毎日投稿できていたのは、時間の使い方が上手だったからではない
以前の私は、YouTubeへ毎日レシピ動画を投稿していました。
ブログも毎日更新し、TwitterやInstagram、TikTokにも毎日投稿していました。
当時、ときどきいただいたのが、
「1日をどのように使っているのですか」
という質問です。
毎日動画を投稿し、ブログも更新しているのに、複数のSNSまで動かしている。
外から見ると、一体いつ、これだけの作業をしているのだろうと不思議に見えたのかもしれません。
けれど、当時の私には、自分の一日を振り返ってお伝えする時間さえありませんでした。
あれから8年ほど経った今、ようやくあのときの質問にお返事ができる気がします。
朝は早く起きて、まずTwitterのいいね回り。
「おはようございます」の投稿をして、Instagramを更新し、前日にYouTubeへ投稿したショート動画をTikTokにも投稿します。
Twitterへの投稿は、午前中だけで100件を超えることもありました。
SNSを動かしながら動画編集の続きをして、顔出しナレーションを撮影します。
当時の私は、動画に顔を出すことにもこだわっていました。
メイクをして着替え、カメラの前でナレーションを話します。
映像と顔出しナレーションを合わせ、公開前にはブログも更新。
レシピ記事のリンクを概要欄へ入れて、お昼の12時に動画を公開します。
動画を公開したら、今度は各SNSでお知らせを投稿し、いいね回りやコメント返信をします。
そのあとは、翌日の動画を作るために料理を始めます。
料理をしながら動画を撮影し、途中の様子をTwitterへ少しずつ投稿する。
まるで料理の実況中継のようでした。
ときどき縦向きでも撮影して、Instagramのストーリーズにも投稿していました。
暗くなると完成写真をきれいに撮れないため、夕飯ができあがるのは午後2時頃。
明るいうちに写真を撮り終えたら、翌日分の動画編集を始めます。
作業はスタンディングデスクで行い、足元にはステッパーを置いていました。
動画を編集するときも、SNSを更新するときも、足を動かしながら作業して運動不足もついでに解消していました。
できあがった料理を食べながら編集し、夕食後も作業を続けます。
お風呂に入るのは、夜11時頃。
湯船につかりながら、体がギシギシと痛むような感覚があり、「今日もとてもしんどい」と思っていたことを覚えています。
少し眠れば、すぐに次の日の朝がやってきます。
またSNSを更新し、動画を編集し、ブログを公開し動画を公開して、翌日の動画のために料理を作って撮影する。
そんな毎日の中には、幼稚園の送り迎えもありました。
子どもが小学校へ入ってからは、学校行事に参加する日や地域の旗当番、清掃などもあります。
そうした予定を挟みながら、同じような一日を繰り返していました。
当時の私は、「1日をどのように使っているのですか」と尋ねられるたびに、心の中で少し厳しいことを考えていました。
私自身は、誰かに一日の使い方を尋ねる時間さえ惜しんで、作業を続けていたからです。
休日に子どもとゆっくり過ごしたり、のんびり食事をしたり、十分に眠ったり。
そうした時間を作業より後に回せれば、毎日投稿はできているのではないかとも思っていました。
今になって考えると、質問してくださった方が知りたかったのは、きっと「暮らしを穏やかに保ちながら、これだけの発信を続ける上手な時間の使い方」だったのでしょう。
けれど、当時の私がしていたのは、上手な時間の使い方ではありませんでした。
隙間時間を見つけて、少しずつ作業していたわけでもありません。
休む時間も、ゆっくり食事をする時間も、眠る時間も後回しにして、そこへ撮影や編集を詰め込んでいく。
穏やかに暮らしながら空いた時間を少しずつ使うだけで、毎日動画を投稿し、ブログもSNSも更新できる。
そんな都合のよい時間の使い方を、少なくとも当時の私は持っていませんでした。
何かを伸ばすためには、何かを犠牲にしなければならない。
あの頃の私は、そう信じていたのだと思います。
今の時代は少し違うのかもしれません。
AIが発展し、以前よりも短時間でできることが増えています。
ジャンルや動画の作り方によっては、AIを活用しながら、昔の私よりもずっと少ない負担で毎日投稿することもきっと可能なのでしょう。
けれど私は、自分で撮影した動画を、自分で編集し、自分の声でナレーションを入れて、一本の作品を完成させたいと思っています。
そのためには、今も私自身の時間が必要です。
昔のように、毎日動画を投稿することはできなくなりました。
以前の自分と比べると、行動力や集中力が落ちたように感じることもあります。
もちろん、当時より年齢を重ね、昔ほど無理が利かなくなったこともあるでしょう。
けれど、毎日投稿ができなくなった一番の理由は、それだけではありません。
発信の量が減った代わりに、私は心と体の余白を得ました。
ゆっくり食事をする時間も、休む時間も、眠る時間も、以前より大切にするようになりました。
何かを伸ばすために、暮らしのすべてを作業へ差し出す。
今の私は、もうその方法を選ばなくなったのです。
私は毎日動画を投稿する力を失ったのではなく、そのために休息や暮らしを手放すことをやめたのだと思います。
昔のような一日を懐かしく振り返ることはあっても、これからは暮らしの余白も大切にしたい。
そして、自分に合った歩幅で続けていきたいと思っています。
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