄の中から古いメモ帳を取り出した。

そこには、彼の文字で書かれた走り書きが残っている。

「もしものときは、
 このページを思い出して」

どのページのことなのか、
彼女は聞いたことがない。

聞けなかった、という方が正しい。



【5】

日が落ちるにつれて、
駅前の音は少しずつ変わっていく。

通勤の足音、
改札の電子音、
どこかで鳴るサイレン。

彼女は立ち上がり、
決心したように歩き出した。

彼の部屋へ向かう。
連絡がつかない理由を、
自分の目で確かめるために。



【6】

部屋の前に立つと、
鍵はかかっていなかった。

嫌な予感は、
いつも静かに当たる。

部屋は整っている。
争った形跡もない。
靴も揃っている。

ただ、机の上に
一通の封筒が置かれていた。

宛名は、彼女の名前。



【7】

封筒の中には、
便箋が一枚だけ入っていた。

「君に全部を話すつもりだった。
 でも、それは出来なかった。」

文章は、そこで一度途切れている。

インクの滲みが、
彼の迷いを物語っているようだった。

続きを探したが、
どこにもない。

彼女は、
何かが“欠けている”と強く感じた。



【8】

帰り道、
彼女は駅前の花屋の前をもう一度通った。

シャッターは完全に閉まっている。
昼間の白い花は、もう見えない。

なぜ白い花に惹かれたのか、
その理由が、
少しだけ分かった気がした。

白は、
始まりでも終わりでもない色だ。



【9】

夜、自室で彼女はメモ帳を開いた。

あの走り書きのページを探す。
しかし、
そのページだけが、
綺麗に破られている。

最初から無かったのか、
それとも、
誰かが持ち去ったのか。

彼女には分からない。

分かるのは、
彼が「もしものとき」を
確かに予期していたということだけ。



【10】

※このページは欠落しています。

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