旅の元スパイと毒娘、霊感貴族の大冒険!? 木原敏江『純金の童話』
18世紀中頃、ルイ15世の時代を舞台に、体に強い毒を持った娘と旅の元スパイのカップル、そして霊感を持つ美青年貴族というおかしな三人が繰り広げる冒険を描いた連作漫画です。何でもありの冒険の果てに、三人が手にするものは……
旅の途中、森で不思議な美少女・オリーと出会った青年イーヴ。飼っていた犬が死んだと悲しみ、突然唇を求めてきたオリーの奇矯な言動を訝しみつつ、彼女が父と暮らす館に送っていったイーヴは、やがて彼女の意外な真実を聞かされます。
実はオリーは、薔薇十字団の天才博士だった父が若返りの薬を研究中に生み出されてしまった毒娘。薔薇十字団から逃げ出した二人を追う者たちによってオリーの父は殺され、イーヴは彼女を叔父のもとに送り届けることになります。
しかしオリーを厄介者扱いする叔父は彼女を貴族の妾に差し出そうとし、一方、フランスの国務長官配下のスパイだったイーヴは、人間兵器となる毒娘を手に入れるよう命令を受けます。
毒娘の力を発揮して窮地を逃れたオリーを助けるため、任務を放棄したイーヴ。逃避行を続ける二人を、ポンパドゥール侯爵夫人の弟であるシノン・ド・マリニー侯爵は、王命を受けて追いかけるのですが……
美しい外見にもかかわらず、体内に致命的な毒を持ち、触れた者を死に至らせる毒娘――その元祖は古代インドのヴィシュカンニャとも言われますが、やはり近代でいえばホーソーンの『ラパチーニの娘』が頭に浮かびます。
本作のヒロイン・オリーも父の実験によって毒娘となってしまった美少女であり、『ラパチーニの娘』を彷彿とさせるものがありますが――しかし本作はヒロインも恋人も遥かにアクティブなのは、やはり木原作品ならではというべきでしょう。
何しろオリーの恋人となるイーヴは、故あって毒がほとんど効かない体質、そして腕っぷしは強ければ、知恵も知識も豊か、もちろん容姿端麗というスパダリ。しかし彼の縁者であるニコラ・フーケは、ルイ14世の財務長官でありながらも、その後罪を得て獄死したという人物――行き場を失ったイーヴは、国務長官に引き取られてスパイとして育てられたという過酷な過去を持っています。
しかし、愛する者のためであれば己の命を賭けることも辞さない骨っぽさはさすが木原主人公。もちろんオリーもただ守られるだけでなく、毒娘としての能力に加えて心の強さも持つ、お似合いのカップルなのです。
そして本作が楽しいのは、そこにもう一人、青年貴族・シノンが二人の冒険行に加わることでしょう。ルイ15世の愛人にして懐刀ともいうべきポンパドゥール夫人の弟である彼は、いかにも中央の青年貴族然とした瀟洒で洒脱な美青年ながら、ある秘命を受けて二人の前に姿を現すのですが――二話のラストでイーヴが作った解毒薬を誤って飲んだことがきっかけで、霊感が目覚めてしまうことになります。
その体質をイーヴに治させるべくつきまとううちに、友情が芽生えてしまうというのも定番ながら、実は彼も人には明かせぬ秘密が――というのも、ドラマを盛り上げます。
本作は、そんな個性的なトリオが繰り広げる連作形式の物語ですが、毒娘から始まり、狼男、白鳥の湖、鉄仮面にハムレット、ゾンビ(という名前では呼ばれませんが)と、実にバラエティに富んだエピソードが展開します。
その点はまさに「童話」というべきですが、(ちょっとテンポがガチャガチャして感じられる部分はあるものの)破綻することなく最後まで変わらぬ面白さを保っているのは、このトリオのキャラクターがどこまでもブレず、そして人としての絆で繋がっているからなのでしょう。
作中で幾度となく触れられるように、時は王侯貴族が絶対的な力を持つ封建社会真っ只中。そんな中で、貴族ではない、それどころか表の社会からは爪弾きとされるイーヴとオリー(そして貴族ではあるものの、シノンもまたその想いゆえに己の生き方を貫けない人物です)が、人間として己の想いを貫く。
そんな理想主義的な意味でも本作は「童話」かもしれませんが、しかしその輝きはまさに「純金」にも負けぬ尊さを放ちます。
物語の二十数年後にフランス革命が起きたことが語る結末からも、そんなことを考えさせられます。
ちなみに本作、唯一残念だったのは、あのシュヴァリエ・ディオンの出番が、ほんの一シーンであったことです。色々な意味で物語に絡んでくれば面白い人物だっただけに、これはもったいなかったと感じた次第です。
