木原敏江『夢の碑 青頭巾』(その一) ただ自分だけを愛した男を待っていた運命
大ベテラン木原敏江の時代ファンタジー連作「夢の碑」シリーズをいま読むとすれば、小学館フラワーコミックスα版の電子書籍が一番手軽でしょう。これまでシリーズや関連作品をいくつか紹介してきましたが、今回は『青頭巾』に収録された五つの作品を紹介しましょう。
「青頭巾」
平清盛の下で平氏が権力の絶頂にあった頃――平家への謀反を企んで刑死した中納言の子・秋篠は、清盛の孫娘・照日の愛人となり、その力で復権を目指していました。
許嫁の颯子が心を痛めているのを知りつつも、二人の女性をはじめとする人々の間を、その美貌を武器に渡り歩く秋篠。しかし烏帽子親になるはずの清盛が死に、平家を利用してのし上がろうという彼の企てにも陰りが出始めます。
そんな中、秋篠は照日の夫・一条藤原家の殿から、照日と颯子のどちらを愛しているか問い詰められた末、怒りを買って山中に幽閉されることになります。愛情がもつれにもつれた末、秋篠と二人の女を待つ恐ろしい運命とは……
表題作である本作は、「雨月物語」からタイトルを取りつつも、独自の世界を描き出した中編です。平家のために全てを失った公家の若者・秋篠が、その人並み外れた美貌を武器に、平家の姫君と許婚、二人の女性だけでなく男たちまで翻弄し、のし上がっていく。その様は、一種のピカレスクロマンと呼んでももいいでしょう。
しかし運命は、周囲に愛されながらも誰も愛さず、ただ自分だけを愛した秋篠に、恐るべき罰を用意します。「雨月物語」の「青頭巾」は、愛欲に囚われた末に鬼と化した僧が最後には救済されますが、秋篠が救済されることはあるのでしょうか。
結末の印象的な台詞と合わせて考えると、物語はおそらくシリーズ第1弾「桜の森の桜の闇」に続くのでしょう。
「水面の月の皇子」
足利幕府に抵抗し、戦いを続ける南朝の皇子・紗王とその忠臣・菊池武緒。敵の追っ手から辛うじて逃れたものの深手を追った武緒は、その場に通りかかったましろ姫の船に、紗王ともども救われるのでした。
ましろ姫の幼馴染だという公家・青柳の館に案内され、療養することになった武緒。ましろ姫はかつて命を救われて以来、武雄を慕っていると語りますが、しかし武緒の方には覚えがありません。
その後も館に滞在する武緒たちですが、徐々に館の住人たちの異様な素顔を知ることに……
「夢の碑」シリーズよりも早く発表され、現在では「夢の碑 外伝」に含められている「夢幻花伝」に登場する紗王と武緒の主従を主人公とした本作(この辺りの作品同士の関係はかなりややこしい……)。
「夢幻花伝」ではヒロインの兄として主人公を悩ませた紗王ですが、本作ではむしろ武緒の方が主役となり、ゆく宛もなく彷徨う主を気遣う彼の姿をクローズアップしています。
そしてそんな主従の姿に、人ならざるものの存在が絡むのが、時代ファンタジーとしての「夢の碑」ならではというべきでしょう。
それにしても武緒、お前もか……
「読み人知らず」
都の貴族を狙う竜田の姫の前に立ちふさがる明神の行者。都で評判の法力を持つ明神は、しかしかつて竜田と恋仲にありました。
恋を貫こうとした自分を嘲笑うように、龍の正体を露わにして消えた竜田を追いかける明神。決して他の者には殺させず、自分の手で討つのがせめてもの情けと思い詰める明神に対し、竜田はついに一対一の勝負を挑むのですが……
人間の行者と妖魔の姫君の悲恋譚という、いかにも本シリーズらしい、人と人にあらざる者の間の関係性を描いた本作。とはいえ、悲恋といいつつも、どこか明神と竜田の間にはユーモラスですっとぼけた空気が漂うのが、他の作品とは異なる点でしょう。
しかし二人の戦いの果てに描かれるのは、あまりに意外な真実と、それがもたらす残酷な悲劇――と思いきや、そこから物語はさらに一転。
デウス・エクス・マキナの登場を経ての結末はやはりとんでもないすっとぼけぶりで、本シリーズには珍しい味わいの物語といって間違いありません。
もちろん、そんな味わいもまた、実に作者らしく魅力的なのですが……
長くなりますのでここでいったん区切りましょう。残る二作品は次回紹介します。
